領都での目覚め
「ん、うん・・・」呟くように小さな吐息とともにヒルデガルトの瞼が薄く開いた。
「姉上。姉上、お目覚めになられましたか!」
「ここは・・・」
心配の中にも少し安堵した弟レオンハルトの声に、わずかに顔を向けるヒルデガルトだが、その瞳はまだぼんやりとして焦点が定まっていない。
「姉上、アルテンシュタットのお城です。」
レオンハルトがヒルデガルトの瞳を覗き込むように顔を寄せて、そう告げるとハッとしたようにヒルデガルトの瞳に生気が宿った。
「火山は?大地の獣は?」
焦った様子でヒルデガルトは寝台から起き上がろうとするが、力が入らず、そのまま枕の上に倒れ込んだ。
「麓の村は無事ですか?溶岩や火山灰の被害は?」
「大丈夫です、姉上。猛り狂っていた山から溶けた岩が流れ出し、周りの木々を焼きましたが、外気で急激に冷やされたのか、麓の村に到達する前に固まっていました。山から降ってきた砂が周辺の村々に積もっています。畑も砂に埋もれてしまい、復旧が必要です。作物が枯れるような被害は今のところ確認されていませんが、次の作付が可能かどうか・・・。地震で潰れた家が数十棟を超え、10名以上の死亡が確認されています。怪我人も多数出ています。現在、領都から救援部隊を派遣し、救助に当たらせておりますが、この数はさらに増えるかもしれません。」
冷静に報告する弟の言葉に、ようやくヒルデガルトは落ち着きを取り戻し、改めてレオンハルトに顔を向けた。
「ああ、レオンハルト、どうして私はここに?」
今更ながら枕元に座っている弟に気が付いたようにヒルデガルトは問いかけた。
「姉上は火を噴いた山の麓で倒れているところを発見され、この城に運び込まれたのです。まだ熱気と煙が立ち籠める中、危うく燃える岩に呑み込まれる寸前だったと報告を受けています。」
「溶岩は止まったのですね。『大地の獣』が現れた時にはもう駄目かと思いましたわ。」
「大地の獣、ですか?」
「ええ、真っ赤に燃える岩でできた巨大な獣です。大地の上位精霊だと聞きました。」
淡々と語る姉とは対照的に、驚愕の表情を浮かべたレオンハルトは思わずヒルデガルトの両手を握りしめた。
「姉上、そのような強大な存在を前にして、よくぞご無事で・・・医師の見立てでは体力、魔力ともにかなり消耗されているとのこと。回復されるまではゆっくりと休養なさってください。」
「レオンハルト、お心遣いは嬉しいのですが、私はノルトキルヒェンの城に戻ります。このような災害の際に城主が不在とあっては国王陛下にもお父様にも、そして何より領民や部下の皆さんに申し訳が立ちません。」
そう言って、寝台から起き上がろうとしたヒルデガルトだが、大きくよろめいてしまった。
「姉上、ご無理は禁物です。この城に運び込まれて3日間眠り続け、その間何も口にされていないのですから。」
美しい姉を抱き止めながら、レオンハルトがなだめるように声を掛ける。
「ごめんなさい、レオンハルト。それでも私は戻らなければならないのです。あなたも将来アルテンシュタットを治める身。であればこそ分かるでしょう?」
「お言葉ですが、先ほども申し上げたように、救援部隊を派遣しております。権限を与えた部隊長の上位者となる姉上が今から赴いたのでは現場が混乱するは必定。それよりも早く体力を回復させ、今後の復興にこそお力を尽くされてください。」
まだまだ子どもだと思っていた弟レオンハルトが理路整然と自分を止めるのを驚きを持って見つめ返し、ヒルデガルトは寝台に腰を下ろした。
「分かりました。レオンハルトのおっしゃることももっともです・・・少し何か口にしたいので準備をさせてくださいな。」
「ありがとうございます、姉上。既に爵位を持たれ、貴族家の当主となられている姉上に無爵の私が生意気なことを申し上げました。すぐにお食事を用意させます。」
レオンハルトは頬を赤らめながら頭を下げると、食事の準備をさせるため、厨房へと足を向けた。
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「エオストレ、いらっしゃいますか?」
弟の姿が扉の向こうに消えたのを確認するとヒルデガルトは囁くように声を掛ける。
「ここにいるわよ。」その声とともに、床に伸びるヒルデガルトの影の中から白銀の古龍がしなやかな首をもたげた。
「お互い大変な目にあったわねぇ。」エオストレが甘えるようにヒルデガルトの二の腕に頬を擦り付ける。
「エオストレ、あなたも無事でしたのね。良かった。」
「まあ、無事と言えば無事だけど・・・」そう言ってヒルデガルトの影から上半身まで姿を現したエオストレの体は美しい白銀の体のところどころに黒褐色に焦げた鱗が醜く貼り付いていた。
「何てひどい状態に・・・」
「ああ、大丈夫で、大丈夫。すぐに生え変わるから。」そう言うとエオストレが背中の焦げた鱗を咥え、むしり取るように剥がすとその下にはまだ少し透明な新しい鱗があった。
「エオストレ、そんな怪我をしているあなたに申し訳ないのですけれど、私をノルトキルヒェンまで運んでもらえませんか?」
「それは良いけど、弟さんに怒られるんじゃない?現場に指揮官は2人もいらないって言われたし。」
「しかし、怪我をした領民も大勢います。私は回復の魔法が使えるのに、領民を見殺しにすることになれば、私は自分自身が許せなくなるでしょう。」
「なるほどね。でもすぐにばれちゃうんじゃない?」
「それは大丈夫。王都にいた時のように侍女の服を着ていれば、手伝いに借り出された町娘のように見えますわ。」
「ふーん。まぁ、分かったわ。じゃ、行きましょうか。」
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姉が食堂になかなか姿を見せないのを不審に思ったレオンハルトがヒルデガルトの部屋で見つけたのは、姉の夜着を着て寝台で眠る侍女の姿だった。
今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。
おかげさまでついに100回目に到達しました。
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