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あばら骨ハヤオ

原稿の締め切りは間近に迫っている。現在1行しか書いていない。


最初に話を聞いたときには、とても面白そうな企画に思えた。複数の作家が同じテーマで小説を書き、雑誌に発表する。そして、読者投票によりどの作品がより面白いかを競う。それぞれの作家の個性が作品にわかりやすく現れるであろう、素晴らしい企画だった。それに参加できるということは、作家としても栄誉なことである。私はその栄冠を手にした。

2ヶ月前に安請け合いした自分を殺したい。自尊心の塊である頃の自分を恥じる。ひとかどの人物になることは難しい。死んだ後も名を残すなんて欲の掻きすぎだ。思考が目の前の問題からずれていく。こんなことを考えている場合ではない…


 他の作家に書けないものを書かなくてはならない。そのプレッシャーたるや尋常なものではない。内容がかぶるなど言語道断である。そうなると、何も書けなくなってしまう。そもそも、自分の作品の個性というものがわからなくなってくる。私は常に発想力で勝負したいタイプである。突拍子もないことを言いたい。そしてそれを印象に残したい。全体の構成にはあまり構いたくない。文章中のどこかの一行に、言いたいことが入っていればそれでよい。昔書いた「老い」というタイトルは良かった。それだけで残るフレーズだ。後のストーリーは適当で良い。読者が勝手に考えれば良い。そもそも完成度を一番の評価基準とする傾向が嫌いだ。雑であればあるほど、遊びがあればあるほど良い。思考が目の前の問題からずれていく。こんなことを考えている場合ではない…


作品のテーマは「幽霊」である。いつものように、書きたくないものばかりが思い浮かぶ。まず、何故幽霊になったかという説明は書きたくない。除霊を行う登場人物も誰かが書きそうだ。幽霊が当たり前にいる世界もありそうだ。主人公が実は幽霊だったなんて最悪だ。その辺にいる誰もが思いつくであろう。呪いの類も話が作り易そうで気後れする。こんなことを考え続けると何も無くなってしまう。結局遊びに走ってしまう。私の小説はストーリーが成立してないといつも言われている。昔書いた世界一周する男の話は散々に叩かれた。あの文章では、天邪鬼な作家がラスト1行を決めて書くとどうなるかということを示したつもりだったのに。世の中の90パーセントの人は如何に辻褄が合っているかを競うであろう。その流れを逆手に取ったのだが理解されない。辻褄を合わせるなら誰にでも出来る。小説にストーリーなんていらないという領域まで私は進んでいるのに誰も来てくれない。思考が目の前の問題からずれていく。こんなことを考えている場合ではない…


とにかく幽霊についての話を書かなければならない。何か素晴らしい映像、絵、単語、熟語、イメージが頭の中に現れないだろうか。それさえあれば小説なんていくらでも書ける。表現とはそれを伝える作業だ。私の頭の中に浮かんだ素晴らしいもの、衝撃的なものを受け手の頭の中に勝手に送り込むことだ。そのときに、細かい情報はできるだけあやふやな方が良い。受け手の頭の中でより素晴らしいものに変えて貰いたい。その人の好きな方向にチューニングできるのが理想とする表現だ。説明は少なく、よく理解できないが凄い、という作品がベストだ。そこまでいけば、理屈は後からついてくる。昔書いた青い牛乳の話は良かった。青い牛乳。頭の中にイメージするだけで特殊さ、異様さが伝わる。それ以外の部分なんておまけだ。言うなれば、「牛乳が青い」の一言だけで成立している。1から10まで説明したがり、1から10まで聞きたがる輩が増えているが、彼らは損をしているとつくづく感じる。思考が目の前の問題からずれていく。こんなことを考えている場合ではない…


 人間の幽霊というのを止めてみてはどうだろうか。動物の幽霊、建物の幽霊、カレーの幽霊、シャーペンの幽霊、シャーペンの芯の幽霊…

なんだかしっくりこない。しかし、私の好きな方向に進んでいる気はする。私は小説を書くときに、どこかにカレーという単語を入れたがる傾向がある。それは理屈じゃない。カレーの幽霊について思いを馳せる。試しに書いてみる。





カレーの幽霊



肝試しの夜、私は茶色く浮かぶ何かを見つけた。


その何かは、私の頭の中に直接語りかけてきた。僕はカレーの幽霊だと。意味がわからないが、思い当たる節もある。私はカレーが大好物だ。友人からは、カレーのチャンピオン、略してカレチャンというあだ名を付けられている。いや、これは思い当たる節ではないか。思考が目の前の問題からずれていく。こんなことを考えている場合ではない…





また叩かれる気がする。こんな思考をしているから、私はいつまで経っても空気が読めないとかきもいとか何を考えているか解らないと言われるのだ。しかもそんな自分を良しとしている。この文章も、私の中では小説と言えるだろうと考えて掲載することにしている。また新境地を切り開いてしまった。

          (小説現代2月号掲載: あばらぼね・はやお)


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― 新着の感想 ―
[一言] カレーの幽霊はよいと思います。読みたいとは思いませんが。執筆に行き詰まると、時にはこのような作品を書いてみたくなるかもしれません。どうせ、こんな話にするならば、「作者が幽霊だった」と大嘘をつ…
[一言] はやお先生の作品、初めて読ませてもらいました。小説家の思考回路というべきものが、如実に出ていて、とても面白く読ませてもらいました。とりわけ、段落ごとに繰り返される、あのフレーズが、微笑をさそ…
2009/02/14 18:30 退会済み
管理
[一言] とても面白かったです。着眼点が最高です。
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