古龍 その5
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シュタイン王国において、王国の四方を守護する辺境伯は、その強大な軍事力の故に妻子を王都ゴルトベルク城下に住まわせることとなっている。要するにその軍事力をもって反逆することを防ぐための人質である。例外となるのは次期当主となる嫡子が初陣を迎える年齢に達した後に、自領において戦闘訓練や軍務経験を積む場合のみである。このため、辺境伯の妻や娘は一度も領地に足を踏み入れることなく生涯を終える者もいた。
上級貴族の中には、子息を近衛騎士団など王都に駐留する騎士団に所属させ、経験を積ませるとともに社交界で名前を売ることに力を入れる者も多く、四人いる辺境伯のうち二人も子息を近衛騎士団に入れている。
しかしながら、アルテンシュタット辺境伯爵家の現当主であるヨーゼフは、嫡子レオンハルトを自領において鍛えることを選択し、領地に下向させることを国王と摂政である王太后に願い出て、それを許されたばかりであった。
このような人質政策が敷かれている中、辺境伯の令嬢であるヒルデガルトが王都の外に出ることは極めて難しく、今のままでは白銀の古龍アデルハイトの遺骸を探す旅に出ることは困難と言わざるを得ない。
「・・・という訳で、私が王都を離れて旅をすることはかなり難しいのです。」申し訳なさでうなだれながら、ヒルデガルトは状況を説明した。
「人間というのは、いつまで経っても不便な生き物ねぇ。」エオストレは呆れたような声を出して長い首を左右に振った。
恨み辛み、妬み嫉み、そして裏切られないかという恐れ。力を持たせなければ守ってもらえず、かと言って力を持たせれば不安になる。権力を持てば、奪われないかと疑心暗鬼になり、人質を取って安心しようとする。
他の追随を許さない強大な力を持ち、一部の例外を除いて他に干渉せず孤高を保ってきた古龍とはずいぶん違う。エオストレ自身も生まれ変わったばかりで、継承の儀式を済ませていない今でこそ古龍とは呼べないような弱い(といっても古龍の尺度で弱いというだけだが)存在であるが、それも永い寿命からすれば極々僅かな期間に過ぎない。
「何にせよ、ヒルデガルトの事情は分かったわ。でも、それは自らの意思、あるいはアルテンシュタット家の意思で王都から離れられないということであって、不可抗力であれば許されるのよね?」
「不可抗力?」エオストレは何を言いたいのだろうか?ヒルデガルトは理解が追いつかず、ぽかんとした表情でエオストレを見つめた。
「そう、不可抗力よ。人さらいにかどわかされたとか、魔物にさらわれたとか。」
「誘拐・・・ですか?」
「ふふっ。あるいはあなたが読んでいた書物のように、紅蓮のメテオールみたいな古龍に生け贄を求められるとか?」
「い、生け贄ですか!」エオストレがあまりに突飛な事を口にしたので、驚いたヒルデガルトはつい大きな声を出してしまった。
「お嬢様、いかがなさいましたか?」ヒルデガルトの声を聞きつけた侍女が部屋の外から声をかける。
「大丈夫です。何でもありませんわ。」
「左様でございますか。何かございましたら、外に控えておりますので、何なりとお声かけくださいませ。」
「ええ、そのときは声をかけますわ。」ヒルデガルトは必死で取り繕い、平静を装った。
「白銀の古龍が生け贄を求めるという話は聞いたことがありませんわ。王族や貴族がそれを信じてくれるとは、とても思えないのですけれど。」
「たとえよ、たとえ。でも、大きな私の幻影を出現させて、あなたを巫女として寄越せ、と言えば、我が身大事の王族や貴族は喜んであなたを差し出すんじゃない?」エオストレはからかうような口調で、ふふっと笑った。おとぎ話で勇者の味方をする白銀の古龍と違って、エオストレは随分いたずら好きのようだ。
「はぁ。」大きく息をついて、ヒルデガルトは白銀の古龍を正面から見た。
「エオストレ、あなたがおっしゃるように、確かに私はアデルハイトの身体を探すとお約束しましたわ。でも、人間には人間のしきたりやしがらみがあって、身動きが取れないこともあるのです。ましてやお父様をはじめ家族や領民に迷惑をかけるような真似はできません。揺るぎない力を持ち、孤高の存在でいられる古龍とは違うのです。」
「そう。。。」ヒルデガルトのきっぱりとした声にエオストレの声が小さくなる。
「私はこのまま本来の力を得ることなく、これから先、何千年も惨めな生を紡がなければならないのね。」エオストレは床に降り立ち、しょんぼりとうなだれた。
「何千年もこの小さくて弱い身体で、私を殺して一攫千金を狙う悪い人間や古龍の力を得ようとする魔物たちに命を狙われて生きていくのね。」エオストレは長い首を曲げて胴体にくっつけ、その上から長い尾で顔を覆った。
「エオストレ・・・」しくしくと泣き出しそうな白銀の古龍の姿に、ヒルデガルトはさすがに言い過ぎたと思い、そっと首の根元あたりに手を触れた。相手は古龍とは言え、まだこちらに生を受けて三日目の子ども(?)なのだ。
「エオストレ、少し言い過ぎましたわ。まずはできるところから、たとえば王都の中のギルドとか周りの足を運べる範囲から調べるのを手伝いますから。」
「ほんとに?」エオストレは尻尾の隙間からちらりとヒルデガルトを見た。
「ええ、私のできる範囲でお手伝いしますわ。」
「あなたが名前をつけてくれた私を見捨てたりしない?」
「もちろんですわ。」
「ほんとに、ほんと?」エオストレは弱々しげに確認する。
「『血の契り』、でしたわよね。そんな大切な契約を結んだエオストレは、言わば私の妹のようなものですわ。」わがままに駄々をこねる子龍を優しく撫でながらヒルデガルトは顔を寄せて囁いた。
「良かった。ヒルデガルトに嫌われてしまったかと心配したわ。」エオストレは安心したような少し元気な声を出しつつ、心の中でペロリと舌を出した。
(あまりからかいすぎると、おっとりしたヒルデガルトでも怒るのね。気を付けなくちゃ。)
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