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6.

 寝つきはあまりよくないほうだ。睡眠時間も短い。レオナが逝って以来、ずっとそうだ。まともに眠れたことがない。しかし、それをつらいと感じたことはない。体はいたって健康だし、普段から眠気やだるさに苛まれることだってない。ただ、妻を失ってしまったという喪失感だけが、時折、巨大な鉛のような重量感を伴って両肩にのしかかってくる。どうしようもないことだった。だが、救ってやりたかった。その思いは、この先どれだけ年月が経とうと、消えることなどないのだろう。


 今夜は我が店のカウンターを挟んで、朔夜とウイスキーをあおっている。事前に伊織から電話があった。


「朔夜の奴、今夜はライアンと一杯やりたいんだってさ」


 そんなこと、どちらかと言えばお断りなのだが、朔夜は来た。そして今、すっかりくつろいでいる。簡単にグラスをあけ、チェイサーなしで次を飲み、宅配のピザを乱暴に頬張る。


「とっとと食べろよ、オッサン。冷めたピザほどまずいもんはねーんだぜ?」

「そのくらい、言われなくても知っている」

「じゃあ、食えよ」

「黙っていてもおまえがたいらげる。だったら俺は食べなくたっていい。どうだ? 奥ゆかしいだろう?」

「知るか、ボケ。そんなこと」

「おまえみたいなニンゲンをなんていうか知っているか?」

「なんていうんだよ」

「おせっかい野郎だ。どうせ俺が一人で寂しい思いをしているんじゃないかとか、そんな余計なことを考えたんだろう?」

「うっせー、馬鹿。んなわけあるか」

「馬鹿はおまえだ」

「ああ、そうかよ」

「おまえはイイ奴なのかもしれない」

「しれないは省けよ」

「断る。俺はおまえが伊織の恋人だということに、まるっきり賛成だというわけじゃないからな」

「いい加減、くでーな、オッサンも。じゃあ、アイツがエリートサラリーマンとでもくっつけば、幸せになれると思ってんのか?」

「いや。危険というのは知ってしまえば蜜の味だ。今さらステレオタイプの男で満足できるわけがない」

「だろうが」

「悲しさもつらさも、空しさも苦しさも、突き詰めていけば、つまるところ同じ種類の感情だ。俺には運がなかった。だが、おまえにはあるかもしれん。チャンスを生かすも逃すもおまえ次第だ。それだけだ」

「ああ。それだけだな。オッサンにくどくど説教されるまでもねー。でも、ま、安心しろよ。アイツがピンチの時にゃあ、俺が盾になってやっからよ」

「そのセリフ、本人に伝えてあるのか?」

「いいや。言われたところで、はしゃぐ女でもねーだろ」

「そうだな」


 ケータイが鳴った。俺のケータイだ。朔夜はピザをかじりながら、「誰だよ」と問い掛けてきた。「伊織からだ」と答え、「もしもし」と通話に応じた。


「ライアン、今、店内?」

「ああ」

「じゃあ、近くにテレビはないわけね」

「テレビがないと、マズいのか?」

「朔夜に言って。ケータイでニュースを確認しろ、って」


 伊織に従い、朔夜に指示した。ケータイ、すなわちスマホを操作し、それらしい報道を見つけたのだろう。朔夜は眉を寄せ、訝しむような顔をした。


「ライアン。その必要があるって判断したら、朔夜と動いて。これ、ボスからの言伝だよ」


 通話は伊織のほうから切られた。


 俺もスマホをいじる。ニュースサイトのトップページを開く。するとだ。”財務大臣の私邸、襲撃される。”などという物騒なタイトルが躍っていた。


「なんだよ、これ。どういうこった?」

「文字通りだろう。大臣の命を狙ったテロだ」

「テロって決めつけるのは、まだ早いんじゃねーか?」

「体制に楯突く以上は、どんなケースであろうとテロだ。声明が出ているな。『アンノウン・クローラー』か」

「どうするよ」

「どういう状況なのか、確かめておいて損はないだろう」

「飲酒運転になっちまうぜ」

「タクシーで向かう」

「おやおや。オッサンも常識くらいはわきまえてるんだな」

「そのセリフ、おまえにだけは言われたくないぞ」




 目的地まで都合一時間を要した。こちとら郊外で細々とやっている喫茶店だ。対して、大臣宅は超のつく高級住宅街にある。


 現場を囲む規制線の手前でタクシーをとめさせた。俺は二つ折りの黒い手帳、身分証を提示する。それを見た制服警官の男に「誰……?」みたいな顔をされた。末端の警察官は『治安会』の存在を知る立場にないということの証左と言える。


 朔夜が無言で規制線をまたぐ。警官に「ちょ、ちょっと」と注意されると、それを鋭い視線で制した。俺も速やかに朔夜に続く。


 大臣の私邸は一階が二階をかろうじて支えているような状態だった。一階は丸焦げ。二階も。消火活動は完了したらしい。濃密な焦げ臭さがぷんと鼻をつく。


 俺達と同じく漆黒のスーツ姿の伊織が門扉の前で腕を組んで立っていた。こちらを見つけると「よっ」と小さく手を上げて見せた。


「やっぱりご登場か。ま、来ると思っていたよ、朔夜君」

「なんだよ、その妙ちくりんな口振りは」

「ちょっくらかわいらしさを表現してみた」

「かわいくねーよ、アホ」

「一応、現場を見ておこうと思ったわけ?」

「ああ。オッサンがそう言い出した」

「そういうことなんだが、伊織、おまえは俺達になにか用事はあるのか?」

「それなんだけど、ライアン、現場を見て、まずなにか気づくことってある?」

「一階と二階にロケットランチャーが撃ち込まれたんだろう。それをきっかけに火の手が上がって、建物は丸焦げになった。そうであろうことしかわからんな」

「ライアンのお墨付きかあ」

「被害者は? 本当にいねーのか?」

「いないよ」

「犯人の手掛かりは?」

「現状、ナッシング」

「きちんと調べてんのかよ」

「そんなにすぐになにかわかるわけないでしょ? この脳筋野郎」

「脳筋野郎って言うんじゃねー。ふざけてんじゃねーぞ」

「残念。ふざけてませーん」

「怒んぞ」

「どーぞ、どーぞ」

「テメー」

「お二人さん。喧嘩はやめておけ。これからのことが重要だ」

「うん。そうだよね、その通り」

「実に冷静なオッサンの言葉は、いつだって身に染みるぜ」

「皮肉か、朔夜」

「本音だよ。正論だって褒めてんだよ。けっ」

「まあ、ライアンが示唆した通り、ひとまず成り行きを見守るより他ないね。頭を押さえつけられているみたいで気分悪いけど」

「『UC』、『アンノウン・クローラー』か? 今回の奴さんらの目的はなんなんだろうな。伊織先輩殿はそのへん、どう思ってんだ? どう考えてる?」

「やっぱり体制へ攻撃を仕掛けたかったんじゃない?」

「果たしてそうなのかねぇ」

「なにかあるなら言ってみなよ」

「言いたいことなんてねーよ。敵対する馬鹿野郎どもは、片っ端からぶちのめすだけだ」

「ねぇ、ライアン、ウチの相棒ってホント、血の気が多いと思わない」

「コイツの場合、原則、殺すか殺さないかの選択肢しかないからな」

「シンプルでいいだろうが」

「朔夜」

「なんだよ、オッサン」

「伊織との付き合いを続けたいなら、もう少し思考に幅を持たせろ」

「ほっとけ、タコ。俺に指図すんな」

「おまえは幸せ者だ」

「だから、んなことわかってるって言ってんだよ」

「嘘をついたら承知せんぞ」

「マジしつけーっ」

「ライアン、あのね」

「なんだ?」

「この先、『OF』とか『UC』にかかりきりになる可能性があるってことは、覚悟しておいてねってボスが言ってた」

「そんなことはもうとっくに理解している」

「実に物騒な連中だよね。やんなっちゃう」

「ああ、まったくだ」


 なんとも剣呑でスッキリしないのが、ニッポンの現状であるらしい。一度、はっきりとしたかたちで巨悪を挫ききって、平和を示したほうがいいだろう。ああ、そうだ。この国はさっぱりさせる必要がある。


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