屋敷の外へ
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なかなか前に進まなかったですが、ようやく屋敷の外へ踏み出します。
これからも読んでいただけたら嬉しいです。
翌朝、家族で朝食を囲んだ後、父ヨーゼフが王宮へ出仕したのを確認してから、ヒルデガルトはこっそりと出掛ける準備を始めた。
聖フリューゲルの祝祭の日はあまりにも女性らしい格好のために酔っ払いに絡まれたのだろうと想像したヒルデガルトは、今回は身体の線が隠れるようにぞろりと長くブカブカのローブを着込むことにした。
白を基調にして、ごく簡素な縁取りがあるローブを着れば、巡礼者や修行中の聖職者に見えなくもない。フードをかぶれば顔を隠すこともできるし、この前よりもずっと良いだろう。
巡礼者なら街道の情報を聞いたり、道中の護衛を頼むために冒険者ギルドに赴くことも自然だろうし、護身用の武器や防具を調達することもあるかもしれない。
以前に読んだ物語や英雄譚などを思い出し、ヒルデガルトは我ながら良い考えだと自然と笑みがこぼれた。
(さてと。問題はどうやってお母様やオットーに見つからずにお屋敷を抜け出すかですわね。)もしこんな格好をして外出しようとしているのが見つかったら、母はきちんとしたドレスに着替えさせ、さらに執事のオットーがお守りかお目付けとして外出先までついてくるだろう。それでは、とても冒険者ギルドや武具などを扱う職人ギルドには入れない。
窓辺に近寄って外を見てみると、窓枠から手を伸ばしてぶら下がれば何とか下りられそうだ。あとはどうやって庭を通り抜けようか。
以前読んだ物語では離れた所で大きな音を出して見張りの注意をそらした隙に通り抜ける場面があったはず・・・。
「エオストレ、近くにいらっしゃるんでしょう?」ヒルデガルトは囁くように呼び掛けた。
「ヒルデガルト、呼んだ?」ヒルデガルトの影からエオストレがにゅっと首を出した。
「ええ。エオストレ、あなたなら大きな音を出してお屋敷の使用人たちの注意をそらすことはできますわよね?」
「それくらいならお安いご用だけど。」
「では、私が庭を通り抜ける際に、庭の反対側で大きな音を鳴らしてくださるかしら。それでお屋敷のみんながそちらに気を取られている隙に抜け出そうと思うの。」
「ふーん。それくらいならいつでもできるわよ。」いかにも簡単だと言わんばかりにエオストレは応えた。
(そんなことをしなくても、ヒルデガルトの姿を隠してしまえば済むことなんだけど。)とは口に出さず、エオストレはこの状況を楽しんでいる様子のヒルデガルトの好きにさせることにした。これから先、ヒルデガルト自身で乗り越えなければならないことも多く出てくるだろうし、いちいち細かく手助けをしていては彼女の成長を妨げることにもなりかねない。自分に依存するだけの小娘は相棒ではなく単なる足手まといだ。
「でも、それだと今日は外に出られても、次からは出づらくなるんじゃない?」
「・・・確かにそうですわね。」エオストレの指摘を受けて、ヒルデガルトはシュンとしてしまった。確かに物語でも一度きりの脱出劇で見張りの注意を引き付けていただけだった。
「そうだわ、侍女のハンナに化けてお使いに出れば良いのではないかしら?」他人に化けて、見張りの目を欺く冒険者の話も読んだことがある。それに侍女ならお使いに出てもおかしくないはずだ。ヒルデガルトは我ながら良案だと思い、エオストレの顔を見た。
「まあ、良いんじゃない。ところで、そのハンナはあなたと背格好は似ているの?」
「ハンナは私より少し大柄ですけれど、少し服を着込んだ上にハンナの服を着ればきっと誰にも気付かれませんわ。」
そう言うとヒルデガルトは呼び鈴を鳴らして侍女のハンナを呼んだ。
「お呼びでしょうか、お嬢様。」扉の向こうからハンナが声を掛けると、ヒルデガルトはそっと扉を開けて、ハンナを招き入れた。
「ハンナ、お願いがあるのですけれど。」
「何でございましょうか?」
「お屋敷の外に出たいのですけれど、その間、私の代わりにこの部屋にいて、お母様やオットーの目を誤魔化しておいてくれませんか?」
「お、お屋敷の外にですか?」驚いて声を上げたハンナに向かって、ヒルデガルトは形の良い鼻の前に人差し指を立てて、しーっと静かにするように仕草を見せた。。
「ええ、それで私があなたの格好をして外に出たいの。駄目かしら?」ちょっと上目遣いで甘えるようにハンナにお願いするヒルデガルト。昔からハンナは色々な頼みごとを引き受けてきてくれたから、今度も叶えてくれるはず。
「わ、私の格好で?」
「別に危ないことをするわけではないのよ。ちょっとだけ一人で外に出てみたいの。」
「で、でも・・・」これまでのささやかなお願いごととはちょっと異なるお嬢様の頼みに困惑を隠せないハンナ。
「お嬢様をお一人で外に行かせてしまったとなると、旦那様からどんなお叱りを受けるか・・・」
「ハンナには迷惑はかけないようにしますから。お願い。」
「本当に危ない所に行かれたりしませんか?」
「大丈夫。本当にほんの少しだけお屋敷の外の空気を吸いに行くだけですわ。」
「本当にほんとに少しだけですからね。すぐにお戻りになってくださいね。」仕えているヒルデガルトの頼みを無下にするわけにもいかず、根負けしたハンナは自ら着ている服とヒルデガルトの服を取り換えた。
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ローブをたたんで布に包み、掃除の時に埃が髪につかないようにするための白い布帽子で白金の髪を隠して、ヒルデガルトは部屋を出た。
(今の時間、お母様は居間でお茶を嗜まれていて、レオンハルトは剣の稽古、オットーは帳簿の整理をしているはずですわ。)関門になりそうな家人の顔を思い浮かべながら、ヒルデガルトは目立たないように、いかにもお使いに出るという面持ちで布包みを大事に持って屋敷の廊下を進んだ。
(あらあら。あんなにこそこそと歩いていたら、怪しいでしょうに。)エオストレはヒルデガルトを見守りながら、半ば呆れていた。
幸い誰にも会わずに屋敷の扉までたどり着き、何とか庭に出ることができたヒルデガルトは周りを見回してから、まっすぐ門の方に向かう。早く屋敷から離れようと少し速足なのがいかにも不自然で、もし誰かに会っていたら不審に思われたかもしれない。
最後の関門は門番だ。屋敷の出入りを確認しており、主人の家族はもちろん、使用人の全員を覚えているので、このまま進めば間違いなくばれるだろう。
(仕方がないわね。これまでの努力に免じて、少しだけ手伝ってあげるわ。)温かくヒルデガルトを見守っていたエオストレはヒルデガルトが侍女のハンナに見えるよう、声もハンナの声に聞こえるように幻影をかぶせてやった。
「おはよう、コール。お嬢様のお使いなの。門を開けてくださいな。」できるだけハンナを口調を真似ながら、ヒルデガルトは少しうつむき加減で門番に話しかけた。
「ん?おはよう、ハンナ。こんな早くから出掛けるのかい?大変だね。」そう挨拶しながら、コールと呼ばれた門番は門を開けてくれる。
(良かったですわ。ハンナだと勘違いしてくれたみたい。)ハンナの服を着て、ハンナの声音を真似たのが良かったのだと大いなる勘違いをしながら、ヒルデガルトは門をくぐった。
「ありがとう、コール。ごきげんよう。」
「ん?ああ、気を付けて。」
(ごきげんよう、だなんてハンナらしくない挨拶だな。お嬢様とはそんな挨拶を交わしているのかな?)少し戸惑いながらコールはヒルデガルトの後ろ姿を見送った。
今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。
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