レオンハルト
金属を打ち合う音が重く響き渡り、男たちの荒い息づかいの音がそれに混じる。
「そこ!もっと腰を入れて振り下ろせ!」
「真っ直ぐ受け止めないと筋を傷めるぞ!」
「剣が軽い。一撃で仕留める覚悟で来い!」
アルテンシュタットにある騎士団の訓練場では日々、真剣を使った実戦に近い訓練が行われていた。
「若君も一人前の剣筋になりましたな。成人された暁には一廉の騎士として勇名を轟かせることでしょう。」
騎士団の指南役を務めるシュテンダールが、剣を下ろして汗を拭っているレオンハルトに声を掛けた。
「ありがとうございます、シュテンダール師。師はこの第三騎士団の団長を務められた後、騎士団の指南役となられたんですよね?」
「ふむ。若君がお産まれになる前のことをよくご存じですな。お耳汚しな話にございますよ。」
「とんでもない。一介の兵士から武勲を重ねられ、騎士団の団長にまで上り詰められた剣術の冴えは今でも領軍の語り草になっています。」
レオンハルトは憧れにも似た視線でシュテンダールを見上げる。
「いやはや、こそばゆいですな。いささか腕に覚えはありますが、騎士爵を授けられ、騎士団長にまで引き上げてくださった先代様のお計らいがあればこそ。」
「ご謙遜を。魔物討伐や隣国との国境紛争で数多くの武勲を打ち立てられたからこそでしょう?」
「いえいえ。それも運と人に恵まれたことの賜物でございますよ。」
そう言うと、老指南役は表情を改めた。
「若君。私が武勲を上げられたのは、先代様が騎士団長や魔導師団長に人を得られ、幸運にもその下に配属されたことや、優れた先輩、同僚そして部下に恵まれたこと、何よりこれまで生き延びてこられた幸運があったからこそのこと。」
「人と運、ですか?」
「左様。天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず、と申します。私にとっての僥倖は、このアルテンシュタットに生まれ、先代様、御当代様にお仕えできたことにございましょう。」
「天の時、地の利、人の和・・・」
過去の戦場に思いを馳せているのか、遠い目をしながら諭す老指南役を、若い弟子は眩しそうに見上げた。
「さればこそ、若君。どうぞ、お焦り召さるな。天の時を待ち、地の利を知って、臣下に人を得れば、先代様、御当代様に勝るとも劣らぬ名領主となられましょう。」
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「アルテンシュタットの若君様でいらっしゃいますね?」
レオンハルトが騎士団の公休日に隊舎を出て、街中で独り食事を取っていると、上品な身形をした男が声を掛けてきた。
街の者たちはレオンハルトが何者であるか知っており、こうして独りで食事をしている時に声を掛けたりはしない。
レオンハルトは口の中の物をゆっくりと飲み込むと、顔を上げて男の顔に視線を移す。
「普段なかなかお目にかかれないものですから、不躾かとは思いましたが、お声を掛けさせていただきました。」男はそう言って頭を下げる。
レオンハルトは10を数える間ほど男を観察した上で、口を開いた。
「城下の方ではないとお見受けしますが、僕に何の御用でしょうか?」
「これは失礼いたしました。私、ウプサラ王国のステンボック伯爵家に仕えておりますビョルン・トールと申します。先般、アルテンシュタット侯爵閣下と我が主ステンボック伯の御友誼により、このたびの災害への支援をお届けする大任を果たすべく、御領地に参上した次第です。」
「その使者の方が僕に何の御用でしょうか?」
「先にお城に参上しました際、てっきり侯爵家の後継ぎであらせられる若君様にもお目にかかれるものと思っておりましたところ、姉君様と家令殿にしかお目にかかれず、残念に思っておりましたところ、たまたま入りましたこの店に若君様がいらっしゃいましたので、失礼を承知ながらお声を掛けさせていただきました。」
トールは、レオンハルトが来るのを何日も待っていたことをおくびにも出さず、あくまで偶然を装った。
「そうでしたか。普段は騎士団の隊舎にいて、城には戻らないから・・・」
「さすが若君様ともなれば、騎士団を指揮するお立場。大変でございますね。」
にこやかな笑みを浮かべながらトールはレオンハルトを持ち上げる。無論、騎士見習いに過ぎないことを知っての上だ。
「いや、そういう訳では・・・」
まだ成人しておらず、見習いの身とは言いづらく、レオンハルトは口ごもった。
「そういったことは、家令のキルヒドルフに任せているから。」
「左様でございましたか。しかし、支援物資の受け入れをお決めになったのは、キルヒドルフ殿ではなく、ノルトキルヒェン子爵閣下でございましたよ。」
「あ、姉上が?」
家令として父アルテンシュタット侯爵の留守を長年任されていたキルヒドルフでなく、姉のヒルデガルトが外国からの使節の応対を仕切ったと聞き、レオンハルトは思わず聞き返した。
「はい。キルヒドルフ殿が我が主からの支援物資の受け入れを渋っておられたのを押さえて、子爵閣下の一存で受け入れをお決めになられましたよ。」
「姉上が・・・」
「しかし、近い将来、文武合わせて若君様が采配を振るわれるのでしょうなぁ。」
いかにも侯爵家の嗣子を前に畏れ入ったとの体で、トールはレオンハルトを持ち上げつつ、巧みにレオンハルトの姉への対抗心を煽った。
(姉上は子爵に叙され、父上の名代を務めるまでになった。それに引き換え、僕はまだ騎士見習い・・・姉上に『守って差し上げます』と言ってアルテンシュタットに来たのに、知らない間に差が広がるばかり・・・)
レオンハルトの心には、嫉妬とも対抗心とも違う焦燥感が募る。まだ未成年であり、騎士爵も持たない無位無官の身が何とも頼りなかった。
「トール殿、あなたは僕に姉上と対抗するよう仕向けたいのでしょうが、それは無意味です。なるほど僕はまだ子どもです。しかし、いずれこのアルテンシュタットの領主として、トール殿と相対するとなるでしょう。」
早く力を得たい思いはある。しかし、それは領地を守り、家族を守るためのものだ。トールの思惑とは外れ、レオンハルトは何のために力を欲するのか、自らの想いを再確認するのだった。




