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龍宿りし乙女  作者: 村井喜久
102/125

災害の後 その2

被災状況の描写がありますので、ご注意ください。

 高らかに蹄の音を響かせて、一頭の軍馬がメーメル村に飛び込んできた。両脇に瓦礫が積み上げられた大通りの中を走り抜け、かつて広場だった場所で馬を止め、ヒルデガルトが怪我人はどこにいるのかと大声で尋ねる。


「子爵閣下、よくぞ・・・」

 馬上のヒルデガルトに駆け寄り、声を掛けたロルフだったが、ヒルデガルトの姿を見て絶句した。

 黒いはずの侍女の衣装は火山灰と埃にまみれてぱさついた灰色になり、纏めていたであろう長い髪も風でほつれてぐしゃぐしゃだ。しかも、踵まであるスカートが縦に大きく裂けて、馬上からすらりとした白い脚が露になっている。貴族の女性としてあまりにみすぼらしく、しかもあられもない。


「ロルフ隊長、聖堂の瓦礫の下から大勢の怪我人が救助されたと伺いました。早く案内してくださいませ。」

「しかし、子爵閣下、そのようなお姿では・・・」

「格好?今はそのようなことを気にしている時ではありません。人々の命の灯火が刻一刻と消えていっているのですよ。」


華奢な体のどこにそんな力があるのかと不思議に思えるくらいのヒルデガルトの気迫に押され、ロルフはこちらに、と言いながら馬上のヒルデガルトに手を差し伸べて下馬するのを手伝い、怪我人が寝かされている村の石造りの倉庫へと案内した。


病棟代わりとなっている倉庫の中に入ろうとしたヒルデガルトの前にそう歳の変わらなさそうな少女が立ちはだかった。手に持ったお盆の上には霊薬が入っていたと思われる小瓶が並んでいるところから、薬師かその見習いだろうか。

「困ります!ここは怪我人が大勢いるんです。そのような汚い格好で入らないでください!」

少女が大きな声で制止したので、倉庫の中で治療に当たっていた者たちも何事かと視線を向ける。


「なっ!こちらは子爵・・・」

そう言って自身とと少女の間に割って入ろうとしたロルフを、ヒルデガルトは片腕を挙げて止めながら口を開いた。

「申し訳ありません。慌てるあまり、このような姿で失礼しました。」


そう言って頭を下げた後、ヒルデガルトは軽く目を瞑り、精神を集中させると小さく『清浄』と呟いた。その途端、体が淡い光に包まれ、身に付いた埃や泥が消えていく。


「ま、魔法!」ヒルデガルトの前に立ちはだかった少女は一瞬で発動した魔法に目を丸くした。これまで目にしたことがある魔法は、みんな長々と呪文を唱えて、やっと発現するものであり、こんな風に一瞬でどうにかなるものではなかった。


所々ほつれている髪をほどき、ヒルデガルトが軽く頭を振ると、長く滑らかな絹糸のような白金色の髪がふわりと拡がり、クセもなく背中の辺りまで垂れた。

その髪を流れるような動作で首の辺りで掴み、髪の束をくるくるとねじりながら細い棒をかんざし代わりに差して纏めあげる。


「これでよろしくって?早く怪我をされた方たちの所へ案内してくださいませ。」

「は、はい!こちらです。」

ヒルデガルトの変貌ぶりを呆気に取られながら見つめていた少女は弾かれたように返事をして、倉庫の中へと案内した。


「聖堂の瓦礫の下から救出された人たちは、怪我そのものよりも長く閉じ込められたことによる衰弱の方が著しいです。」

ヒルデガルトの前を歩きながら早口で少女が説明する。

倉庫の中には、呼吸も浅く、土気色の顔をした患者が並んで寝かされている。


「こんなになるまで・・・よく頑張りましたね・・・」そう呟きながらヒルデガルトは患者の一人の枕許に両膝を突いて、その胸元にそっと両手を添える。

何日もの間、飲まず食わずで狭い瓦礫の下に閉じ込められていた恐怖と過酷さに身震いするとともに、奇跡的に助かった命を繋ぎ止めるべく、ヒルデガルトは祈る。

(せっかく助かった命をここで絶やす訳にはまいりませんわ。この方の命の灯火が再び力強く燃え上がりますように。)


じっと目を瞑り、精神を集中させるヒルデガルトとその前に横たわる患者の体が金色の光の粒が混じった白銀色の光に包まれると、土気色のだった患者の顔色に血色が戻り、ゆったりと落ち着いた呼吸へと変わっていく。


「おお、霊薬でも回復しなかった患者が!」周りで固唾を飲んで見守っていた薬師たちの一人が感嘆の呟きを漏らした。


その後、同じように50人の患者を回復させたヒルデガルトだったが、その表情は暗い。

「この村でも多くの人々が亡くなり、家や畑を失いました・・・」

「大自然の脅威の前にすると我々はあまりにもちっぽけな存在です。溶けた岩が周りの村にまで到達していれば、被害はさらに大きかったでしょう。今はそうならなかったことで良しとすべきかと存じます。」

悔しげなヒルデガルトの呟きに、ロルフは言葉を返すと、ヒルデガルトはゆっくりと顔を上げた。


「もし村々が溶岩に呑み込まれていたらと思えば、今の状況を良しとする為政者もいるのでしょう。しかし、失われた命はその家族の人たちにとってかけがえの無いもの。その嘆きや悲しみから目を背けたくはありません・・・」


**********


アルテンシュタット侯ヨーゼフが王都からその所領に帰還したのは、大地震の発生から10日あまりが過ぎた頃だった。


「被害状況を報告せよ。」

領都の居城にある会議室に家令のフリッツ・フォン・キルヒドルフ、4名の騎士団長と1名の魔導師団長、後継者たるレオンハルト、そして北方のノルトキルヒェン城主たるヒルデガルトを集め、ヨーゼフが口を開いた。


「はっ!地震で倒壊した建物などによる死者が68名、怪我人が約600名に及び、約1千名の領民が屋外での避難生活を強いられております。倒壊した家屋は約300棟、ここには聖堂なども含まれます。火の山から飛んできた砂に埋もれた畑が1万2千モルゲン(約120平方キロメートル)、村々や街道にも砂が積もっており、これを取り除くのにもかなりの労力を割かねばならないと考えられます。また、溶けた岩が流れたことによる山林の被害も深刻です。約600モルゲン(6平方キロメートル)が焼け、そのうち100モルゲンが岩に覆われております。」

「なんと、たった一夜でそこまでの被害が出たのか。」

第一騎士団長のカール・フォン・ヒューデが代表して現在把握できている状況を報告すると、ヨーゼフは声にごくわずかだが低くなる。

剛胆をもって鳴るヨーゼフをしてもこれほどの被害が出たことに動揺を禁じ得なかった。


「それで救援活動はどうなっている?」

「3個の歩兵団を派遣し、ノルトキルヒェン城の守備隊とともに怪我人の救出を行わせ、現在は引き続き瓦礫の撤去を行わせております。また、薬師と神官を派遣して怪我人の手当てに当たらせております。」

「よし、引き続き歩兵団に救援活動を行わせよ。また、第3騎士団と第7、第8歩兵団を西の国境付近に配置し、混乱に乗じてウプサラ王国が要らぬ気を起こさぬよう防備を固めよ。被災地では食料などは足りているのか?」

「ノルトキルヒェン城の備蓄を含め、各村の倉庫から食料や天幕などを供与しており、現在のところ不足は出ておりませんが、あと10日もすれば不足する物が出てくると思われます。」

「ふむ。物資が不足する前に領都の備蓄の3分の1を供与せよ。いずれ新たな領地となったリンツからも支援物資を運ばせる。」



被災状況の報告と善後策の指示が終わると、家令のキルヒドルフ、ヒューデ団長ら騎士団長と魔導師団長は退出し、部屋にはヨーゼフとヒルデガルト、レオンハルトの3名だけになった。


「お父様、被害を抑えることができず、申し訳ございません。」

ヒルデガルトが膝を折り、頭を深く下げて父の言葉を待つ。


「想像以上に大きな被害だったが、ノルトキルヒェン城の備蓄の供与など適切に対応できている。慣れない中、最善を尽くしたのだから謝る必要は無い。」

「しかし、お父様、地震の後3日もの間、領都で寝込んでおりました。被災地の城主でありながら任地を離れ、無為に時間を浪費し、領民の救出や治療を行えなかった怠慢、どのようなお咎めも覚悟しております。」

頭を下げたまま動かないヒルデガルトにヨーゼフは厳しい目を向ける。


「その話は聞いている。流れてくる溶けた岩のすぐそばで気を失っていたと。危ないことをしてはならぬといつも言っているだろう。」

目に入れても痛くないくらい溺愛している娘が危うく溶岩に呑み込まれかけたとの報せを領地に戻る道中で受けた時、思わず手にしていた乗馬鞭をへし折り、地面に叩きつけるほど感情を昂らせたことを思い出しながら、ヨーゼフは固い声でヒルデガルトを諭す。


「奇跡的にお前の所まで届かずに、寸前で止まったから良かったものの・・・まさか、お前が止めたのか?」

説教めいた言葉を口にしかけたところで、ヨーゼフはふと呟いた。


「姉上は、目覚められた時に『大地の獣』が現れたとおっしゃいました。」

「そう、なのか?大地の上位精霊が姿を現したのか?」

「はい。精霊様は彼の地の精霊の力の調和が乱れているとおっしゃられました。私は調和を取り戻そうと大地に魔力を注ぎましたが、力尽き、気が付いた時にはこのお城の寝室におりました。」

「何と!」


頭を下げたまま淡々と説明するヒルデガルトに、ヨーゼフは言葉を詰まらせながら、片膝を突き、ヒルデガルトを立ち上がらせると、力一杯抱き締めた。


「よく無事で・・・人智を超えた存在である上位精霊を前にして、よく帰ってきてくれた。」

そう言うヨーゼフの目には涙が光っていた。



今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。

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