レオンハルトの悩み
コンコン。
遠慮がちなノックの音にヒルデガルトは扉の方を振り返った。
「どなたですか?」
「姉上、レオンハルトです。」
その応えにヒルデガルトは扉を開き、弟を部屋へと招き入れた。
「こんな夜更けにどうしたの? 眠れないのかしら?」
ヒルデガルトの問いには答えず、レオンハルトは考え込むように下を向いている。
「姉上。」
「はい?」
ようやく口を開いた弟にヒルデガルトは優しく微笑みかける。
「姉上。僕は『ハズレ』なんでしょうか?」
「ハズレ? それは一体どういう意味かしら?」
唐突な弟の言葉にヒルデガルトは戸惑う。
「だから、僕はアルテンシュタット家の跡取りとして『ハズレ』なんでしょうか?」
「何を言っているの、レオンハルト? あなたは見事に地竜を退治して、お父様もとてもお喜びになっていたではありませんか?」
困ったような微笑みを浮かべながらヒルデガルトは弟の言葉を柔らかく否定した。
「でも、姉上は8頭もの地竜を屠ったのに、僕は1頭がやっとだし、カッセル団長もイーノさんも大怪我をして・・・」
俯いたレオンハルトの肩が微かに震えている。
「僕や他の貴族家の跡取りが騎士になろうと頑張っているのに、姉上はもう子爵位を賜っているし、ご自身のお城も持たれています。」
「それは・・・」
「それに、僕が地竜を倒せたのだって、姉上から頂いた武具があったからこそです。」
「レオンハルト・・・」
「僕は騎士見習いに過ぎないけれど、姉上は父上の代理として家臣のみんなから一目置かれていて・・・あ、姉上・・・」
レオンハルトが全てを言い終わらないうちにヒルデガルトは弟を優しく抱き締めた。
「レオンハルト。そんなに悩んでいたのですね。」
ヒルデガルトは弟の頭を撫でながら言葉を続ける。
「私はあなたより二つも歳上なのですよ。少しくらい姉らしいところを見せさせてくださいな。それに、私もお父様やキルヒドルフ殿の掌の上で転がされているに過ぎませんわ。」
「でも、地竜に腕を食いちぎられた第一騎士団のシュミットさんは姉上の魔法で傷跡一つ無く回復されたのに、第三騎士団のイーノさんは最高の霊薬をもってしても後遺症が残ってしまいました。だから騎士団のみんなも姉上を崇拝するようになって・・・」
レオンハルトの涙がヒルデガルトの胸元を濡らす。
「・・・大怪我をされた騎士がいたことは伺っていましたが、そんなことになっていましたのね・・・。レオンハルト、この姉も誰かに、そうあなたのような騎士に守られていなければ、戦場に立つことさえままなりません。どちらか片方ではなく、互いに支え合い、補い合ってこそ力を発揮できるということは忘れないで・・・」
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「レオンハルトがそんな悩みを・・・」
愛娘から弟が悩んでいることを聞き、ヨーゼフは腕を組みながら天を仰いだ。
「一つのことに秀でて尊敬されることと、家臣を率い、領民を治めることは全く違うことなのだが・・・」
「でも、レオンハルトにはまだそこまで分からないのですわ。いえ、あの子だけでなく私にも。優れた者として敬われることは領主として必要なことではありませんの?」
「もちろん剣の腕や魔術の才能など家臣より優れた力を持つに越したことはない。しかし、領主にとってより大切なのは、家臣の優れた才能を見抜き、その才能を発揮させる場を与えることだ。私とてそれほど魔術に秀でている訳ではないが、ヘクスターを従え、王国内でも指折りの魔導師団を率いることができているだろう?」
「確かに学院長様は当代一、二を争う優れた魔導師でいらっしゃいますわ。」
「そのとおり。しかし、だからと言って、ヘクスターにはこの辺境伯領を治めることはできまい。身分云々ではなく、彼にはそこまでの器量は無いからだ。」
「お父様、私はアルテンシュタットに来ず、王都に留まっていた方が良かったのでしょうか?」
「そんなことはない。もし、お前がアルテンシュタットにいなかったら、先の地震と噴火で多くの領民が亡くなっていただろう。それを救えたのは、お前がいてくれたからだ。その僥倖に感謝してもしきれない。」
「お父様・・・」
「レオンハルトには、私からも話をしよう。ヒルデガルト、お前が気に病むことはない。」
そう言って、ヨーゼフは愛娘の頭を優しく撫でた。
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自分の存在は、侯爵家にとって、領地にとって不協和音の原因なのか。隣国ウプサラ王国の手の者に付け入る隙を与えたのも自分が後嗣たる弟を脅かす存在になり得るからなのか。
白銀の古龍エオストレと出会う前には、自分はずっと王都に住み、どこか侯爵家か伯爵家に輿入れし、ごく平凡に貴族の妻として生きていくものと思っていた。
それが今では自身が子爵家の当主となり、来ることさえ叶わないと思っていた父の領地に居城を構える身となってしまった。
アルテンシュタットへ下向するに当たり、祖母である王太后に謁見した際、子爵に相応しい領地を与えるよう父に伝えると言っていた。辺境伯領の半分とはいかなくとも何分の一かは引き継ぐことになるのだろう。
王国の始まりから続くアルテンシュタットの歴史の中で領地が削られることは初めてのことだ。これまで、当主が丸ごと相続し、魔物や外敵、さらには王族も含めた国内の政敵からも守り続けてきた領地が、領主夫人の母親とはいえ、王太后の命令で後嗣とその姉で分割させられるのだ。それがどのような影響を及ぼすのか想像もつかない。いや、ヒルデガルト自身が貴族家の当主となり、領地が分割されることで、姉と弟のどちらが正統な後嗣か争いが起きる可能性も否定できない。
今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。
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