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龍宿りし乙女  作者: 村井喜久
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鑑定 その1

王都ゴルトベルクの中心である王城『北の華』の東側にある聖堂は四基の尖塔に囲まれた石造りの重厚な建物である。

四方の壁面の窓は七聖人の伝説の場面を描いた色ガラスが嵌め込まれ、そこから差し込む光によって聖堂内は様々に彩られ、幻想的な雰囲気に包まれている。


聖堂では大陸で信仰されている神々に仕える多くの神官が日々祈りを捧げるとともに、聖魔法(神官たちはことさらに『奇跡』と称している。)によって人々の怪我や病気を治すなど人々の生活に欠かせない存在となっている。

その神官団を統べる大神官は、各省の卿(大臣)に匹敵する地位が与えられ、聖堂に寄進された広大な領地から得られる財力と相俟って、王国の政治を左右するだけの発言力を持っており、歴代の大神官の中には宰相位に上り詰めた者もいる。大神官と宰相を兼ねる者は、大神官がまとう緋色の法衣から特に『赤宰相』と呼ばれている。

現在、大神官の地位にあるのは、先代のマールブルク子爵の末弟で今年68歳になるユリウスである。貴族出身の大神官にしては珍しく敬虔で信仰心の篤い人物で、生臭い権力闘争からは距離を取っている。

元来、マールブルク子爵家は王都から遠く離れた小さな領地に封じられており、貴族社会の中でも傍流の家柄で裕福ではなかった。このため、三男のユリウスは早くから家を出されて神殿に入ったわけだが、元々の敬虔な人柄とともに、生まれついての聖魔法の力によって神殿の中で着々と地歩を固めていった。

家柄と実力から王都の聖堂のナンバー3か公爵領の聖堂の長までならなれるだろう、と言われていたユリウスに転機が訪れたのは3年前の前国王フリードリヒ4世の暗殺事件である。


前国王フリードリヒ4世の暗殺は真相が明らかにされないまま、母后であるヴィンター王太后によって強引に幕引が図られたが、公式には前国王が寵臣のみを重用し、幾人かの有力貴族を権勢の座から追い落とそうとしたために、それに反発した有力貴族が放った刺客によって弑逆されたこととされている。

この事件の首謀者とされたのはリンツ侯爵。彼の娘アンネは前国王フリードリヒ4世の王妃であったが、その夫婦仲は結婚当初から冷めていたと言われており、フリードリヒ4世が愛人に産ませた息子を王太子に据えた上に彼女を正夫人から廃そうとしたため、侯爵自身と娘の地位と名誉を守るために前国王に反旗を翻したとされている。

しかし、王を含め、貴族社会の結婚には当然政治的な思惑が大きく絡んでおり、正室でなく側室の子が後継者とされることもごく普通に行われている中、そうしたことを百も承知で娘を輿入れさせた侯爵がその程度のことで叛逆するとは到底思われず、侯爵と前王妃は醜い権力闘争の犠牲者かもしれないと密やかだがまことしやかに囁かれている。


ユリウスの先代の大神官ヘルムートは、リンツ侯爵家に連なるレンツブルク子爵家の次男で、野心に溢れ、また聖職者とは思えぬ好色かつ強欲な人物であった。本家の権勢を背景にのしあがり、大神官の座を射止めると、『奇跡』による治療に際して法外な寄進を要求したり、聖堂の宝物を私物化するなど私腹を肥やすことに熱心だったため、神官団も親ヘルムート派と反ヘルムート派に分かれて争い、時には刃傷沙汰に及ぶなど聖堂の権威も失墜する有り様だった。

そのような状況を憂いていた王太后は、前国王フリードリヒ4世の暗殺事件に際してリンツ侯爵家を取り潰し、それと時を同じくして、大神官だったヘルムートの身分を剥奪して国外へ追放、その実家のレンツブルク子爵家も取り潰した上で、神官団に有無を言わせずにユリウスを大神官に据えたのである。


大神官となったユリウスがまず改革したのは、聖堂を頼ってきた病人や怪我人の治療に対する寄進をヘルムート以前の水準に戻すこと、次いで親ヘルムート派と反ヘルムート派に分断された聖堂内の融和であった。

聖堂内の融和に当たっては、両派の争いそのものは不問に付し、今後の昇進などにも影響させないと確約する一方で、戒律を破った者特に両派の争いの中で他者を傷害した者、横領を行った者などについては厳しく対処し、その重さに合わせて官憲への引き渡し、聖職からの追放、降格、謹慎などの処分を行った。


こうして組織の立て直しに尽力したユリウスであるが、中でも評価を高めたのは、時に厳しく、時に柔軟に他国の聖堂からの干渉を排除したことであった。

聖堂は大陸内で信仰を同じくする人々の集まりであり、国境に縛られるものではないが、領民に大きな影響を与える組織でもあるから、各国の為政者はやはり一定の統制を加えたいと考えており、自国の聖堂の運営に他国が関与することを疎ましく思う者も多い。シュタイン王国も例外ではなく、他国からの干渉を許さなかったユリウスの手腕は王太后や上級貴族、さらにはシュタイン王国内の各聖堂からも高く評価された。


**********


アルテンシュタット辺境伯爵家の当主であるヨーゼフ・フォン・アルテンシュタットとその一人娘であるヒルデガルトが王都ゴルトベルクの聖堂を訪れたのは、父が娘に大神官に引き合わせることを約束した夜から3日後の朝であった。


二人は40歳くらいの穏やかな雰囲気の女性の神官に先導されて、聖堂の外廊を歩き、聖堂の南東にそびえる尖塔に向かっていた。

外廊もその周りの庭園もきれいに掃き清められ、木々は春の陽射し蕾をふくらませており、静謐な中にも春らしい生命の躍動が感じられる。


尖塔にたどり着くと、二人を案内してきた神官は二人に外で待つように言いながら、尖塔の中に入っていった。大神官に到着を知らせに行ったのだろうか?

ほどなくして、神官は尖塔の扉から出てくると父娘を尖塔の中に招き入れた。大神官の許可が下りたようだ。


細長い扉をくぐると、そこから螺旋状に石造りの階段が続いており、ヨーゼフはヒルデガルトの手を取りながら登っていった。

百段ほどの階段を登りきると、そこは人が10人くらい入れる広さの部屋になっていた。

飾り気のない部屋の奥には重厚な木の机が置かれ、その前に緋色の法衣をまとった細身の男性が立っている。

ヨーゼフとヒルデガルトはその男性の前まで進み、ヨーゼフは右の拳を左肩に当てる貴族の礼を、ヒルデガルトはスカートの裾を摘まんで膝を折る淑女の礼をした。


「これは、アルテンシュタット伯爵、ようこそお越しくださいました。そちらは御息女でいらっしゃいますかな?」少ししわがれた低い声で男性が声をかけると、ヨーゼフは拳を下ろした。

「大神官猊下にはご機嫌麗しく。本日はお忙しいところ、お時間を賜り御礼申し上げます。こちらは娘のヒルデガルトでございます。」畏まった口調で口上を述べながら、ヨーゼフがヒルデガルトを紹介するとヒルデガルトはもう一段膝を折った。

「ヒルデガルト・フォン・アルテンシュタットと申します。大神官猊下に初めての御目文字が叶い光栄に存じます。」

澄んだ声で挨拶の口上を述べるヒルデガルトを、大神官ユリウスは孫娘を見るような優しい眼差しで見つめた。


「お二方とも丁寧な御挨拶痛み入ります。神々にお仕えするユリウスでございます。」

大神官ユリウスが穏やかな口調で名乗り返すと、ヒルデガルトは膝を伸ばし立ち姿勢に戻り、父の少し斜め後ろに立った。


「さて、堅苦しい挨拶はこれくらいにして。お二人ともどうぞお掛けなされ。」砕けた口調でユリウスはヨーゼフたちに机の横にあるソファを進め、自らもその一つに腰を沈める。

「失礼します。」「失礼いたします。」ヨーゼフとヒルデガルトはそう言いながら進められたソファに腰を掛け、ユリウスの方に体を向けた。


「それで、今日は何をお聞きになりたいのかな?」貴族によくある腹の探り合いのような世間話からではなく、単刀直入に用件に入るのは、ユリウスの人柄だろう。

「早速ですが、我が娘の夢枕に白銀の古龍が立ったのは先日お話ししたとおりです。これまで聖獣にせよ魔族にせよ、夢枕で交信したことがあるのは、神官や巫女、魔導師のように優れた魔力を持ち、かつ魔術の修練を積んだ人間だと伺いました。」ヨーゼフは先日ユリウスと話した内容の確認から話を始め、そこまで言ったところでヒルデガルトに視線を向けた。

「魔術の修練を積んでいない我が娘の夢枕にそうした存在が立つというのは稀有なことだと考えておりますが、最近、我が娘も成長し、かなりの魔力が備わってきたようで、そうした存在の声を聞くことができるようになったのかもしれません。」

「ふむ。見たところ、ごく普通のお嬢さんじゃが、誰しも色々な可能性を秘めておるからのぉ。」ユリウスもヒルデガルトに視線を移し、少し目を細めた。


「そこで、正しい魔力の使い方を学ばせねば、魔に魅入られる恐れもあると思い、ユリウス殿に娘の属性を見極めていただき、どのような道を歩めば良いか託宣を賜りたいと考えた次第です。」

ヨーゼフは自身が娘を魔術から遠ざけていたことなどおくびにも出さずに鑑定と託宣を依頼した。


「失礼じゃが、アルテンシュタット嬢はおいくつかな?」

「今年15歳になります。」

父と大神官からの視線を受け、緊張しながらヒルデガルトは答える。

「貴族の子弟は幼き頃に属性を鑑定して、魔術の修練に励むのが嗜みとされているが、ヨーゼフ殿はそうなさらなかったのですな。」そう言いながらユリウスはヨーゼフに目を向けた。その瞳には「何故?」という疑問の色が浮かんでいる。

ユリウス自身、早くから適性と志望に合わせて聖堂で修行に励んだからこそ現在の地位にあることもあり、辺境伯爵家の令嬢が将来進むべき道を示されずにこの歳まで育てられてきたことが不思議でもあった。


「いや、それは。」娘の前で答えにくい質問をされて、百戦錬磨のはずの軍事貴族が口ごもる。

「娘に魔術の素質があることは気付いておりましたが・・・ロストック魔導卿や先代のヘルムート大神官の前に娘を出すのは憚られて・・・」

「なるほど。」ユリウスはヒルデガルトにちらっと視線を向けて納得した。娘を溺愛していると噂のヨーゼフが、人を研究対象としか思っていない魔導卿や好色な先代に見せたがらないのは理解できた。

「確かにロストック卿や先代は色々とあるからのぉ。」そう理解を示しつつ、ユリウスは爆弾を投下した。

「じゃが、一番はヨーゼフ殿が娘御を手放したくなかったんじゃろ?」

「いや、それは・・・」ヨーゼフは動揺を隠すように手巾で汗を拭う素振りをしたが、ユリウスのからかうような視線に白旗を揚げた。

「いや。ユリウス殿の目は誤魔化せませんな。」


「ほっほっ。人間、素直なのが一番じゃ。」そう笑いながらユリウスは右手で白く長い顎髭をしごいた。

「何にせよ、名高きアルテンシュタット辺境伯のご依頼じゃ。しっかりと見させていただくかのぉ。」




今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。

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