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龍宿りし乙女  作者: 村井喜久
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魔物の討伐その2

二対一あるいは三対一で大きな地竜たちと渡り合う騎士団に囲まれるような形になったヒルデガルトは軽く目を瞑り、精神を集中させる。


「『氷の矢』!」

ヒルデガルトの呟きとともに、8本の鋭い矢がそれぞれの地竜の目を狙う。


「「グギャ!」」

8本のうち6本は的を逸れて、地竜たちの目の下や横に当たって、その厚い皮に弾かれてしまったが、2頭の地竜の右目をそれぞれ射抜いた。


(ほう、一度に8本の矢を放てるとはなかなか。)

(あんな短い詠唱で魔法が使えるのか?)

背後から飛んできた氷の矢に、騎士たちは驚きつつも戦力になりそうだと、少しだけヒルデガルトを見直した。


(だが、油断は禁物。これだけしか魔法が使えなければ、大した足しにならぬ。)

そう考えながら、ヒューデは地竜に向かって剣を振るった。


(ヒルダ。ヒルダはまた面白いものと遊んでるわね? 地を這う蜥蜴なんて、私が出れば一瞬で終わるわよ?)

クスクスという笑い声とともにヒルデガルトの耳許で囁くのは白銀の古龍エオストレだ。


(エオストレ、その必要はありません。この討伐はお父様の臣下と私の力比べでもあるのです。キルヒドルフ様がわざわざこの討伐隊を組んでくださった、その計らいを無にするわけにはまいりませんわ。)

(あ~、あ~。あの冷静居士にヒルダも騎士団の猪も乗せられちゃったのね。ま、良いわ。何かあってもヒルダのことは私が守るから思う存分やっちゃいなさい!)

(元よりそのつもりですわ!)

けしかけるエオストレに、ヒルデガルトは意気込んで応える。


「子爵、ぼうっとするな!」

ヒルデガルトがエオストレとの会話に一瞬気を取られたところにヒューデの叱咤が入る。


ヒルデガルトはそれには応えず、再び魔法を放つ。

「『氷の盾』!」その声とともに、転倒した騎士の頭に向かって地竜が振り下ろした鋭い爪を固く凍りついた氷の盾が受け止める。

「た、助かった、のか?」防御が間に合わず、死を覚悟した騎士だったが、目の前に現れた氷の盾に安堵の声を漏らした。


地竜の怪力と鋭い爪をもってしても、その氷の盾にはひび一つ入らず、逆に盾を殴り付けた反動で地竜がよろめいたところへもう一人の騎士が地竜の右脚に大剣を叩き付けた。

大剣は地竜の右脚の太腿部に深々とめり込み、グギャという叫びとともに地竜の脚から真っ赤な血が飛び散る。


「くそ!両断できなかった。」

地竜の脚から大剣を引き抜こうと騎士が力を籠めるが、地竜の体重を支える頑強な筋肉に挟まれて、大剣はびくともしない。

地竜は憎しみと怒りに溢れた目をギロリと騎士に向け、俊敏な動作で騎士の右の二の腕に噛み付くと、その鋭い牙と強靭な顎で鎖帷子に守られた騎士の腕をいとも簡単に喰いちぎった。


「ぐぁっ!お、俺の腕が!」そう呻きながら片腕を失った騎士は残った左腕で傷口を握りしめ、その場に倒れて転がるように地竜から離れようとするが、その隙を見逃すような地竜ではない。転げて逃げる騎士を踏み潰しにかかる。


「シュミット!」ヒューデは振り回される地竜の腕を剣で受け止めながら、地面を転げる騎士に呼び掛けるが、目の前の地竜の攻撃に助けに行くこともままならなかった。


「防いで!」そうヒルデガルトが呟くと、先ほど地竜の攻撃を受け止めた氷の盾が宙を舞い、倒れた騎士に襲い掛かる地竜の足を防ぎ止める。その一瞬の間に、ヒルデガルトは精神を集中させる。

「『氷の柱』!その地竜を突き上げて!」

その声に応えるように地竜の真下から天に向かって伸びた氷の柱が、地竜の巨体を突き転ばせる。


「ごめんなさい、今はこれで凌いでください。『治癒』!」

ヒルデガルトは申し訳なさそうにそれだけ言うとシュミットの腕の傷に向けて金色がかった白い光の塊を飛ばす。

地竜によって無惨に喰いちぎられだ腕がその光に包まれると、血が止まり、痛みも引いたのか、真っ青だったシュミットの顔に少し血色が戻ってきた。


周りではいずれの騎士たちも地竜の攻撃を凌ぐのに精一杯で、太い尾に弾き飛ばされ、鋭い爪に傷を負い、体力と気力を奪われていく。


「まずいな。このままではジリ貧だ。」地竜の攻撃を巧みに躱しながら、ヒューデは独り言ちる。


「ヒューデ団長、少しの間だけ防いでください!」そう告げるとヒルデガルトは目を瞑り、精神を集中させると体の中を巡る魔力を練り、魔法のイメージを創り上げていく。


戦場で自らの内に意識を集中し、無防備に立ち尽くすヒルデガルトに、騎士を撥ね飛ばした地竜が迫る。


「くそ、間に合わないか!」ヒューデが半ば絶望を帯びた声を漏らし、地竜がその鋭い爪でヒルデガルトを切り裂こうとした刹那、地竜は地面から突然突き出した大きな氷の槍に串刺しにされ、絶命した。


(これは、子爵の魔法か? しかし、先ほどの氷の柱とは質が違い過ぎる・・・)

たった今、地竜を一撃で突き殺した氷の槍は、先ほど別の地竜を下から突き転ばせた氷の柱と異なり、一つの気泡さえ含まない、完全に透明な氷だった。

ヒューデがそんな疑問とともに、氷の柱と氷の槍にちらちらと視線を送った時、ヒルデガルトの口から古い言葉が紡ぎ出された。


『天翔る日輪よ!降り注ぐ光を矢となし、敵を貫き給え!』

半ば恍惚にも似た表情を浮かべながら空を仰ぎ、太陽に呼び掛けるヒルデガルトの声に応えるかのように幾条もの光の筋が輝き、地竜の群に降り注ぐ。

その光は地竜の体を貫通し、その部分にぽっかりと穴が穿たれていく。大きな頭や胴体を光に貫かれた地竜たちは叫び声を上げる間も無く絶命し、次々とその場に崩れ落ちるように倒れていった。


「これが子爵閣下の力・・・」

「ノルトキルヒェン城を襲った翼竜もこの魔法で・・・やはり、噂は本当だったのか?」

目の前で繰り広げられた光景に茫然としながら騎士たちは呟き、まだ深く集中したまま立っているヒルデガルトの前に跪く。


どれくらいの時間が立っただろうか。ヒルデガルトがその深い集中を解き、その意識が「こちら」の世界に戻ってきた時、目にしたのは己の前に跪き、頭を垂れる20名の騎士たちだった。


「あ、あの、皆さん?」目の前で跪く騎士たちの姿に戸惑いながら、ヒルデガルトはおずおずと声を掛ける。

「戦いは終わったのですか?地竜の群は?」


「地竜は全て屠りました。」頭を垂れたまま、そう言上するヒューデの声は固い。


「終わったのですね?」周りを見渡し、いくつもの地竜の巨体が横たわるさまを確認し、ヒルデガルトは安堵の声を漏らすと、はっとした表情で地竜たちの死骸の方へと駆け出した。


「閣下、何を?」ヒューデが呆気に取られながら、ヒルデガルトの背中に声を掛けるが、ヒルデガルトはそれが聞こえないのか、死骸の中に転がっていたシュミットの喰いちぎられた腕を拾い上げて、必死な表情で泥を払う。

「戦いの途中できちんとした治療ができず、申し訳ありません。」


「閣下、シュミットは出血も止まり、命に別状はありません。十分治療はできております。」

必死にちぎれた腕を清めているヒルデガルトにヒューデが声を掛ける。


「魔法で皆さんを援護すると申し上げたのに、こんなことになってしまって・・・」そう呟きながら、ヒルデガルトは掌の上に水を創り出し、ちぎれた腕の汚れを洗い清めていく。

そうして、その腕を抱えて、仲間の騎士たちとともに片膝を突き、頭を垂れているシュミットの元に歩み寄った。


「シュミット様、申し訳ありません。私の支援が遅れたばっかりに・・・想像もつかない痛みに耐えられたことと思います。」そう言いながら、シュミットの傷口を水で洗い清める。


「閣下、俺も騎士です。こうなることも覚悟はできています。」シュミットは感情を圧し殺して、声を絞り出した。腕を失うということは、もう騎士ではいられなくなるということだ。まだ若く、これからの活躍が期待されていた若者にとって、それはあまりにも残酷な現実だろう。


「大丈夫です、閣下。もう、十分治療していただきました。」そう言うシュミットの目元にきらりと光るものが滲む。


あまりに必死でその声が聞こえないのか、ヒルデガルトはシュミットに何も応えず、ちぎれた腕に『清浄』の魔法をかけ、次いでシュミットの傷口にも『清浄』の魔法をかけた。


声を掛けるのを躊躇させるような雰囲気をまとった領主の娘をヒューデをはじめとする騎士たちが固唾を飲んで見守る。


ヒルデガルトは、水と魔法で完全に清められたシュミットの二の腕にちぎれた腕を合わせると目を瞑る。

「肉体に宿りし命の輝きよ。血脈を、筋を、肉を、骨を結い繋ぎ給え!」

ちぎれた腕と腕の合わせ目を両の掌で包み込むようにしながら、ヒルデガルトは精神を集中させ、呪文を紡ぐ。

すると、ヒルデガルトの掌から金色がかった白い光が溢れ、シュミットと周りで見ていた騎士たちがその眩さに目を細めた。


「う、腕が、腕が動く!?」シュミットが戸惑ったように呟く。


「閣下、腕が動きます!ありがとうございます!」シュミットが涙声でヒルデガルトに礼を述べる。


「何と言うことだ。ちぎれた四肢を繋ぎ合わせることができるなんて!」これまで、幾多の戦いの中で四肢を失った仲間たちを見てきた騎士たちは、驚きを隠せない。

神官たちの「奇跡」や魔術師たちの「魔法」では傷口を塞ぐことはできても、切り落とされたり、ちぎれた四肢を繋ぎ合わせることはできなかった。

それが当たり前であり、地竜に腕を喰いちぎられたシュミットも片腕を永遠に失うはずだったのに、その腕が再び繋がったのだ。


「良かった、良かったです。腕が動かせて。」繋がって動かせるようになったシュミットの手を両手で握りしめ、ヒルデガルトはようやく安堵の表情を見せた。



今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。


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