書庫 その2
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書庫を後にするヨーゼフを見送ると、ヴァルトブルク子爵は改めてヒルデガルトに向き直った。
「さて、アルテンシュタット嬢、どのような書物をお探しかな?」白い顎髭をしごきながらヴァルトブルク子爵は尋ねた。
「書庫のうち一般に開放されている部屋では、誰がどのような書物を読んだかは、わしを含め、司書の者たちも外には漏らさぬことになっておる。無論、我らが漏らさずとも書物に残った思念や汗などから跡を辿る力を持つ者が調べることは防げぬが、少なくとも我らはたとえ国王陛下にも答えることはない。なので遠慮無く我らに訊いてくれればよい。」
「書庫長様、お心遣いありがとうございます。実は古龍について書かれた書物を探しておりますの。」
「古龍?」ヴァルトブルク子爵は、うら若く世間知らずにも見えるヒルデガルトに似つかわしくない単語に少し眉を傾けた。
「古龍とはまた近頃耳にしない単語をこのような可憐なお嬢さんから聞くとは思わなんだ。吟遊詩人の詩にでも出てきたのかの?古龍、古龍・・・」質問とも独り言ともつかぬ口調で繰り返した。
「いやいや、これはいらぬ詮索でしたな。伝説や魔物に関する書物は向こうの奥から2番目の棚に入っておる。読みたい書物が棚の上にあって手が届かないときは。」そう言ながら、子爵は机に置いてあるいくつかの鈴の一つを手に取った。
「この鈴を鳴らせば司書が手伝ってくれるじゃろう。」
「ありがとうございます、書庫長様。実は白銀の古龍アデルハイトが出てくる不思議な夢を見て、それでその夢の意味を知りたいと思いましたの。」両手で押し包むようにして鈴を受け取りながら、ヒルデガルトはヴァルトブルク子爵の質問に答えた。
「そうか、夢に古龍がの。夢判断はあちらの一番端の魔術の棚の隅にあるから、そちらを見るのも良いかも知れんのぉ。」乙女の他愛ない夢の話かと思い、ヴァルトブルク子爵は孫娘を見るように優しげに目を細めながら、魔術の棚を指差した。
「ありがとうございます。そちらも拝見いたしますわ。」ヒルデガルトはお礼を述べながら軽くお辞儀をし、伝説や魔物の棚の方に歩いていった。
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(さすがは王宮の書庫。お屋敷では目にしたことのない古い書物が沢山ありますわ。)棚にびっしりと並ぶ様々な書物を前にして、ヒルデガルトは思わず息を飲んだ。
「これと、これと、」手の届く棚の書物を2、3冊小脇に抱えながら、ヒルデガルトは棚の上の方にある書物に手を伸ばしたが、残念ながら後少しのところで届かない。
(あともう少しで手が届きそうですのに。)つま先立ちで背伸びをしながら一所懸命手を伸ばしたところ、ヒルデガルトはバランスを崩し、大きくよろめいてしまった。
(あっ!)よろめきながらも書物を何とか落とさないようにしっかりと抱えながら倒れ込みそうになったヒルデガルトは、背後から広くがっしりとした胸に抱き止められた。
「大丈夫ですか?」
「も、申し訳ございません。だ、大丈夫ですわ。あ、ありがとうございます。」男の腕に包み込まれるような形で支えられ、ヒルデガルトは粗相をした恥ずかしさと慣れない異性に抱き止められた戸惑いで、しどろもどろになりながらもお礼を述べた。
男はヒルデガルトを抱き起こしながら目を合わせた。
「王宮では見かけないお嬢さんですね。今日は勉強ですか?」にこやかな笑顔を見せながら男が尋ねると、ヒルデガルトは書物を胸に抱いて頭を下げながら改めてお礼を述べる。
「ヒルデガルト・フォン・アルテンシュタットと申します。危うく転んでしまうところを支えてくださって、ありがとうございました。」
「アルテンシュタット?ああ、辺境伯のお嬢さんか。」ヒルデガルトの名前を聞いて、男は合点がいったように呟いた。
「書庫長殿が司書を呼ぶための鈴をくれただろう。あれを使うと良い。」
「は、はい。書物を探すのに夢中ですっかり忘れておりました。」そう応えながらヒルデガルトは改めて目の前の男の姿を確かめた。
男は黒地に金糸の刺繍が施された騎士服をまとい、腰に短めの細剣を吊り下げていた。身長はヒルデガルトよりも頭一つ分以上は高く、濃い茶色の髪を丁寧に整えている。騎士らしい精悍な顔立ちだが、やはり印象的なのはその金色の瞳だろう。
「私はジークフリート・フォン・ロートリンゲン。王宮の第三騎士団に所属している。お父上のアルテンシュタット辺境伯には魔物討伐での共同作戦などで大変お世話になっている。」左肩に右の拳を当てる騎士の礼を取りながら男は自らの名を名乗った後、書棚からヒルデガルトが苦心して取ろうとしていた書物に手を伸ばした。
「ほう、アルテンシュタット嬢は古い伝説や歴史などにご興味が。」ジークフリートはそう言って手にした書物をヒルデガルトに差し出した。
「はい。少し興味がありまして。」書物を受け取りながら、少し恥ずかしげにヒルデガルトはうつむいた。同じくらいの年頃の少女にしてみれば、恋愛を主題にした文学や詩に興味があって、堅苦しい伝説や歴史は学院や聖堂の授業や説法で聞くような代物だろう。
「学院で宿題でも出たのかな。いずれにせよ、歴史を学ぶのは大切なことだ。」ジークフリートは一人で勝手に納得したようだ。
「次からは無理に書物を取ろうとせず、司書を呼ぶことだ。貴重な書物を傷つけては大変だからな。」にこやかにそう言い残して、ジークフリートは書庫長の方へと去っていった。
(ロートリンゲン様。お父様のお知り合いだなんて奇妙なご縁ですわね。王宮の第三騎士団にいらっしゃるとおっしゃっていたけれど、レオンハルトも騎士団に入ったらあのように逞しくなるのかしら?)ヒルデガルトはジークフリートを目で追いながら、どちらかと言えば線の細い弟レオンハルトの顔を思い浮かべていた。
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