初陣
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アルテンシュタット家の嫡男レオンハルトが初陣を迎えたのは、その姉ヒルデガルトが第一騎士団と地竜討伐に赴いたのに遅れること二月後のことであった。
リンツの領地からアルテンシュタットに戻った父アルテンシュタット侯かむら白銀に輝く剣と独特の白銀色の光沢を持った革鎧を授けられた時、レオンハルトは喜びに体が震えた。
見事に武勲を立て、立派な騎士たらんと気負う様子の我が子にヨーゼフも目を細める。
「レオンハルト、いよいよ初陣だな。逸る気持ちは分かるが、焦らず落ち着いて魔物を狩ってこい。」
「はい、父上。アルテンシュタットの名に恥じぬ働きをしてみせます。」
「うむ。辺境を守るに相応しい力を見せよ。」
「はっ!」
父の叱咤激励に、レオンハルトは跪きながら頭を深く垂れた。
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「若君、いよいよ初陣でございますな!」
レオンハルトが所属する第三騎士団を率いるカッセル団長がレオンハルトに声を掛ける。カッセルは今年45歳になる歴戦の古兵で、レオンハルトよりも頭一つ以上背が高く、体の幅は二回りは大きくて、全身から漲る力が黒い甲冑の外に溢れて出してくるような迫力がある。
「カッセル団長。ありがとうございます。これまで教えていただいたことを存分に発揮して、大きな魔物が狩れるよう頑張ります。」
「若君なら見事、初陣を飾れましょう。さすれば、見習いではなく立派な騎士。そのあかつきにはアルテンシュタット家の嫡男として、我ら家臣に接してくださいますよう。」
熊のような大きな体に穏やかな眼差しを湛えてカッセルは右拳を左肩に当てる礼を執った。
「いざ、北嶺へ!」カッセルの掛け声とともに、レオンハルトたち討伐隊は騎乗し、騎士団の隊舎を後にした。
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レオンハルトと第三騎士団長のカッセル、そして5名の精鋭が北の山脈に向かうべく、領都の城門に差し掛かると、そこには姉のヒルデガルトと家令のキルヒドルフの姿があった。
「レオンハルト、立派な若武者姿ですわね!」
「姉上! 姉上に頂いた素材で仕立てた剣と鎧に恥じぬよう頑張ります!」
ヒルデガルトの声に応えながら、レオンハルトは剣を抜き、体の前にまっすぐ立てた。
白銀の刃に陽光が煌めくと、カッセルと周りの騎士が息を飲んだ。
魔力を帯びた聖銀よりも硬質で、陽光を反射して虹色にも見える煌めきを放つ古龍の爪から切り出して鍛えた刀身は、長年戦場を駆け、幾多の武器を目にしてきたカッセルでさえ見たことが無い見事なものだった。
「この革鎧もしなやかで動きやすく、それでいて堅固に守られている安心感があります。」剣を鞘に収め、ヒルデガルトに見せるように両腕を広げてみせるレオンハルトに場の空気も和む。
古龍の皮革を使って組み上げられた鎧は胸当ての一部など急所を守る場所が大きな龍鱗で補強されており、その守りを穿つことは困難極まりないだろう。
「子爵閣下、この剣と鎧は?」
見事としか言いようがないレオンハルトの武具を前に、キルヒドルフがヒルデガルトに言葉少なに尋ねた。
「白銀の古龍アデルハイトの爪と皮、それに鱗ですわ。」
「な、こ、古龍の・・・」
さらりと告げたヒルデガルトの言葉に、キルヒドルフだけでなくカッセルたちも絶句した。
「子爵位を賜ったとはいえ、まだ名ばかりの身である姉から、愛する弟への心ばかりの餞ですわ。」
白銀の古龍の素材を使った武具といえば、王国の至宝「白銀の龍槍」と「銀鱗の盾」と同じ。それを何の気負いも衒いもなく、「心ばかりの餞」と言ってのける美しき女子爵と、その武具を違和感なく当然のごとく身にまとう若き騎士に、海千山千の家令と百戦錬磨の騎士団長は自然と家臣としての礼を執った。
「武運を祈っております。」
ヒルデガルトの言葉に、馬上のレオンハルトは右拳を左肩に当てて応え、カッセル団長らとともにアルテンシュタットの城門をくぐっていった。
*****
レオンハルトの一行は、途中、ノルトキルヒェン城に立ち寄って一晩の休息を取ると、翌朝早くには城を後にし、北の山脈へと馬を進めた。
「守備隊長のロルフ殿は、子爵閣下のことをベタ褒めでしたな。」カッセルが他意無く、素直に述べる感想がレオンハルトの心に小さな棘となって刺さる。
姉は、城に襲いかかる翼竜の群を退け、火山が噴火した際には怪我人を治療して廻ったという。その時、自分はどうだったか。一介の騎士見習いとして、領都で安穏と過ごしていただけだったのではないか。
「姉上は、国王陛下から子爵位を賜り、アルテンシュタットに戻られてからも大活躍で、弟として誇りに思います。」レオンハルトの口は姉を褒める言葉を紡ぐ。
「次は若君の番ですな。この初陣で見事手柄を立てられ、名実ともに侯爵家の後嗣として名乗りを挙げられませ。」
「もちろんです。死力を尽くして、魔物を狩ってみせますよ!」
「これは頼もしい! 我らも共に死力を尽くしますぞ!」
レオンハルトの言葉に、周りの騎士たちの意気も揚がる。
さらに馬を進め、北の山脈の麓に着いたのは、まだ陽が昇りきる前だった。
「よし、ここからは徒歩で山を登るぞ。」
ノルトキルヒェンからついてきた馬丁に馬を預け、騎士たちは森の中へと分け入っていく。
**********
騎士の一人が先行し、辺りを探りながら森の奥へと進んでいく。少しずつ傾斜がきつくなり、木々も鬱蒼としてくるが、兎さえ出てこない。
「団長、ここまで何も出てこないのはおかしいです。」
「そうだな。火山の噴火で魔物の分布が変わったか。。。」
偵察の騎士の言葉にカッセルが立ち止まり、辺りを見回した。
「元々、メルツィヒ砦の周りはそれほど魔物が多かったわけではありませんが、森の生き物まで姿を見せないのは異常です。」
「もっと奥に進みましょう。姉上が翼竜を退治したために、魔物たちは山奥へと逃げたのかもしれません。」
自身の初めての魔物狩りということもあり、何としても大物を狩りたいレオンハルトがそう提案する。
(姉上は翼竜と地竜を狩っている。僕も劣等種でも良いから竜を狩りたい。)
父は焦るなと言い、元々強い魔物が少ないとされるノルトキルヒェン方面を初陣の場所に選んだが、それさえもレオンハルトには不満に思えてくる。
「そうですな。若君のおっしゃるとおり、もう少し奥に進んでみましょう。」そう言ってカッセルが右手を挙げると、偵察の騎士が前に進み、その後をレオンハルトとカッセルたちが進んでいった。
さらに一刻ほど山を登ると目の前が急に開けた。木々が不自然に薙ぎ倒され、所々、塚のように土が盛り上がっている。
「何だ、ここは?」
見たことのない異様な光景に騎士たちは言葉を失った。最近になって土を掘り返して盛り上げたのか、いくつかの塚は湿り気を含んでおり、落ち葉や草が発酵したような匂いがする。
「何かの巣か?」
「巣? これが巣だとするとかなり大きいな。」
「気を付けろ、何か来る。」
カッセルが部下たちに注意を促した刹那、塚の一つから土が弾けるように飛んでカッセルたちの頭上から降り注ぎ、辺りに腐葉土の匂いが立ち込める。
土の中から姿を見せたのは、薄茶色のぬるりとした外観の大きな蜥蜴のような生き物だった。人間の大人の倍くらいの大きさだが、頭部特に口が大きい。
グギャ、と耳障りな声で鳴きながら開いた口には鋭い歯がびっしりと並んでいる。
「あの口に噛まれたらただじゃ済まないな。気を付けろ!」
カッセルの掛け声に、オゥと騎士たちは応じ、目の前の大蜥蜴を取り囲むように散開する。
大蜥蜴はグギャと威嚇するように鳴きながら、周りの騎士たちを一通り見回すと、猛然とそのうちの一人に飛びかかった。鈍重そうな姿からは想像もできないくらい素早く鋭い動きに騎士は躱しきれず、肩口に噛みつかれた。
大蜥蜴はそのまま騎士を持ち上げ、勢いよく地面に叩きつける。獲物を弱らせて喰らう習性があるのだろう。
「ぐは!」肩に噛みつかれたまま地面に叩きつけられた騎士は苦悶の声を上げる。
「イーノ! 今助けるぞ!」
そう叫んで二人の騎士が大蜥蜴に斬りかかると大蜥蜴は口に咥えたイーノを振り回した。
「くそ!イーノに斬ってしまう。」
仲間を盾にされて、騎士たちが間合いを取り直した時、バキッと骨が砕ける音が響き、イーノが痛みのあまり大声で泣き喚く。
「い、痛え、痛えよ!」
鋼の鎧とその下の鎖帷子が無ければそのまま肩ごと腕を食い千切られていたかもしれない。イーノは痛みのあまり気を失ったのか、大蜥蜴の顎から全身がだらりと垂れ下がる。
「くそ、イーノを盾にするとは、蜥蜴のくせに・・・」
周りの騎士たちは悔しそうに大蜥蜴を睨み付ける。
「カッセル団長、僕が斬りかかるので、大蜥蜴の注意を引いてください。」レオンハルトが剣を構えながら、じりじりと大蜥蜴の右側へ回り込もうと歩を進めた。
「若君、分かりました。。」レオンハルトの言葉にカッセルは大蜥蜴に向かって踏み込むような動作をしながら牽制し、それに対して、大蜥蜴は首と尾を振りながら、カッセルや周りの騎士たちを威嚇する。
(よし、この尾を何とか斬り落とせれば・・・)少しずつ間合いを詰めながら、レオンハルトは剣を握り直した。
「やぁ!」古龍の爪から削り出した刀身を煌めかせ、レオンハルトが大蜥蜴に斬りかかると、大蜥蜴はレオンハルトの方に素早く振り返りながら、投げるようにイーノを口から離し、そのままレオンハルトに向かって襲いかかった。
「うわっ!」尾を斬ろうと意識を集中していたレオンハルトは一瞬虚を突かれた形になり、動きが止まってしまった。
「しまった!」レオンハルトは死の恐怖に顔をこわばらせ、両手で剣を構えたまま、自らを庇うようにしゃがみこむ。
領主の若君が大蜥蜴の顎の餌食になる、あるいはその勢いに撥ね飛ばされる。誰もがそう思った。
レオンハルトも覚悟したのか、剣を握りしめたまま目を瞑るが、
しかし、その瞬間は訪れることはなかった。
レオンハルトがその身を庇うように構えた剣に触れた瞬間、大蜥蜴の固いあるから頭部はまるで紙を斬るかのように、真っ二つに切り裂かれていった。あまりに切れ味が良すぎるために、大蜥蜴の体は血を流すこともなく、きれいに断面が見え、二拍ほどの間を空けて、その体から血が吹き出した。
大量の血がレオンハルトに降り注ぎ、髪も顔も血の色に染まるが、剣と鎧はその血を弾き、白銀の輝きを保っていた。
ズシンという地響きを立てて、二つに裂かれた大蜥蜴の体がレオンハルトの脇に崩れ落ちると、一瞬の静寂が訪れる。
「おお!若君!」最初に我に返ったカッセルがレオンハルトに駆け寄った。
血に塗れながら恐る恐る目を開けたレオンハルトの目に、一刀両断にされた大蜥蜴の姿が飛び込んでくる。
「大蜥蜴が真っ二つ・・・」
「あの固い鱗がいとも簡単に・・・」
周りで固唾を飲んでいた騎士たちが驚きのあまり声を失う。
「おい、それよりもイーノだ。イーノ、大丈夫か?」
気を取り戻したカッセルが大蜥蜴に襲われたイーノに駆け寄る。
イーノは肩の骨を噛み砕かれ、さらに全身を強く打っていて、意識を失っていた。
「誰か、治癒の霊薬を。」
カッセルの言葉に応じて、騎士の一人が霊薬の瓶を差し出すと、カッセルは蓋を開け、イーノの口に突っ込んだ。
「飲め、イーノ! 飲んでくれ!」
カッセルの声が聞こえたのか、それとも生きたいという生存本能か、意識を失ったままイーノの喉が動く。
弱々しかったイーノの呼吸が穏やかなものに変わるとカッセルたちはホッとしたが、 すぐに落胆した表情に変わった。イーノの意識が戻らないのだ。
「怪我が重すぎて、霊薬では治癒しきれなかったか・・・」
血こそ止まったものの、砕けた肩の骨は治っておらず、失われた血液の量もかなり多かったようだ。
「やむを得ん。一旦ノルトキルヒェンに戻り、体勢を立て直すぞ。」
「はっ!」
カッセルの指示に騎士たちは意識が戻らないイーノを運ぶための担架を作り始めた。
「それにしても・・・」
担架を作りながは、騎士の一人が話し始めた。
あの大蜥蜴は何だったのか。これまで長年魔物の討伐をしてきたが、初めて目にした魔物だった。異様に頭部が大きく、獲物を捕食するのに特化したかのように顎が発達していた。
鱗は滑らかで、他の魔物のようなゴツゴツとした感じでないところも珍しい。
「あの鳴き声、どこかで聞いたことがあると思うんだが・・・」
その言葉に応えた訳ではないだろうが、騎士たちの後ろからグギャという鳴き声が響いた。しかし、先ほどの大蜥蜴よりも太く重い。
「この声・・・地竜だ!」
少し怯えを含んだ叫びに、騎士たちが一斉に剣を抜いた。
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