告白
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「ヒルデガルト、我が愛しい娘よ。」そう呼び掛けて、ヨーゼフはヒルデガルトの瞳をまっすぐに見つめる。
「・・・聞きたいことがある。」
一拍の呼吸を置いて、ヨーゼフは切り出した。
「白銀の古龍の素材、あれは北の霊峰で手に入れたのか? そもそも、あれらの素材は本当に白銀の、伝説の古龍の物なのか?」
遥か昔から王家に伝わる白銀の古龍アデルハイトの爪や鱗を用いた至宝とも言える武具、それに匹敵する素材を王家に献上し、さらに弟であるレオンハルトに授けたとなると、それほどの物をどこで手に入れたのか。
アルテンシュタットとリンツ、2つの広大な領地を有し、侯爵となったヨーゼフでさえ、これまで古龍の素材には縁が無く、あれは王家の物だと諦めるしかなかった。
武に生きる者として最高の武器を手に戦場を駆け巡る。その本懐とも言える武具となる素材が、今、娘と息子の手にあるのだ。平静たらんとしても、やはり声が少し震える。
「お父様。王家に献上し、レオンハルトに与えた素材はいずれも白銀のアデルハイトの物になります。」
「アデルハイト・・・」
愛娘の口から出た単語を繰り返すヨーゼフ。
「遥か昔、シュタイン王家に龍爪の槍と龍鱗の盾を授けて以来、誰も姿を見たことがない伝説の存在・・・」
王国建国の歴史に残る古龍の逸話を呟くが、実はつくられた話であることをヨーゼフは知らない。
白銀のアデルハイトの生まれ変わりであるエオストレによれば、シュタイン王家に伝わる至宝の武具は、元々、王国の始まりよりもさらに古く、千年の昔に魔王を封印した七聖人たちに与えた物である。
シュタイン王家の祖レオポルトは迷宮で偶然手に入れた伝説の武具を、古龍から授けられた物とすることで自らを七聖人に匹敵する存在としようとしたのである。
無論、入手した経緯がどうあれ、古龍の素材の価値が変わるわけではない。それは今なおこの国で侯爵領に値することをヒルデガルトの献上品が証明した。
それを凌駕する物が我が子らの手許にあることに、ヨーゼフは畏れにも似た想いを抱いていた。
「ヒルデガルト、お前の持つ古龍の素材が伝説のアデルハイトの物であるとなぜ分かるのか? まさか北の霊峰でアデルハイトに出会ったのか?」
「お父様。私が持ち帰った古龍の素材は、アデルハイトの遺骸の一部ですわ。」
「遺骸・・アデルハイトが、伝説の古龍が死んだと言うのか!」
ヒルデガルトの言葉にヨーゼフは衝撃を受ける。数千年の寿命を持つ古龍が死んだ。それは白銀の古龍が建国の父に武具を授けたと信じる王国の民としては受け入れがたい事実であった。
「信じられん。いくらヒルデガルト、お前が言うこととはいえ、白銀のアデルハイトが死んだとは・・・」
「お父様・・・」
常に沈着冷静な父が図らずも見せた動揺に、ヒルデガルトは改めてこの国における白銀の古龍の存在の大きさを思い知らされる。
「それで、アデルハイトの遺骸はどのような様子だったのだ?」
「一目ではその姿が分からないくらい大きく、伝説に違わず美しくありました。」
「そうか・・・そんなにも大きく、美しかったか。」
「はい。」
「霊峰シュピッツェに登れば、骸とはいえ、アデルハイトに会えるのだろうか?」
「お父様、残念ながらアデルハイトの遺骸は既に朽ち果ててしまいました。」
たとえ骸であっても一目で良いから伝説の古龍を見たいというヨーゼフの願いはあっさりと潰え、その目に失望の色が浮かぶ。
何百年も前に古龍から授けられた武具だけでなく、ごく最近になって鱗や爪さらには皮革まで手に入ったとなれば、もしかしたら白銀の古龍が目の前に現れるのではないか。そんな期待もあったのだ。
あまりに落胆する父を見て、ヒルデガルトは心が痛む。伝説の中の古龍アデルハイトは朽ち果ててしまったが、その力を引き継ぐエオストレが自身のすぐそばにいる。そのことを告げるべきかどうか、ヒルデガルトは迷う。
しかし、伝説の中の存在である古龍がごく身近にいる、そんな荒唐無稽な話を信じてもらえるだろうか?
ヒルデガルトの頭の中で思案がぐるぐると巡る。
「山が火を噴いた夜、溶けた岩の流れの前に立ちはだかった白銀の龍はアデルハイトとは別の古龍なのか?それとも白い飛竜か何かだったのか・・・」
半ば自問するように発せられたヨーゼフのその言葉に、ヒルデガルトは反射的に応えていた。
「それは、エオストレ。アデルハイトを継ぐ者。新たな白銀の古龍。」
「ヒルデガルト、お前、一体・・・?」
驚きに見開かれた父の視線に、ヒルデガルトは我に返り、改めてヨーゼフに向き合うと、一つ深く息をした。
「お父様、山が噴火した夜、溶岩の前に立ちはだかり、村人を救ったのは白銀のアデルハイトの生まれ変わりであるエオストレですわ。」
「生まれ変わり・・・白銀のアデルハイトの? 白銀の古龍が我が領地に・・・」
噛み締めるようにヨーゼフが呟く。
「はい。白銀の古龍アデルハイトがその永き寿命を終え、エオストレが生を受け、その後を継いだのです。」
「だとしてもだ。なぜ、ヒルデガルト、お前がそのようなことを・・・」
愛娘の言葉をすぐには受け入れられず、ヨーゼフが問い返そうとした時、床に落ちたヒルデガルトの影から白銀の古龍が首をもたげた。
「それは、ヒルダが私の名付け親であり、義理の姉だからよ。」
ヒルデガルトの影の中から首だけを出したエオストレがはっきりと人間の言葉で告げながら、甘えるようにヒルデガルトの体にその長い首をまとわりつかせて、肩の辺りに頭を寄せた。
「は、白銀の古龍!」突然の出来事に一瞬たじろいだヨーゼフだが、すぐに落ち着きを取り戻し、目の前の古龍と愛娘を見据えた。
「エオストレ、あまり人を驚かせてはなりませんわ。」
ヒルデガルトが古龍の鼻の上を撫でながら、たしなめる姿は夢か幻のように信じ難い光景だ。
「そうね。ヒルダのお父さんは私にとっても義理の父親ですもんね?」軽い調子でそう言いながら、ちょろっと舌を出す白銀の古龍を、ヨーゼフは言葉も無くただ見つめるしかなかった。
**********
「白銀の古龍様、古龍様はいかにして我が娘ヒルデガルトと義姉妹となられたのですか?」
恭しく尋ねるヨーゼフにエオストレは嘆息した。
(やっぱり親子ね。というか、この国の人間はみんな古龍に対してこんな感じなのかしら?)
「さっきも言ったけど、私の義理の姉であるヒルデガルトのお父さんは私にとっても義理の父親なんだから、そんな風にかしこまらなくても良いから。」
「そう仰せられても、白銀の古龍様は我が王国を守り給う尊き存在。」
「いやいや、誰も守ってないから。」
「しかし、シュタイン王家は白銀の龍槍と銀鱗の楯の加護の下、国を築き上げてきましたゆえ。」
「それはそうだけど、アデルハイトも私も積極的に何か手伝ったわけじゃなし。」
「いえ、何も手ずからお守りいただこうなどとは畏れ多いこと。神は尊ぶべし、頼むべからずと申します。ただそこにおわしますだけで我らは鼓舞され、力を得るのです。」
古龍の加護を否定するエオストレだったが、ヨーゼフがそこに食い下がり、エオストレを辟易とさせる。
「ああ、もう。シュタイン王国はアデルハイトの爪だの鱗だのを後生大事に抱えてきたかもしれないけど、それはアデルハイトであって、私エオストレには関係ない! あなたもヒルダの友達にそんな言葉遣いはしないでしょう?」
少しいらつき気味に左右に頭を振るエオストレを見かねてヒルデガルトが父に声を掛ける。
「お父様。私もかつて白銀の古龍様に気安く話しかけるのは畏れ多いと思ったこともありました。しかしエオストレはそのように奉られるのはお嫌いなのですわ。古龍とはいえ私と姉妹の契りを結んだ身。私に対するのと同じように接して上げてくださいませ。」
「う、うむ。しかし本当に良いのか?」
伝説の古龍にそのように気安く接することに困惑するヨーゼフにエオストレが軽く応える。
「良いの良いの。変に崇め奉られると背筋がムズムズするわ。ヒルダ、あなたも『様』はいらないから。」
「そうでしたわね、エオストレ。」
そう言いながら白銀の古龍に微笑みかけるヒルデガルトを、ヨーゼフは何とも言えない表情で見ていた。
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