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龍宿りし乙女  作者: 村井喜久
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古龍 その1

今回もお付き合いくださり、ありがとうございます。

引き続き、頑張って物語を紡いでいきますので、また読んでいただけたら嬉しいです。

王宮の書庫でヒルデガルトは龍の生態について書かれた古い書物を読み進め、古龍についての記述に行き当たった。

(古龍。あの不思議な夢の中で白銀の古龍が言っていたことは本当なのかしら?)はやる気持ちを抑えながら、ヒルデガルトはページをめくる。


『古龍は、一説には亜龍が千年近く生き延び、尋常ならざる魔力を得て変化すると言われているが、それは誤りである。古龍はそれ自体が一つ種族である。観察の結果、古龍の形態が亜龍のそれと全く異なることはもちろんのこと、幸いにして得られた龍鱗の大きさ、形、帯びている魔力の種類に至るまで全く異なるものであった。』


『古龍の寿命は少なくとも千年を超える。それよりも昔の遺跡においても同形態の古龍が描かれ、同じ名で呼ばれている。しかも幼生の形態は知られておらず、少なくとも千年の間は同じ姿を保ち続けている。』


『古龍は人語を解する。亜龍も人語を聞き取ることができるかもしれないが、古龍はさらに人語により会話することが可能である。幸いにして我も赤き古龍と会話する機会を得た。古龍の発する言葉は亜龍の威嚇の雄叫びとは異なり、我がその棲処に近づくことに対する明確な警告であった。』


『赤き古龍は、その口から炎の息吹を吐く。伝説ではその炎は鉄をも融かすとされているが、観察したところによれば、鉄を融かすほどではなく、青銅を融かすに留まる。』


『古龍の翼は、飛龍のように胴体よりも大きくはなく、長時間飛行することは困難だと言われているが、実際には翼ではなく飛翔の魔法を使って飛行する。飛龍ほど速く自在には飛べないが、十分に空を飛ぶ魔物と言ってよい。』


この書物における古龍についての記述はおおむねこれくらいだった。

(昨日拝見した書物に比べてかなり詳しく書かれていましたけれど、やはり正確な寿命や生まれ変わりは儚く散る人の身には計り知れないのかもしれませんわね。) 自らの知りたい核心についての記述が無かったことに、ヒルデガルトは少し落胆した。


(異国では古龍はどのような存在とされているのかしら?)少しの期待と少しの不安を持って、司書のコンラートが薦めてくれた異国の書物を広げた。


『怒れる龍は災いをもたらす。怒りを呼び起こさぬため、怒りを鎮めるために贄を捧げるべし。』

『龍は贄を求める。下等なる亜龍は肉を、古龍は純潔なる魂を。』


いきなり強烈な言葉からその書物は始まった。

(生贄!あの美しい古龍が生贄を求めるなんて!)驚いたヒルデガルトは思わず書物の表紙を見直した。そこには「龍の眠りと鎮め」とあった。古代の異国では龍を恐れ敬い、人に害を為さないように鎮めることを考えていたのだろうか。


ヒルデガルトが溜め息のような息を吐き出した時、クスクスという笑い声が聞こえてきた気がした。

ヒルデガルトは周りを見回したが、昨日と同じく周りには誰もいない。

(夢と言い、空耳と言い、春の陽気で寝惚けているのかしら?)右手を軽く握ってコンコンと軽く頭を叩いて、ヒルデガルトは書物に向き直った。


『飛龍は牛馬を襲い、時に人を喰らう。海龍は怒りに任せて船を沈める。贄を捧げて龍の腹を満たし、贄を喰らう間に逃げるべし。』現在のシュタイン王国では見られない恐ろしい古代の風習に、ヒルデガルトは身震いした。

(戦う術を持たない古代の人々はただ恐れることしかできなかったのね。)


「ヒルダ。ヒルダも書庫にいらしてたのね。どういう風の吹き回しかしら?」赤と緑の宝石をあしらった金の髪飾りで豊かな金髪をまとめたエレオノーラが書物を抱えながら近づいてきた。

「ごきげんよう、エレオノーラ。エレオノーラはよく書庫にいらしているの?」相変わらず豪奢な友人を眩しそうに見上げながら、ヒルデガルトは尋ね返した。

「ええ、私はいつもこちらで勉強しているのよ。」屈託ない笑顔を向けながら、エレオノーラは抱えていた書物を見せてくれた。その表紙には「条約と交渉」と書かれている。

「まあ、ずいぶん難しそうな書物ですこと。エレオノーラはお父君のように行政官になるおつもりですのね?」

「そうよ。他国との交渉を行う外交官になりたいの。」異国に想いを馳せているのか、少し遠い目をしてエレオノーラは答えた。

「そういうヒルダこそ何を読んでいるのよ?」エレオノーラは書庫で初めて見かけた友人がどんな書物を読んでいるのか、興味深そうに覗き込んだ。

「ヒルダ、あなた古代スラヴァ語が読めるの?」エレオノーラは驚いてヒルデガルトの顔と書物を見比べた。


スラヴァ王国は大陸の南東の端に位置し、シュタイン王国とは異なって、温暖というよりも暑いと形容した方が良いような亜熱帯の国である。言葉も風習もかなり異なっており、現代でも交易の際に通訳がいなければ意思の疎通がままならないと言われている。古代スラヴァ語は、8百年ほど前に滅びた3代前の古い王朝時代に使われていた言葉で、滅びた民族が使っていたこともあって現代スラヴァ語よりもはるかに難しい。


「えーっと。あまり意識はしていないのですけれど、何となく意味は掴めておりますわ。」

「何となくって、あなた・・・」エレオノーラは呆気にとられた顔でヒルデガルトを見つめた。


その時、ヒルデガルトの耳にまたクスクスという笑い声が聞こえてきた。

「・・・どうしたの、ヒルダ?」突然左右を見回したヒルデガルトを見て、少し心配そうにエレオノーラは尋ねた。

「今笑い声が聞こえませんでした?小さな声でクスクスという声が聞こえた気がしたのですけれど。」ヒルデガルトは、形の良い眉をハの字に下げて困ったな、という表情になった。

「私には聞こえなかったけれど。空耳じゃないかしら?」

「そうですか。実は昨日から何となく笑い声が聞こえるような気がして・・・」

「そう。聖フリューゲルの日にあんなことがあったから、少し疲れが出たんじゃないかしら。書庫で勉強するのはほどほどにして、ゆっくり休んだ方が良いのではなくって?」エレオノーラは心配げにヒルデガルトを見つめていた。



今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。

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