苦い想い
「若君をお護りしろ!」
カッセルの号令を受け、騎士たちがレオンハルトの前で剣を構え、地竜を牽制する。
血に酔っているのか、地竜は猛り、大蜥蜴の血に赤く染まったレオンハルトに向かって威嚇の声を上げる。
「くそ、何で地竜がこんな所に?」
レオンハルトとイーノを庇いながら、カッセルは悪態を吐く。
それにしても、地竜はレオンハルトをまっすぐ射抜くように見ており、他の騎士たちには目もくれていない。
(血か?それともあの武具か?)
何が地竜の気を引くのか、カッセルはちらりと視線だけでレオンハルトを振り返る。
当のレオンハルトは両手で剣を構えながらも足がすくんで見える。その若者の姉は複数の地竜を強大な魔法で打ち負かしたというが、初陣の若君に同じことを求めるのは酷というものか?
自らに預けられた領主の後嗣に何とか手柄を立てさせ、凱旋させたいとカッセルは思っていたが、今の状態では部隊の全滅を免れる算段をすべきかもしれない。
「それぞれ塚の後ろに散開して護りを固めつつ、一撃離脱を繰り返して地竜の体力を削れ!」
カッセルはそう命じ、自らもレオンハルトとともに塚の後ろに回り込む。
「若君、いざというときは、私が殿を務めますゆえ、撤退をお考えください。」
そのカッセルの言葉に、現在自身が置かれた状態が想像以上に悪いことを理解したレオンハルトはしかし頷くことはできなかった。
「僕一人が逃げることはできません。将来軍を率いる者として、ここで逃げたらその資格を失います。」
「若君は侯爵家の大切な跡取り。そのお立場をお考えください。我らの代わりはおりますが、若君の代わりはいないのです。」
「しかし・・・」
「指揮官たるもの、時には名誉ある撤退を選ぶことも必要ですぞ。」
「・・・分かりました。しかし、まだそのときではありませんよね? 僕はまだ戦えます。」
騎士団長の「撤退」という言葉が逆にレオンハルトの心に火を点けたのか、足の震えは止まり、剣を握る手にも力が籠る。
「やぁ!」レオンハルトは地竜に一撃を加えるべく、塚の陰から飛び出した。白銀に煌めく剣を振りかざして突進するが、しかし、あと一歩の間合いで死角から伸びてきた地竜の尾に弾き飛ばされてしまった。
「うわっ!」背中から地面に叩きつけられ、レオンハルトは思わず声を上げるが、ダメージはほとんど無い。体が軽いために飛ばされたが、古龍の皮革の魔力が地竜の尾の衝撃さえ散らしてしまう。
「若君!」
地面に倒れたレオンハルトを庇おうと駆け寄るカッセルに地竜の尾が迫る。左腕に着けた盾でその一撃を受け止めたカッセルの顔が苦痛に歪んだ。
「何て一撃だ。」
盾は大きくへこみ、カッセルの左腕が嫌な方向に曲がっている。歴戦の騎士の腕を盾ごとへし折る威力に騎士たちの動きが一瞬止まった。
「何をしている! 早く若君を後ろへ!」
激痛に耐えながら叫ぶ団長の声に2人の騎士が反応し、レオンハルトを両脇から引っ張るようにして塚の後ろへと引き戻した。
それを横目で確認しながらカッセルは折れた左腕で盾を体の前に掲げながら、右手の剣で地竜を牽制しながら、じりじりと後退する。
「若君、ご無事ですか?」
盾ごと腕をへし折るような地竜の一撃をまともに受けたレオンハルトを気遣うようにカッセルが声を掛ける。
「カッセル団長、僕は大丈夫です。団長こそ左腕が・・・」
「何と。あの一撃を食らって・・・」
自身の腕とレオンハルトを見比べて、カッセルは驚きを隠せない。
「団長、あの地竜を倒して、撤退しましょう。」
「そうですな。イーノの傷も重そうですし、撤退することにいたしましょう。」
「僕の装備であれば、地竜の攻撃を防げそうです。殿は僕が務めます。」
「若君、それはなりません。我ら騎士団は領主と領地を護る存在。たとえ全滅しても若君を無事に領都へお戻しします。」
「いいえ。戻るときは全員揃って戻ります。領主の息子として我が騎士団を守ります!」
そう宣言すると、レオンハルトは両手で剣を構え、塚の後ろから飛び出した。
領主の後嗣としての誇りと義務感、姉に負けたくないという対抗心、地竜という大物を狩りたいという高揚感、様々な想いが綯交ぜになりながら、レオンハルトは地竜に肉薄する。
地竜は地竜で大きく口を開けて、レオンハルトを威嚇しつつ、長い尾を振り、攻撃の機会を伺っている。
地竜の間合いにレオンハルトが入った瞬間、その左側から地竜の尾がレオンハルトに迫る。
「同じ手にはかからない!」そう叫びながら、レオンハルトが古龍の剣を一薙ぎすると、すっぱりと地竜の尾が切断され、地面に落ちた尾がそれ自体意思を持っているかのようにのたうち回る。
大きな尾を失ってバランスを崩しながらも地竜は怒りの声を上げて、レオンハルトに噛み付きかかった。
古龍の防具に護られている安心感もあり、先ほどまで足がすくんでいたとは思えないくらいレオンハルトの動きは素早く、地竜の間合いギリギリで体を躱しながら地竜の鱗を削いでいく。
「これでどうだ!」一瞬の隙を突いて、レオンハルトが剣を一閃すると何の抵抗感も無く、地竜の胴が切り裂かれ、地竜が動きを止めた。
ズルリと胴の上と下がずれて上の部分がそのまま地面に落ち、それに一瞬遅れて切り口から血が吹き出し、辺りを赤く染める。
「おお、地竜を一振で!」
「若君!」
一刀の下に崩れ落ちた巨大な地竜の前に立つレオンハルトを眩しそうに見上げた。
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巨大な地竜と大蜥蜴、後にこれが地竜の幼生体であることが判明するのだが、を狩り、レオンハルトたちは領都へと凱旋した。
騎士イーノの意識は未だ戻らず、団長のカッセルも左腕の骨を砕かれる大怪我を負ったことは秘され、レオンハルトが初陣で地竜を狩ったことだけが喧伝されたことで、領民たちは新たな英雄の誕生に歓喜した。
武をもって鳴るアルテンシュタットの領民たちにとって、領主の後嗣が武勇に長けていることは何よりも誇らしく、領地の益々の発展を約束してくれるものと映った。
レオンハルトの父、アルテンシュタット侯ヨーゼフも息子が地竜を仕留めたことを喜び、カッセルをはじめ初陣に同行した騎士たちに多大な褒美を与え、その労に報いるとともに、重症を負ったイーノには侯爵家に伝わる貴重な霊薬を用いて治療を行った。
領内は一様に祝賀ムードであり、また、主人からその功績を称賛されたにもかかわらず、カッセルは引っ掛かりを覚えていた。
「カッセル殿、レオンハルト様が初陣を見事に飾られたのも貴殿の補佐の賜物。侯爵閣下もいたくお喜びだというのに、何故そのように浮かぬ顔をされておられるのか?」
「これは、キルヒドルフ殿。いや、浮かぬ顔など・・・疲れが出ただけでしょう。」
同僚の指摘にカッセルはそう返したが、歯切れが悪い。
レオンハルトは初めての魔物討伐で見事に地竜を仕留め、その実力を示すことができたが、カッセル自身や部下のイーノが重症を負って帰還したこともあって、姉のヒルデガルトの方が跡取りに相応しいのではないかとの声が騎士団の一部で囁かれているとの噂があるのだ。
誰かから直接言われたわけでもなく、怪我を負った自身の負い目から自意識過剰になっているのかもしれないが、ヒルデガルトは第一騎士団の騎士20名を率いて地竜8頭を屠り、翻って自分達はレオンハルトとカッセルそして5名の騎士で地竜1頭と大蜥蜴を狩ったに過ぎず、力の差を見せつけられたのは事実である。
第三騎士団は実戦経験の豊富さからも第一騎士団に勝るとも劣らないとの自負があったからこそ、今回の結果に団員たちが手放しに喜べていないことも感じ取っている。
レオンハルトは初陣だったし、姉のヒルデガルトとの2歳の年齢差は成長途上のこの時期だからこそ大きなものであろう。今回、レオンハルトが地竜を一刀両断にしたことを考えれば、2年後にはさらに強くなっていることは疑い無い。
しかし、今、この時点だけで比べれば、既に子爵に叙せられているヒルデガルトが一歩も二歩も前を進んでおり、レオンハルトを預かったカッセルとしては焦りを感じざるを得ない。
「そうでしたか。貴殿も名誉の負傷をされた身。くれぐれもご自愛ください。」
「お心遣い、痛み入る。」
同僚からの名誉の負傷という言葉に曇る表情を隠そうとカッセルは頭を下げた。
「侯爵閣下はよく領地や家臣に目を配られておられる。ノルトキルヒェン子爵閣下も歳に似合わず聡明でいらっしゃる。貴殿はレオンハルト様をしっかりお支えすればよろしかろう。」
キルヒドルフはそう言い残してその場を後にした。
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