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龍宿りし乙女  作者: 村井喜久
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復興

大地震と火山の噴火から二十日あまり。大きな被害を受けたアルテンシュタット領の北部地域も復旧から復興へと移り変わりつつあった。


「何か不自由していることや、不足している物はありませんか?」

ノルトキルヒェン城の近隣の村を訪れたヒルデガルトは、初夏の爽やかな風に白金の長い髪をたなびかせながら、崩れた家を建て直したり瓦礫の撤去作業を行っている村人たちの要望を聞いて回るとともに、作業中に怪我をしたり、慣れない避難生活で病を得た村人の治療などを行っていた。


周辺の村々は、あくまでアルテンシュタット辺境伯爵領であってノルトキルヒェン子爵の領地ではない。ヒルデガルトの立場は爵位と城を持った代官といって良い。


「あのお嬢さんは領都から来なさったのか?」

「何でも領主様の娘御らしい。」

ヒルデガルトを遠巻きに見ている村人たちがひそひそと囁き合う。


「手ずから炊き出しをしていたらしいぞ。」

「へえ、貴族のお嬢様が炊き出しを?」

「道楽だか人気取りかもしれねえが、まあ、ありがたいこった。」


**********


「ヒルデガルト様、お一人であまり出歩かれては・・・」

護衛のフィーネが心配げにヒルデガルトに声を掛ける。

災害で領民の不安と不満が高まっており、復興に向けた瓦礫の撤去などで城の守備隊も出払っていることから決して治安が万全とは言えず、何より北の山脈からいつ魔物や狼などの獣が降りてくるかも知れないのだ。

フィーネ自身、自分の身を守るだけならよほどの魔物が出てこない限り遅れを取るつもりはないが、さすがにヒルデガルトを守りながら戦うのは分が悪いと考えているのだ。


「ありがとうございます。フィーネさんのご心配も分かりますけれど、このような時だからこそ、領民に寄り添い、私にできることをしたいのです。侯爵閣下であれば多くの兵を動かし、官吏を動かして復興を推し進めることもできましょう。されど、非力な私ではこうして領民の声を聞き、多少は操れる魔法で怪我や病気を治すことしかできないのですから。」

「しかし、ヒルデガルト様。ヒルデガルト様は侯爵閣下のご令嬢であり、ご自身も子爵であられます。このようなことは、我々のような配下にお任せくだされば。あまり親しく下々の者たちと交わるのはいかがかと存じます。」

「まぁ、フィーネさんがそのようなことをおっしゃるなんて。」

ヒルデガルトは平民出身のフィーネが領民を「下々の者」と言ったことに少し悲しげな表情を見せた。


「古い戒めで『君は舟、民は水』という言葉を聞いたことがあります。舟は水が無ければ浮かぶことはできませんし、進むこともできません。そして、水は舟を転覆させ、沈めることもできます。私は父、いえ侯爵閣下に、領民を安んずるために命を懸けよと言われて育ちました。まさに今がその時だと思っています。」


ずっと年下の少女の諭すような言葉にフィーネははっとする。

「申し訳ありません。失言でした。」そう頭を垂れ許し乞う。


「分かってくださって、嬉しいですわ。では、続けましょう。」嬉しそうに微笑むとヒルデガルトは次の患者の治療に当たるべく、村の中を歩いていった。


**********


その頃、領都では白銀の龍の噂で持ちきりになっていた。山が火を噴いたために逃げ出してきたのだと言う者もいれば、流れてきた燃える岩を凍らせて止めたのが白銀の龍だと言う者もいるが、何の痕跡も残っていないことから、災害の混乱の中で飛び交った流言蜚語の類ではないかとの説も有力だった。


「それでは、引き続き情報収集に努めてくれ。」

前に居並ぶ騎士団長たちにそう命じて解散させた後、ヨーゼフは背もたれに身を預けたまま想いにふけった。

(白銀の龍か。よくよく縁があると見える。ヒルデガルトの夢枕に立って旅へと誘い、その後は王宮に捕らわれた我が身を古龍の素材で救われた上に陞爵、ヒルデガルトも叙爵され、今度は我が領地に白銀の龍が現れたとの噂・・・)


「父上・・・」

物思いに沈むヨーゼフにためらいがちに声を掛けてきたのは、息子で騎士見習いのレオンハルトだ。


「ご思案中に失礼します。先ほどお話のあった白銀の龍ですが・・・」

「ああ、レオンハルトか。どうした?」

「実は・・・姉上がアルテンシュタットにお出でになった際、古龍の爪と革を頂きました。今回の白銀の龍の話と何か関係があるのでしょうか?」

そう言って白絹の布に包まれた古龍の爪と革を会議卓の上に置いた。


「何?ヒルデガルトが?」

「はい。私が引き継ぐはずだった城の一つを賜ってしまったお詫びだと言われて。」


「それにしても古龍の爪と革とは。本物であれば・・・いや、王家に献上した物から考えれば本物なのだろうが、それにしても古龍の革とは王家をも超える・・・」

目の前に置かれた白銀の古龍の爪と革を手に取ったヨーゼフは絶句した。


(鍵はやはりヒルデガルトか。霊峰シュピッツェで一体何があったのか。)


「姉上は、私が騎士に叙される際に槍と鎧を作って欲しいと。しかし、これほどの物は王家に献上した方がよろしいでしょうか?」

「いや。王家には先日、古龍の爪と鱗を献上している。それよりもレオンハルト、お前も王位継承権を持つ身。これほどの物を譲られたからには、それに相応しい男になることを心掛けよ。」

「はい、父上。名誉に懸けて。」


**********


「ノルトキルヒェン子爵、息災そうで何よりだ。地震と火山で被災した村々の復旧にも力を尽くしてくれて改めて礼を言う。」

「侯爵閣下のお言葉、ありがたく存じます。元より微力ではありますが、全力を尽くす所存です。」

復旧状況の視察の名目で北部地域を訪れたヨーゼフを前に、ヒルデガルトは深々と膝を折り、頭を垂れて礼を執る。


「うむ。私も早くこちらに来たかったのだが、支援の準備が調わず遅れてしまった。その間、レオンハルトや城の守備隊とも連携して、被害を抑えたと聞いている。そなたに子爵位をお与えになられた王太后陛下もお喜びになられよう。」


家臣たちを前に、堅苦しい会話を続けるのが苦痛になってきたのか、ヨーゼフは軽く片手を上げて、左右に控える守備隊長をはじめとする臣下の者を下がらせた。



今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。


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