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龍宿りし乙女  作者: 村井喜久
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薬師デルマ その2

ブックマーク&評価、ありがとうございます。執筆の励みになります。

引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。

薬屋の店内に置かれたテーブルでうつむきながら話すヒルデガルトを、薬屋の店主デルマは腕組みしながら眺めていた。


体力も魔力も記憶さえも失って、それを元に戻すために龍の素材が必要だという症状は、これまで様々な素材を使って霊薬を作り、数多くの症例を診てきたデルマにしても初めて聞く症状だ。


この国の成人年齢である16歳になるかならないかくらいのヒルデガルトの親友というからには、その相手も同じくらいの年齢であろう。

そんな子どもの体力や魔力や記憶などたかが知れているのに、目の前の少女はそれを取り戻すために希少な龍の素材が必要だという。それほどの力を持った子どもであれば、聖女や神童として王家が保護していてもおかしくないが、そんな子どもがいるという噂も聞いたことがない。

そもそも体力や魔力、記憶を取り戻すために龍の素材が必要ということは、それらの素材に匹敵する障りが出ているということで、並大抵の障りではなさそうだ。


(まさか、龍に呪いをかけられた?)ヒルデガルトの断片的な話からデルマが辿り着いた結論だった。よもやその「親友」が古龍であるなど、たとえ空想であっても荒唐無稽としか言い様が無い。真実からかけ離れた推測であったとしてもそれはデルマの罪ではないだろう。

(もし、龍がかけた呪いであったなら、私が作る霊薬では祓うことはできない。聖堂の神官でも最も位の高い大神官でなければ不可能かもしれない。それにしてもこの子はどうしてその呪いを祓うのに龍の素材が必要ということに気付いたのかしら?)


「あなたは、どうしてそのお友だちの力を取り戻すのに龍の素材が必要なことが分かったの?」詰問口調にならないように気を付けながら、デルマは問いかける。

「それは・・・彼女が力を取り戻すために龍の体が必要だとおっしゃったから・・・」どことなく歯切れの悪いヒルデガルトの答えにデルマは言葉を重ねる。

「龍の素材はとても希少で、おいそれと手を出せる物ではないわ。私もこれまで扱ったのはたった一度きり。それも飛龍の鱗1枚を手に入れるところから冒険者ギルドに依頼を出して、ようやく手に入った物を使って、失敗しないように慎重に慎重に霊薬を調合したの。」

「そんなに大変なのですね・・・」ヒルデガルトがうつむきながら膝の上で手を握りしめ、デルマの言葉を聞いている光景はまるで家庭教師にお説教されている生徒のようにも見える。


「あなたやあなたのお友だちがどんな身分なのかは知らないわ。もしかしたらものすごい貴族様なのかも知れないけれど、それでも簡単に手に入るものではないことを分かっておいてほしいの。」諭すようなデルマの言葉に、ヒルデガルトは素直に頷いた。


「さっきも言ったように、ここには龍の素材の在庫はないし、たぶん在庫を持っている店も無いと思う。それでもなお、あなたが龍の素材を探したいと言うのなら、冒険者ギルドに連れていってあげるけど、どうする?」

「まずは大変な失礼をしてしまいましたことを心からお詫び申し上げます。その上で改めて、御手を煩わて申し訳ありませんが、私をぜひ冒険者ギルドにお連れくださいませ。」まだ笑顔ではないが、強い意思の光を持った目をして、ヒルデガルトはデルマにお願いした。


「分かったわ。じゃあ、さっそく行きましょうか。」そうデルマが立ち上がったのを追いかけるようにヒルデガルトも立ち上がる。

「そういえば、まだあなたの名前を聞いていなかったわね?」デルマはそう言いながらヒルデガルトの方を振り返った。

「申し遅れました。ヒルダとお呼びください。」ヒルデガルトはローブの裾を摘まみながら膝を折る礼をしながらデルマに名を告げた。


**********


王都ゴルトベルクの冒険者ギルドは、デルマの店がある商業街区から離れた城壁近くの少し雑多な地区にある。安い酒場や城壁の外で収穫された農作物や森で狩られた獣の肉などの卸商人が軒を連ねている。決して上品とは言えない冒険者や旅人、人夫が往来し雑然としているため、通常、ヒルデガルトのような貴族の令嬢が足を踏み入れることはまず無いだろう。


「よう、先生。今日も素材を探しに来たのかい?」

「先生、また回復薬を作ってくれよ。」

冒険者ギルドに入るとデルマは次々に中にいた冒険者たちから声をかけられた。

彼らにしてみれば、デルマは冒険の際に生死を分ける貴重な霊薬を作ってくれる大切な先生であり、また、霊薬の素材を買い取ってくれる大事な得意先でもある。

デルマはそうした声に軽く手を振って応えながら、一番奥の机に陣取っている男の前に歩いていった。


「副長、景気はどうですか?」デルマは革貼りの椅子に浅く腰を掛けた40歳を過ぎたくらいのがっしりとした体格の男に声をかけた。

「ああ、先生か。まあ、ぼちぼちと言ったところかな。」副長と呼ばれた男は、豊かな髭を蓄えた口元からくぐもった声で応えた。

「北の方で魔物が増えているが、そんなに強い奴らが出てきている訳でもなく、若い連中にはちょうど良い訓練になってるよ。」

「そうですか。ところで面白い素材は入っていないですか?」

「なんだ、先生。また新しい霊薬でも創るのか?」副長は苦笑しながら尋ねた。

「まあ、そんなところです。」デルマは涼しい顔で応えたが、その言葉が終わらないうちに副長が追い討ちをかけてきた。

「貴重な品を爆発させるなよ。」

「それは言わない約束でしょう!」怒った口ような調でデルマが返すが、その顔は笑っている。お互いにそんな冗談が言い合える仲なのだろう。

「今日はお連れさんがいるようだが、そちらさん絡みかい?」

「ええ。こちらのお客さんがちょっと厄介な探し物していて、こちらにお連れしました。」デルマはそう言って後ろにいたヒルデガルトの手を引いて、副長の前に立たせた。


「ほう。ずいぶんと若いお客さんだな。とても厄介事に縁がありそうには見えないが。」副長は値踏みするような目でヒルデガルトの全身を眺めた。

「全身をローブで隠しているが、巡礼者ではなく、王都の住人だな。」

「初めまして。ヒルダと申します。」そう言ってフードを脱ぎ、ローブの裾を摘まみながら挨拶をするヒルデガルトに副長は鋭い視線を投げ掛けた。

「あんた、どこの家のご令嬢だい?その白金の髪色からすると西の辺境伯か?」声を落とし、ヒルデガルトとデルマにだけ聞こえるように副長は尋ねた。いや、疑問形で話しているように見せながら実際には断定していた。

図星を当てられて、ヒルデガルトは息を飲んだ。まだ社交界でのお披露目も済ませておらず、貴族社会の中でも自分を知っている者は少ないというのに、このギルドの副長は一目で言い当てたのだ。

「失礼いたしました。ヒルデガルト・フォン・アルテンシュタットでございます。」改めて、ローブの裾を摘まみ、膝を深く折って正式な礼をしながらヒルデガルトは本名を名乗った。

「えっ!あなた、伯爵のお嬢様だったの!」驚きで目を丸くしながら、デルマはまじまじとヒルデガルトの横顔を見つめた。

育ちは良さそうだと思っていたが、よもや伯爵令嬢とは。ずいぶんと厳しく、無礼なことを言ったことを思い出し、デルマは冷や汗をかいていた。

「おいおい、先生。身許も確かめずにここに連れてきたのか?素材を見る目と霊薬を作る腕は一級品だが、人を見る目はまだまだだな。」そう言って副長はニヤリと口の端を持ち上げた。



今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。

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