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龍宿りし乙女  作者: 村井喜久
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災害の後 その1

災害の描写があるのでご注意ください。

アルテンシュタットの北部を守るメルツィヒ砦改めノルトキルヒェン城とその周辺の村々は、火山の噴火とそれに伴う地震によって大きな被害を受けていた。

城壁は所々石が落ちて裏込めの礫までもがこぼれ落ち、四方にそびえる塔のうち西側の塔は途中から無惨に崩れてしまっていた。周辺の村々では倒壊した建物も多く、下敷きになって亡くなった者や大怪我を負った者も多数いた。

治療院に収容しきれない怪我人は野外に敷いた布の上に寝かされ、いつ来るとも知れない治療の順番を待っており、辺りには血と膿の臭いが垂れ込めている。


「う、い、痛えよう・・・」

「あ、足が、足が・・・」

「坊や、坊や、目を開けて・・・」


瓦礫に足を潰された者や頭に巻いた包帯に血を滲ませている者の呻き声、怪我をした我が子に必死に呼び掛ける声、そんな悲痛な声とムッとするような血の臭いの中を、領都や近隣の町から救援に来た医者や薬師たちが駆け回っている。

そんな中に混じって、大きな家の召使いのような濃紺の長いスカートの上に白いエプロンを着け、長い白金の髪が邪魔にならないように後ろでまとめた少女も怪我人の手当てに当たっていた。


「大丈夫ですか?これから傷口を洗いますね。」呻き声を上げながら横たわる男の脚から血と泥で汚れた包帯を外しながら少女は優しく励ますように声を掛ける。太腿の傷口を桶の水で丁寧に洗っていると、男は悔しそうに呟いた。

「情けねえなあ。倒れてきた壁に挟まれるなんて。なあ、嬢ちゃん、俺っちはもう歩けねえのかなあ。」

「大丈夫です。きっと元のように歩けるようになりますわ。」

そんな少女の言葉は男にとっては気休めにもならない。大きな衝撃で折れた骨が外に飛び出して見えている、いわゆる開放骨折であり、状態はかなり悪い。


「だったら良いんだがなあ・・・」半ば諦めたような、泣きそうな笑みを浮かべながら、男は続けた。

「せめてもの救いは、家の下敷きになった小僧を助け出せたことか。それで自分が怪我してりゃ世話はねえわな。」

喋っていないと痛みと不安で気がおかしくなりそうで男は少女に向かって言葉をつなぐ。


「それは・・・男の子もそのご両親もきっと感謝されていますわ。」傷口を洗い終わった少女は顔を上げて、そう言いながら男の顔をまっすぐに見つめる。


「ありがとよ、嬢ちゃん。こんなにきれいにしてくれて。あんたみたいな若い娘さんにはこんな怪我の手当てはきついだろう?俺っちのことはもう良いから、他の奴を手当てしてやりな。」

美しい少女の視線に、男は照れたように顔を背けた。


「まだ終わっていませんわ。」少女が傷口に手を当てて精神を集中させる。

「『清浄』『治癒』」

少女の呟きとともに、少女の手と男の脚が金色がかった白い光に包まれると、そこには飛び出した骨も無く、傷の痕さえ無い、逞しい男の太腿があった。


「じ、嬢ちゃん?」痛みもなくなり、傷痕さえ消えた自身の脚を見て、男が戸惑いの声を上げる。

「血が失われていて、まだまだ調子は良くないと思いますので安静になさってくださいね。」

そう微笑むと、少女は何事も無かったかのように立ち上がり、次の患者へと向かった。


「お、おい、寄進は?治療のお代は?」

聖堂で神官から「奇跡」と呼ばれる治療を受ければ法外な寄進を求められ、それでも完治しなかったかもしれない大怪我を跡形もなく治してくれた少女の背中に、男が声を掛けると、少女は振り返り、にっこりと微笑んでそのまま行ってしまった。



地震と噴火の救助作業が落ち着いてきた頃、ノルトキルヒェン城とその周辺の村々で奇妙な噂が流れていた。

曰く、とても助からないような大怪我を跡形もなく治すという奇跡を見た。

曰く、どこかの召使いのような身なりの少女が村々を廻って奇跡を起こしたらしい。

曰く、天から聖女が舞い降りたらしい。

 大きな混乱の中でよく見られる流言飛語の類かもしれないが、そうした噂があったことで聖女の降臨と奇跡を待ち望んだからこそ、被災した領民たちが秩序だった行動を取れたのかもしれなかった。


**********


「子爵閣下。メルツィヒ、いえノルトキルヒェンの城はまだ増改築が済んでおりませんし、此度の地震で被害も出ております。無理にこちらに滞在されず、アルテンシュタットの本城にお戻りになられてはいかがでしょうか?」

周辺の村々での救助活動を指示して廻っているノルトキルヒェン城の守備隊長ロルフは、主のヒルデガルトが村々の主婦たちに混じって炊き出しの手伝いをしているのを見つけて苦言を呈した。被災して、瓦礫も多く危ない上に、治安も少し悪化しており、うら若い城主が無防備に炊き出しに出向いているのが心配で仕方がない。


「領民あっての領主です。侯爵閣下が王都にいらっしゃる以上、ノルトキルヒェンの城主である私が代わって領民たちに手を差し伸べるのは当然のことですわ。」

「しかし、体調を崩され、領都で休養されていたのに無理を押してこちらに来られていると伺いました。お体に障りがあっては、私は侯爵閣下に何とお詫びすれば良いか。現場のことは我らにお任せいただき、ぜひ本城で報告をお待ちください。」

「ご心配には及びませんわ。お屋敷でしっかり寝たので、こんなに元気。」

そう言ってにっこりと微笑みながら細い腕を曲げて力こぶをつくる真似をするヒルデガルトにロルフは心の中で溜め息をついた。

(やれやれ。城主になって張り切っておられるのは分かるが・・・噂ではおしとやかな深窓の令嬢と聞いていたが、存外に活発というか向こう見ずというか・・・)


「それにあまり凝った物は作れませんが、お料理もできますのよ。先生と二人で北の霊峰を旅した時に教えていただきましたの。・・・皆が大変な時だからこそ、私もできることをしたいのです。」

 上級貴族の令嬢であるヒルデガルトが料理を作れるということも驚きだが、まっすぐな想いを秘めたヒルデガルトの視線にロルフもそれ以上反対することを諦め、ヒルデガルト付きの武官であるフィーネにしっかりと護衛するよう命じて引き下がった。


**********


「ヒルダちゃんや、さっきの騎士様は何だって?」

 一緒に炊き出しをしているノルトキルヒェン城近郊の村の主婦

バルバラが不安そうにヒルデガルトに声を掛けてきた。アルテンシュタットの騎士団は規律正しいとはいえ、大きな災害に直面して気が立っているかもしれない。何か無礼があって呼び出されたのではないか?


「大丈夫ですわ。親切な方で、足りない物、欲しい物があったらノルトキルヒェンのお城に申し出るようにですって。」


「そうだったのかい。あたしゃ、てっきり何か騎士様のご機嫌を損ねるようなことをしちまったのかと心配したよ。お城からは地震の日の夜から食料や薬を分けてもらえたし、ありがたいことだねえ。」

 バルバラが目を細めて、城の方角に目をやったのを見て、ヒルデガルトは即座に物資の供出を決めたことは間違っていなかったと心の中で安堵した。


「それにしても、何でこんな目に遭うんだろうねえ?まさか地震で家が潰れるなんて・・・」

壊れた家の瓦礫を組み合わせて何とか雨露だけは凌げる掘立小屋に寝泊まりしているバルバラは大きく溜め息をついた。

「うちの村はまだ火の山の砂が降ってこなかっただけマシだけど・・・ねぇ?」

「山が火を噴くのはアルテンシュタットの歴史の中でも初めてのことだそうです。大勢の方が亡くなられましたし、助かった方たちも家を失ったり、畑が砂に埋もれたりして・・・でも、きっとおと、侯爵様が手を差し伸べてくださいますわ。」

「そう願いたいよ。それにしてもヒルダちゃんはいやに言葉が丁寧だねえ。ここには偉い人もいないし、もっと気楽にしておくれ。」

「ええ、そうさせていただきますわ。」

「ほらほら。きっと育ちが良いんだねえ。」


**********


陽がかなり傾き、後半刻ほどで日没になろうという時、夕食の炊き出しの準備をしていたヒルデガルトたちの許に、慌てた様子の兵士が蹄の音も高らかに馬を走らせてきた。

「ノルトキルヒェン城の守備隊長ロルフ様からの命令だ。そこな娘、私と一緒に来てもらおう。」


「何だい、藪から棒に。日も暮れるような時間から若い娘さん一人を連れ出してどうするつもりだい?」バルバラが兵士とヒルデガルトの間に立ち塞がり、威嚇するようにお玉を振り回した。


「何だ、女、邪魔立てするつもりか?」

お玉とはいえ、自身に向けて得物を振り回しされた兵士は語気を荒げながら、攻撃に備えて馬の体勢を立て直した。平時であればここまでの反応は無かったかもしれないが、災害のために治安が悪化していることもあり、無理からぬことだろう。


バルバラと兵士の間に険悪な空気が漂う中、ヒルデガルト付きの武官であるフィーネがバルバラの右肩に手を置いて後ろに引き下がらせながら、馬上の兵士に鋭い視線を向けた。


「ニック、控えなさい。ロルフ隊長はこちらの女性を『丁重にお連れせよ』と命じませんでしたか?」

鋭い視線と厳しい口調のフィーネに、ニックと呼ばれた若い兵士は馬上でまっすぐに姿勢を正した。

「これはフィーネ殿、なぜこちらに?」


フィーネはその問いには応えず、下ろされたニックの左手首を掴み、そのまま左腕を巻き込むように絡め取りながら馬上から引き摺り落とす。

「なっ!」突然のことに、ニックは受け身も取れずに地面に転がり落ち、それに追い打ちを掛けるようにフィーネがニックの後頭部を掴んで地面に押し付けた。


「子爵閣下、お見苦しいところをお見せしました。」フィーネがニックの頭を押さえつけたまま、ヒルデガルトに向かって跪く。


「し、子爵・・・」地面に顔をつけた姿勢でニックが呻くように呟いた。


「フィーネさん、乱暴は良くありませんわ。」

ニックと呼ばれた若い兵士を強引に地面に叩き伏せたフィーネに驚いたヒルデガルトが駆け寄り、ニックの頭を押さえ付ける彼女の手を離させる。

「ニックさんもロルフ隊長に命じられて、私を迎えに来たのですし。」

そう言って、ヒルデガルトはニックの顔を上げさせながら顔に付いた土を手巾で拭う。


「ロルフ隊長は何故、慌てて私を呼びに来させたのかしら?」

「はっ!メーメル村で崩れた聖堂の瓦礫がようやく撤去され、その下から大勢の怪我人が。おそらく地震に驚いた村人たちが逃げ込んだ後に倒壊したものと。」

うら若き城主の問いに、ニックは跪き、頭を垂れて答える。

「人数も多く、メーメル村にいる者だけでは手に負えないと、ロルフ隊長がこちらの村で炊き出しをされている子爵閣下をお呼びせよと。」


「分かりました。事は一刻を争います。すぐに参ります。」

そう言って、すっくと立ち上がったヒルデガルトは、バルバラの方を振り返った。

「バルバラさん、炊き出しのお手伝いを途中で放り出して申し訳ありませんが、メーメル村に行かねばならなくなりました。」


「ヒ、ヒルダちゃん。い、いえ、子爵さま。知らぬこととはいえ、ご無礼の数々・・・」青い顔をしたバルバラが両膝を地面に付け、許しを乞うように両手を胸の前で組んでガタガタと震えていた。

「何をおっしゃってるの、バルバラさん。私の方こそ大したお手伝いもできなくて申し訳なかったですわ。こちらの村でもまだまだ大変なことも多いでしょうから、バルバラさんのお力をお貸しくださいませ。」

ヒルデガルトはバルバラの前に膝を突き、その白く華奢な手で、震える彼女の両手を包み込んだ。その優しげな瞳にバルバラの震えも少し収まったようで、しっかりした声でお任せくださいと応えたのに対して、ヒルデガルトはにっこりと微笑んだ。


「フィーネさん、メーメル村はここからどれくらいですか?」

「西に馬で半刻の距離です。」

「馬で半刻・・・分かりました。すぐに向かいます。」

「かしこまりました。すぐに馬車を用意いたします。」

「馬車では時間が掛かりすぎます。ニックさん、馬をお借りします。」


ヒルデガルトはニックが乗ってきた馬に近付くと、やにわに長いスカートの左裾を縦に引き裂いた。

「し、子爵閣下、何を?」突然のことにフィーネが呆気に取られているのを尻目に、ヒルデガルトはひらりと馬に跨がった。スカートの裂け目から白い太腿が露になる。

「ヒ、ヒルダちゃん!」

この国では女性は脚を見せないのが礼儀とされ、子どもでもスカートの丈は膝下とされ、成人した女性ならくるぶしまで隠れるスカートを履くのが礼儀とされている。それを、ヒルデガルトが何の躊躇いも無く、スカートの裾を引き裂き、片方の脚を太腿まで露にして馬に跨がったのだから、バルバラも目を丸くして驚いている。


「では、皆さん、ごきげんよう!」

小首を傾げて挨拶をすると、ヒルデガルトは馬の腹を蹴り、一気に駆け出し、後には呆気に取られた三人だけが残っていた。



今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。

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