王都の動き
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ヒルデガルトの父ヨーゼフ・フォン・アルテンシュタット侯爵が自身の領地に戻り、白銀の古龍エオストレと初めて会っていた頃、王都ゴルトベルクの王太后の許にも白銀の古龍出現の噂が報告されていた。
「ほう。アルテンシュタットに伝説の古龍が姿を現したとな? して、古龍はどのような様子であったか?」
「手の者によれば、火を噴く山から流れ出た熱く溶けた岩を凍らせて、麓の村々の被害を防いだとか。王国を守ってくれたこと、まずは喜ばしきことかと。」
痩せぎすと言っても良いくらいの細身の男がヴィンター王太后の耳許で囁くように報告する。王太后の私室に入り、跪くこともなく、すぐ横に立つことを許された王家の家宰アルトゥール・フォン・デトモルトである。
三白眼の鋭い目付きに特徴的な鉤鼻、見事な白髪をオールバックに撫でつけた家宰の方を振り返る素振りも見せず、王太后は淡々とした口調で応える。
「白銀の古龍は我が王国の守護者。少なくとも正史ではそうなっておる。何が不満か、アルトゥール?」
「いえ、不満ではございませぬ。ただ、数百年もの間、姿どころか影さえ差さなかった白銀の古龍がこのところ頻繁に話題に上がるものだと。」
「くく。確かに。そして、そのいずれもに我が婿のアルテンシュタット侯が絡んでおると。」
冷たい笑みを浮かべながら王太后はちらりとアルトゥールに視線を送った。
「しかし、孫のヒルデガルトが献上してきた古龍の爪と鱗は紛うことなき古龍のもの。王家の至宝に匹敵する品であろう。それを惜しげもなく献上してきた侯爵が王家に楯突いたり、孫のレオンハルトを担ぎ上げるために与太話を吹聴している訳ではあるまい。」
「しかしながら、国王陛下と侯爵の令息は歳も近く、我が王国の守護者たる白銀の古龍との縁をあまり強調されるのはいらぬ火種を・・・」
その時、王太后は手にした扇子をパチリと閉じ、アルトゥールの言葉を遮った。
「申し訳ありません。言葉が過ぎました。」そう頭を下げるアルトゥールに王太后は初めて振り返った。
「レオンハルトは国王陛下の従兄弟。我が孫にして王家に列なる者じゃ。力を着けてもらって、臣籍に下らぬ王叔殿に対抗してもらわねばのう。」
「ご賢慮、畏れ入りました。」アルトゥールは王太后の言葉に深々と頭を下げた。
王叔オイゲンは、王太后の夫であった先々代の国王カール2世の弟ヨアヒムの息子で、現国王カール3世の従叔父に当たる。
カール2世の遺言により、先王フリードリヒ4世の即位に合わせてヨアヒムが「王叔家」を立てることを許され、王家に次ぐ家格を持ち、公爵を上回る待遇を受けるに至っている。
王太后としては、夫カール2世が弟に王叔家を立てさせたことが男子を一人しかもうけられなかった自身への当て付けのように感じ、面白くない。
まだ幼い孫のカール3世にもしものことがあれば、オイゲンとその息子たちの王叔家に王位が移るおそれが大きいため、王太后にとってはオイゲンらに次ぐ王位継承権を持つレオンハルトの存在が大きな意味が持つ。
嫡流であるカール3世を上回る存在になることは国を乱す原因となるため好ましくないが、王叔家の親子の前でも霞まない程度の存在感は必要だ。白銀の古龍による箔付けはそういう意味で有利に働くだろう。
抜け目の無いクリスティーネが手に入れた古龍の素材の全てを王家に献上したとは思えない。おそらく同等の物を息子レオンハルトのために取っているだろう。そうなれば、王家に伝わる槍と盾以外の新たな古龍の武具を持つ者は国王フリードリヒ4世とレオンハルトの2人。どちらも自身にとっては孫である。
その2人がこれまで伝説の中の存在であった古龍の武具を個人として持っていることは、とりもなおさず、自身とその亡夫カール2世の血筋が王国を守護し給う古龍の加護を得ており、王国を統べる正統性を有しているということである。
王太后は満足げに2人の孫の顔を思い浮かべた。
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「今一つ。ノルトキルヒェン子爵はいかがいたしましょうか。」
「いかがするとは?ヒルデガルトが何かしでかしましたか?」
王太后はアルトゥールが孫娘の名前を持ち出してきたことに怪訝な目を向ける。
「被害を受けた村々で粗末な身なりをして下々の者どもに混じって炊き出しなどをしておられるようです。」
「ほぅ。ヒルデガルトが。」
目を細めてアルトゥールの言葉を聞く王太后の表情は薄く笑っているようにも見える。
「仮にも王家の血を引く爵位貴族であるノルトキルヒェン子爵のかかる振る舞い、好ましからざるものかと愚考いたしますが。」
「構わぬ。力ある領主は領民に親しまれた方が好ましい。恐怖で押さえつけるのは無能な領主の次善の策。それにしても、あの子煩悩の婿殿がそのような振る舞いをよくぞ許したものよ。それに筋金入りの箱入り娘が領民に混じって炊き出しの手伝いをできることも驚きよのう?」
「はい。侯爵は令嬢を蝶よ花よと可愛がっておられたとの噂。よもや刃物を握って料理をお作りになるとは存じ上げませんでした。」
「じゃが、そなたが言いたいのはそのようなことではなかろう? ヒルデガルトが妾と同じ光の魔法を使い、多くの怪我人を癒したことであろう?」
「既にお耳に入っておりましたか。」
「地震で崩れ落ちた聖堂の瓦礫の下から救い出された領民を癒したのであろう。つい先年まで魔術の修練さえしていなかった娘が立て続けに50名もの重傷者を救うだけの力を持っていたのには驚かされた。婿殿はあの子を無能な者と装うことで政略から遠ざけたかったのであろうが、当の娘からそれを覆されるとは、愉快なこと。」
そう言いながら王太后は扇で口許を隠し、ふふっと笑った。
「王家の、いや妾の血を侮ってもらっては困る。二代や三代で失われるものか! しかし、驚くべきはヒルデガルトの力の強さ。妾やクリスティーネでは立て続けに癒せるのはせいぜい20人。その倍以上の重傷者を癒す力があるとは。」
「そのこともあり、アルテンシュタットには聖女がいる、との噂も出ているようです。災害の際によく見られる流言蜚語の類として消え去れば良いのですが。」
「ふむ。聖堂の神官どもと結び付くと厄介じゃな。婿殿は大神官の誘いを一度断っておるが、聖女との噂が拡がれば聖堂がしつこく動くやも知れん。」
そう言うと王太后は右手に持った扇で左の掌をぽんぽんと軽く叩いた。
「そもそも神に選ばれた聖女など存在せぬ。聖女はただその行いによってのみ、人々が敬い、崇める存在に高められる。聖堂が認めなければ聖女になれぬのではない。我が大切な孫を神官どもの勢力維持のために利用されるわけにはいかぬ。」
「御意にございます。大神官殿の兄マールブルク子爵にそれとなく釘を刺しておきましょう。」
そう言って頭を下げたアルトゥールに対し、王太后は諾とも否とも言わず、静かに目を閉じた。
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