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龍宿りし乙女  作者: 村井喜久
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策謀

ブックマーク&評価、ありがとうございます。執筆の励みになります。


不定期の更新で恐縮ですが、引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。

「ノルトキルヒェン子爵でいらっしゃいますか?」

ヒルデガルトが孤児院を辞去し、少し寂しい裏通りを歩いていた時、白い巡礼服で頭まですっぽりと覆った何者かが声を掛けてきた。小柄でゆったりとした布地に身体の線が隠れているが、その声からおそらく少年だろう。


「巡礼の方、どなたかお探しですか?」ヒルデガルトは少年の問いには答えず、感情を隠すように微笑みながら尋ね返した。


「ノルトキルヒェン子爵でいらっしゃいますか?」巡礼服をまとった少年もヒルデガルトの問いには答えず、同じ言葉を繰り返す。


「失礼ですけれど、人違いをなさっているのではありませんか?」やんわりとヒルデガルトがはぐらかすが、少年は動じずに再びヒルデガルトに呼び掛ける。

「ヒルデガルト・フォン・アルテンシュタット・ツー・ノルトキルヒェン子爵でいらっしゃいますね。」

先の二回と違い、断定する言葉にヒルデガルトは右足を後ろに引いて身構えた。

その刹那、少年の右腕が素早く突き出され、白刃がきらめく。


(危ない!)

ヒルデガルトの耳許でそんな声が聞こえるとともに、その細い体が何かに引っ張られるように平行移動した。


「そんな! どうやって?」

あり得ない動きで一撃を躱され、少年が驚きの声を上げる。


「そのように刃物を振り回されたら危ないですわ。」斬りかかられたことよりも自身の体が白銀の古龍の尾に引っ張られて、その斬撃を躱したことにヒルデガルトは驚いたのだが、口に出したのは斬撃への抗議だった。まだ平静でいられたのは、斬撃が急所を狙っておらず、何より殺気が感じられなかったというのも大きい。何らかの意図を持って襲ってきたのだろう。


「物盗りですか? もしそうでしたら、残念ですけれど今日は何も持ち合わせておりませんの。」じっと巡礼服のフードに包まれた頭を見つめながらヒルデガルトが尋ねると、少年は巡礼服の裾を翻し、短剣を投げつけてきた。

きらめく白刃にヒルデガルトは思わず目を閉じてしまったが、彼女の影から白銀の尾がしなやかに伸びて短剣を叩き落とす。


「アルテンシュタットの後継ぎはレオン様だ!」そう言い捨てると少年は脱兎のごとく駆け出した。


「私のヒルダを傷付けようとするなんて!『氷の牢獄』」苛立ちを隠さずにエオストレが魔法を放つと、一瞬で巡礼服の少年の周りを凍てついた氷の壁が取り囲んだ。


「な、何だ!何で壁が?」少年は突如現れた氷の壁に戸惑いながらも何とか脱出しようと体当たりをする。

「この、この!」

助走を付けてぶつかっていくが、固く凍った壁はびくともしない。


「エオストレ、助けてくださってありがとうございました。」

「あなたを守るのは当然の事よ。それで、ヒルダ。あれはどうする?」

白銀に輝く鱗に覆われた尾だけをヒルデガルトの影から出してゆらゆらとさせながらエオストレがいたずらっぽく尋ねた。


「弟さんの名前まで出して不穏な感じ・・・最近、騎士団がヒルダを侯爵の名代として奉るようになったから、弟派は不満があるんじゃないの?」

「派閥があるかどうかは分かりませんが、お父様の後を継ぐのがレオンハルトであることは皆が知っていることです。もちろん私自身もそう考えていますし、レオンハルト自身も弁えていると思いますわ。」

「ふーん。人間の世界の決まりはよく分からないけど。何であれ、ヒルダを襲ってきたことに変わりはないからお仕置きしなきゃね。」

弟派という単語に一瞬悲しげな表情がよぎったヒルデガルトとは対照的にエオストレの声は明らかに状況を楽しんでいた。


「おい、ここから出せよ!」氷の壁に囲まれて身動きが取れなくなった少年がヒルデガルトに向かって喚くと、ヒルデガルトはゆっくりとそちらへと歩いていった。


「あまり大きな声を出すと警備の者がやってきますよ?」ゆったりとした口調でヒルデガルトが言うと、ハッとしたように少年は口を閉じた。


「どなたに頼まれて、このようなことをなさったのですか?」

自身に刃物を突きつけた相手に声を荒げるでもなく、ごく穏やかにヒルデガルトは続けた。

「私は子爵位でさえ過分だと思っております。そのことは私のお父様やお母様はもちろん弟のレオンハルトも承知していることですわ。私が弟を蔑ろにしているとお考えなら、それはお門違いですし、承知の上で敢えて波風を立てようとされているのでしたら、やめてくださいませんか?」


「な、何て言おうと、アルテンシュタットの後継ぎはレオン様だ!」少年は逃げ出した時に口にしたのと同じ言葉を繰り返した。

「ええ、そのとおりですわ。そのことは家臣、領民の皆が知っていることです。あなたは、どなたに頼まれて平穏を乱そうとされるのですか?」ヒルデガルトは少年の言葉を肯定しながら、じっとを巡礼服の奥に隠れた顔を見つめた。


「だ、誰にも頼まれてなんか・・・」

「そうですか・・・これに懲りて二度と領内の平穏を乱すようなことはなさらないでくださいませ。では、ごきげんよう。」

口ごもる少年にそう告げるとヒルデガルトは何事もなかったかのように、その場を立ち去ろうとした。


「な、ここから出せ!出してくれよ!」

「氷ですから、いずれ融けますわ。それまで頭を冷やされてください。」

喚く少年に、振り向きざまにそう言い放ったヒルデガルトの目は決して笑ってはいなかった。


『へぇ。ヒルダでもそんなに怒ることがあるのねぇ。でも、あの氷、そのままだと10日くらいはあのままよ?』

くすくすと笑いながら白銀の古龍はヒルデガルトの耳許で囁いた。


「え! と、10日も凍ったままなのですか?」

そのまま立ち去ろうとしていたヒルデガルトは、エオストレの囁きに驚いて、大きな声を上げてしまった。


貴族らしい厳しさを見せたと思うと、誰もいないのに独りで驚いて、あわあわとした声を上げるヒルデガルトを訝しく思いながらも、「10日」という単語に顔を蒼くしながら少年が叫ぶ。

「お、おい、俺を殺す気か? 10日もこんな所に閉じ込められたら死んじまう!」


「・・・仕方ありませんわね。エオストレはこの氷を融かすことはできますの?」

「まあ、できると言えばできるけど。」ヒルデガルトの耳許で囁きながら、その影からエオストレは白銀の鱗に覆われた巨大な前肢だけを突き出し、大きく振りかぶって上から氷の壁に叩き付ける。

バキバキと硬質な物質が割れる音を響かせながら氷の壁が砕け散った。

「こうした方が早いでしょ?」


「な、なっ!」

10日は融けないといわれた堅固な氷の壁をいとも容易く砕いてしまった巨大な龍の足を前に、少年は腰を抜かしてしまった。


「ここで見たことは他言無用よ。でないと、取って喰ってやるから。」白銀の長く鋭い爪で少年の顎を持ち上げながら、エオストレが脅かすように告げると、少年は言葉も無く、こくこくと頷き、辺りにむっと蒸れた匂いが立ち込める。少年が失禁したようだ。


「しゃ、喋らない、誰にも喋らない! 変な外国人にも喋らないから、見逃してくれ!」消え入るような震える声で少年が応えると、ヒルデガルトの影から伸びた古龍の前肢は少年の鼻先をピンと弾いて消え失せた。


「お金のためか何かは存じませんが、領内を乱すような真似はもうなさらないでくださいね。今回だけは見逃しますが、次はありませんから。」

ヒルデガルトはそう釘を刺しながらも失禁した少年にそっと『浄化』の魔法をかけたのだった。


**********


「存外、アルテンシュタットの姉弟の絆は思ったより堅固だな。まあ、我が主に傷が付かないところで止めておくか。あとはシュタイン王国の中で政敵同士が勝手に潰し合ってくれるだろうさ。」隣国ウプサラ王国からの使者であるトールは手の者から報告を受けると、そう嘯きながらアルテンシュタットを後にした。



今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。


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