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龍宿りし乙女  作者: 村井喜久
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焦燥

(何だか、街の空気が固くなったような気がしますわね。)

領主の娘というにはあまりに簡素な服を着て、アルテンシュタットの街中を孤児院へと向かいながら、ヒルデガルトは周りを見回した。

街の人々が変わった感じはしないのだが、時折空気がピンと張る感じがするのだ。


ヒルデガルトがしばらく歩いていると違和感を感じていた理由が判明した。前から歩いてきた二人の騎士が慌てて道の両脇に寄り、直立不動の姿勢を取った。

これまでもヒルデガルトと街中で出会った際には礼を失しないように道を空けてはいたのだが、地竜討伐を境に領主の令嬢に対するというよりも、軍隊の上官に対するがごとく厳格なものに変わっていたのだ。

それは騎士だけでなく、街中に立つ歩哨たちも同じで、ヒルデガルトの姿を見かけると、緊張して直立不動の姿勢を取っていた。


街の人々はまだその変化を感じ取っていないようだったが、このままでは騎士たちの行動からヒルデガルトの正体に気付くのも時間の問題だろう。


そもそも、侯爵令嬢で子爵家の当主でもあるヒルデガルトが馬車も使わず、貴族らしからぬ身形でふらふらと街中を歩いていること自体が他領では考えられない異常なことなのだが、これまで領主の夫人や娘を迎え入れたことがなかったアルテンシュタットでは、特に問題にされていなかった。

領主やその息子は騎乗しての移動が主であることもあって、馬車を使うという意識が希薄なのかもしれない。


また、領主の子息についても騎士見習いの期間は扱いこそ丁寧であるが、周りは決して上官に対するような態度ではなく、逆に若君の方が騎士団長に上司に対する礼を執る。

それが、今、歩哨に立つ一般兵はおろか騎士爵を持つ騎士たちまでもが、飾り気の無い服装のヒルデガルトがゆっくり通りすぎるまで直立不動の礼を執るのだから、違和感以外の何物でもない。


(あまり仰々しくされると街の人たちも息苦しくならないかしら?)何となくピントがずれた想いを抱きながら、ヒルデガルトは孤児院へと入っていった。


**********


「アルテンシュタットの小娘と家令、騎士団長の仲はあまり良くないようじゃのぉ。」

「御意。ウプサラのステンボック伯にも手を回して、つついたところ家令を差し置いて、子爵が全てを決めてしまい、家令の面目は丸潰れだとか。それに第一騎士団長が激怒したとかしないとか。」

「王太后の孫娘か何か知らんが、政事は我ら男が執るべきもの。他家からも一目置かれる優秀な家令の面目を潰して、何がしたいのやら。あの祖母にしてこの孫娘あり、と言ったところじゃな。」

「されど、見目と家柄は文句のつけようがないともっぱらの評判にございます。何かしら使い途はあるのではございますまいか?」

「確かにリンツとアルテンシュタットの領地は魅力じゃ。我が孫の嫁にもらって、持参金代わりに領地のいくらかでも持ってこさせるのも良いかもしれんのぉ。」

安楽椅子に深く身を沈め、くつくつと老人が笑う。


「じゃが、今少し、アルテンシュタットの弱体化を謀るのに利用するのが得策。侯爵と家臣の間に打ち込む楔になってもらおうかのぉ。」

「アルテンシュタットに手の者を送り込み、流言蜚語を広めましょう。」

「うむ。くれぐれも尻尾を掴まれぬようにな。何せ、我が孫の嫁にもらうかもしれんのじゃから。」

「御意のままに。」


**********


「ヘクスター学院長、僕にも魔術を教えてください。」

アルテンシュタット家の若君ことレオンハルトが魔導学院の門を叩いたのは、ヒルデガルトたちによる地竜討伐から5日後のことだった。


「これは若君。騎士団の訓練はよろしいのですか?」学院長室にレオンハルトを招き入れたローレンツはにこやかに語りかけた。


「今日は公休日です。それよりも姉上に魔術の手解きをされたのはヘクスター学院長だと伺いました。僕にも魔術を教えてください。」レオンハルトは椅子から身を乗り出すようにして、ローレンツに魔術の教授を願い出る。


「若君は将来、御領主として騎士団や魔導師団を指揮される身。まずは剣術や槍術など武術を修められることが重要かと愚考しますが。」

「それはもちろん分かっています。でも、僕も母上から王家の血を受け継いでいるはず。姉上と同じように光の術を操れるようになりたいんです。」

必死な形相でレオンハルトは目の前の魔導師の長に訴えかける。


「姉上は全然魔術の修練をしてこなかったのに、魔導師として騎士団とともに地竜の討伐に赴き、見事な手柄を上げられました。それもこれもヘクスター学院長の御指導の賜物とヒューデ団長から伺いました。」


「やれやれ。ヒューデ殿にも誤解があるようなので、この際訂正しておきますが、私の属性はあくまでも『火』です。光の術も多少は使えますが、姉君にお教えしたのはほんの初歩的な魔法だけです。」

「でも、姉上が魔法を使えるようになったのは、学院長が教えたからでしょう?」

「水と火の術はそこそこ教えましたが、それもたった一月のこと。教えられることは限られています。姉君はその後、霊峰シュピッツェに登られたと聞いています。その中で才能が花開いたのではないでしょうか?」

「霊峰シュピッツェ・・・」

「光の術など無くとも若君は侯爵家の立派な跡取り。そもそも侯爵閣下も魔術の腕はそれほどでもありませんし、ましてや光の術も使えませんよ。」

「でも・・・」

「でも、何です?」

「いえ、何でもありません。お騒がせして申し訳ありませんでした。」

落胆した様子を隠せないまま、レオンハルトは右拳を左肩に当てる礼をして、学院長室を後にした。


**********


(光の術を使えることが王家の血を引く証明。家臣たちは侯爵家に王家の血が入り、受け継がれていくことを期待している。)

地竜討伐から帰ってきてから、騎士団の面々が姉を見る目が変わり、レオンハルトは焦りを感じていた。

これまで、自身が侯爵家を継ぐことを疑わず、また、美しい姉を守れるだけの力がほしいと思っていた。

決して油断していた訳ではない。領主の息子という地位に胡座をかいていた訳でもない。侯爵家の嫡男として武芸の鍛練を積んできたし、内政の勉強もしてきた。

しかし、気が付けば、姉は子爵の位を与えられ、さらに自身がまだ第三騎士団の見習いでしかない中で、姉は第一騎士団とともに地竜を討伐し、騎士団をはじめとする家臣たちから一目置かれる存在になっていたのだ。


父の武を引き継いだレオンハルトと母の魔術を引き継いだヒルデガルト。それぞれ得意とするところはいずれも侯爵家、辺境伯爵家に必要であり、補い合うものであるが、まだ幼いレオンハルトにはその違いがそのまま姉と自分の差に見えてしまう。


(少し前まで父上に庇護されるだけの存在だった姉上が見事に地竜を討伐したというのに、僕はまだ半人前の騎士見習い。早く成人したい。早く手柄を挙げたい。)

成人の儀を前に、レオンハルトは焦りを募らせるのだった。



今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。


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