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9.

 ルーファスが某キャバクラに入ったという情報を受けて動くことになったのは、俺と朔夜だ。自らの愛車である黒いハマーを現場に向けている。


「ついこないだ、こっちのことを出し抜いてくれやがったのに、同じようなシチュエーションを蒸し返すってのは、どういう了見なんだろうな。遊んでくれちゃってやがんのか?」

「なんにせよ、今度こそはと信じたい」

「とっとと沈めてやりてーよ。マジぶっ殺してやりてー」

「そういう言い方は慎め」

「なんでだよ」

「馬鹿に見えるからだ」

「うるせー」

「忠告してやっているんだぞ」

「うるせー」


 適当なところに車をとめ、徒歩で現場に到着。裏口の前の路地は一本道だ。俺と朔夜は挟撃できる位置取りでスタンバイした。互いに建物の陰に身を隠しつつ裏口の様子を窺う。会話はインカムにて。偽者を掴まされた時とほとんど同じ状況だ。違うのはハジメがいないこと。奴さんは風邪をひいたらしい。あらゆる事態を想定するとスナイピングというオプションはやはりアリだが、体調不良で現場に出られると迷惑を被る恐れがある。完璧な仕事ができない可能性がある以上、ハジメは不参加で正しい。


「やっぱ、裏口から出てきたところを暗殺ってのが、上策だわな」

「ああ。堂々と玄関からお出ましってことになると、現状、諦めるしかない」

「でも、いつかはんなきゃなんねーわけだ。だったらやっぱ、人通りがあるところでどうするかも考えなきゃなんねーな。ところで、オッサンよ」

「なんだ?」

「アンタ、自分のしたこと、やってきたことに、疑問だったり疑念だったり、そういった感情を抱くことはねーのか?」

「その質問に意味はあるのか?」

「ねーよ」

「すなわち、愚問だな」

「まあ、そうだよ。そうだわな」

「後藤さんの言うことには、いちいち間違いなく、””がある。コンテキストというものは重要だ」

「聞きようによっちゃあ、しょうもねー理屈だ。そこにアンタの意志はあんのかよ」

「おまえだって、後藤さんの言うことを信じていないわけじゃないだろう? むしろ、納得した上で業務に臨んでいるはずだ」

「否定はしねー」

「おまえは刹那的だ。危なっかしいとも言える。だからこそ、信じられるモノが一つでもあれば御の字だと思うんだよ」

「ご心配、痛み入るよ。さあ、つまらねーおしゃべりはオシマイにしよーぜ。精々、ルーファスを捕捉できるよう祈ろうぜ」

「ああ。そうだな」


 やがて対象とおぼしき人物が姿を現した。赤い髪をリーゼントに固め、上下は黒いエナメル質のジャケットにパンツ。そして、ティアドロップのサングラス。朔夜がインカム越しに「あれ、多分、間違いねーよ」と伝えてきた。俺は「そうだな。存在自体に禍々しさを感じる」と返事をした。


「しかし、取り巻きがいねーのはどういうこった? いや、んなこたどうでもいいな。僥倖だし都合良すぎるし、万々歳じゃねーか」

「いや、待機しろ。絶対になにかある」

「出るぜ」

「待て、朔夜っ」


 俺はもう一度、朔夜に「動くなっ」と言った。この状況でなにもないはずがないと警告を発した。へたをすれば、誘い込まれたのはこちらかもしれない。そんなふうな予感がある。だが、朔夜は一本道の路地に飛び出してしまった。早速、銃を向ける。


「おう、ルーファスさんよ。なんだかよくわかんねーけど、なんだかとにかく軽率だったな。目ぇつけられてることくらいわかってたんだろ? おまえさえ潰せば『UC』はオシマイだ。瓦解するに決まってる」


 ルーファスはなにも言わない。なにも言わないまま、朔夜のほうに顔を向ける。そして、想像だにしない事象が発生した。突然、天から巨大な鉄の塊が降ってきたのだ。H型鋼だ。朔夜の反射神経をもってしても避けるのは無理だった。それでも左の肩先にもらってしまうだけで済んだ。俺は頭上に目をやる。ビルの屋上からクレーンの首が伸びていた。あらかじめ吊るしていた物を落下させたということだ。迂闊。まるで気がつかなかった。


「ぐぅ、ぐっ……」


 朔夜は片膝をつき、うめき声を漏らしながら、肩を押さえる。近くにその気配はまったくないが、すぐに駆けつけられる位置にルーファスが兵隊を配置している可能性がある。その上で交戦となると不利どころの騒ぎではない。だが、奴はこの場は退散してくれるらしい。朔夜のすぐ脇を通って、ゆっくり向こうへと歩いていった。「待ちやがれ!」と叫んだ朔夜だったが、この場は引いてもらったほうがだいぶんありがたい。


 朔夜に駆け寄る。


「肩の具合はどうだ?」

「んなこたどうだっていい。追うぜ、奴を」

「馬鹿を言え。病院が先だ」

「ああん?」

「今日は負けだ」

「ふざけんなよ」

「ふざけているのはおまえだ。やかましいぞ、朔夜」

「……くっ」


 俺は肩を貸し、朔夜を立たせた。頭が冷えたのか、どことなくしゅんとした声で、朔夜は「……わりぃ」と言った。


「かまわんさ。誰もあんなことが起きるだなんて思わない」

「オッサンはよくできてるな。いつも冷静だ。尊敬するぜ。にしても、アイツ、ちょっと笑っただけで、なにも言わなかったな。不気味な野郎だ」

「怖いか?」

「アホ抜かせ」

「やり返さんとな」

「そんなの決まってっだろ」




 朔夜の左肩は脱臼だけで済んだ。「大したことねーよ」という言葉も真に受けようと考える。打たれ強く、また痛みに耐性があることは重々承知しているからだ。まあ、脱臼くらいで大騒ぎする奴は男としてダメだとも思う。


 俺達は病院の一階、薄暗いロビーの椅子に並んで座っている。三角巾で左腕を吊るされている朔夜が「ふぅ」と吐息をついた。それから舌を打った。相変わらず、しかめっ面がよく似合う。そんな朔夜のすぐうしろの席にヒトが座る。黒縁の伊達眼鏡をかけているその女は朔夜の両目に手のひらで蓋をした。「だーれだ?」と悪戯っぽい声を発する。


「やめろ、伊織。じゃれる気分じゃねーぞ」

「せっかく迎えに来てやったのに、ご挨拶だこと」

「腹へった」

「どっか寄ってく?」

「いや。いいよ、家で。ビニ弁が三つもありゃ充分だ」

「あーん、してあげよっか?」

「ウゼーこと言ってんじゃねーよ」


 朔夜が腰を上げた。「じゃあな、オッサン」とだけ残し、玄関へと向かう。「じゃあね、ライアン」とは伊織の言葉。右の腰に手をやり、モデルさながらの姿勢の良さで堂々と歩いてゆく。伊織がこの病院に到着するまでに要した時間は非常に短いものだった。なんだかんだ言っても、相棒であり、恋人でもある男のことが心配であり、だからこそ飛んできたというわけだ。健気だし殊勝だし、おまけにかわいらしくも映る。伊織ほどの女に想われている朔夜は、やはり幸せ者だと思うのだ。


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[一言] なんだかんだ、いい感じの二人ですな……
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