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26.

 ホワイトドラムの地下。通称101号室。


 アルミが使用された軽量のパイプ椅子に、手錠もなにもつけていないルーファスを座らせている。テーブルを挟んだ対面には伊織。俺と朔夜はそれぞれ伊織の左右に控えるようにして立っている。先日に負った傷はまったくと言っていいほど癒えていない朔夜だが、病院のベッドの上で大人しくしているような男でもない。そうでなくても、ルーファスとのおしゃべりには立ち会いたいところだろう。


「名前なんてどうでもいいんだよ。単なる識別子だから。だけどあえて訊いてみよう。ねぇ、ルーファスって本名?」


 そう。こんな初歩的な質問から始めないといけないくらい情報がないのだ。過去の経歴などもちろん不明。出自も不明。伊織が右手を伸ばして、なにも答えないルーファスからティアドロップのサングラスを取り払った。少したれ目の甘いマスクだ。日本人に見える。先ほどから左の口角を少し持ち上げていて、やや微笑んでいるようにも映る。


「『アンノウン・クローラー』? 『正体不明の這う者』? アンタが立ち上げたってことで合ってる?」


 答えない。


「組織の規模は? 人数は? 構成は?」


 答えない。


「今回の一件の目的はなに? なにがしたくて、なにが欲しかったの?」


 やはりなにも答えない。


 こうなってくると、瞬間沸騰湯沸かし器の朔夜はしびれを切らして前時代的な刑事よろしく暴力的な尋問に訴えるだろうと思ったのだが、そのような事態にはならなかった。朔夜は至極冷静な口調で、「黙ってても終わんねーぞー」とだけ告げた。


 それでも反応はない。


 コミュニケーションがとれないと収穫も得られない。朔夜がやらないなら、こちらで請け負うしかないと考えた。


 俺はルーファスの左の頬をまず張った。それからリーゼントにセットされた赤い髪を掴んで顔面を机にぶつけてやった。ぐいと顔を上げさせる。鼻血を流している。「質問には答えるものだ」と凄んでやる。しかし、口を開かない。今度は左目のすぐ下に親指を押し当てる。眼球をを抉り出してやろうとする。そこに朔夜が待ったをかけた。


「先天的にしゃべれねーってことってあるのか?」

「あるよ。発声障害とか発話障害とかっていうね」

「そう判断するのは、まだはえーか?」

「ライアン?」

「その可能性は否定しない」

「じゃあ、紙と鉛筆でも用意すっか」

「冗談はよせ。それが無意味なことくらいわかるだろう?」

「だね。コイツ、恐ろしく肝が据わってるよ。目つきがそれを物語ってる」

「コイツがなにをしたいのか、俺にはなんとなく理解できるぜ」

「そうなの?」

「ああ。コイツはとにかくはしゃぎたいんだよ」

「サムとソムみたいに?」

「そうだ。プロスポーツがなんで人気か知ってっか?」

「どうして?」

「ガキでもできることを大人が必死こいてやるから、おもしれーんだよ。テロにも似たようなことが言えっだろ」

「まあ、広義な意味ではそうなるかなあ」

「伊織にオッサン。とりあえずはだ。コイツの扱いは決まったな?」

「ああ。飼っておくしかない」


 かくして、ルーファスの地下隔離施設への収容が決定した。





 四階の後藤の居室。


「やあ、お三方、お疲れ様。どうだい? 彼は洗いざらい吐いたかい?」

「いいえ、なにも。まるでダメッスね。だんまりッスよ」


 朔夜がそう答え、俺と伊織は二人掛けのソファに座った。マホガニーの長机を前にしていた後藤もやってきて、正面の一人掛けに「どっこらせ」と腰を下ろした。


「確保できたことは大きい。尋問は気長にやるしかないとしてもね」

「ぶっちゃけ、俺としては、とっとと殺しちまいたい気分ッスけど」

「やっぱり君はそう言っちゃうのかい」

「悪者は速やかに退治すべきッスから」

「根こそぎ駆除できたほうがいいじゃないか」

「そりゃそうッスけど」

「とはいえ、基本的なスタンスは変えない。『OF』、『UC』の構成員の処理に関しては、これからも殺しを優先する」

「警察ともっと連携すれば、原則確保で動けなくもないと思うけど?」

「伊織さんは、そうしたいのかい?」

「その点は朔夜と一緒。そんなわけないじゃない、めんどくさい」

「まあ、なにかその必要性が生じた時には、都度、僕が判断するから」

「うん、そうして。私は駒でいい。ボスのこと、信頼してるし」

「ありがとう」

「どういたしまして」

「さて、それでは本題に移ろうか」

「本題? なにかあるの?」

「あるんだな、これが」


 にっと笑った後藤である。俺はいぶかしみ、眉根を寄せる。隣に座っている伊織も、その向こうで立っている朔夜も、恐らく似たような表情を作ったことだろう。


 伊織が「仕事の話?」と訊くと、後藤は「違う違う」と首を横に振り、「もっと気の利いた話だよ」と答えた。


「気の利いた話って?」

「もう師走だよね」

「師走っていうか、年の瀬だよ?」

「うん、そう。そうなんだ。ああ、嘆かわしいなあ」

「嘆かわしいって、なに?」

「いや、だってね? ここまで話しても、君達はピンと来ないんだろう? 僕は部下に激務を強いてしまっているんだなあってつくづく思う」

「なにが言いたいわけ? もったいぶらないで、さっさと話してよ」

「じゃあ、言わせてもらおう」

「うん」

「忘年会をやろう」

「……は?」

「は? じゃないよ。毎年やってるじゃないか」

「まあ、そうか。言われてみると、そうだね」

「立場もあるし、仕事もあるから、僕はそうそう宴会には出席できないんだけど、忘年会だけは別だ。出なくちゃいけない」

「出なくちゃいけないの?」

「そう。僕が自身に課した義務であり、責務だ」

「実はやりたいだけなんでしょ?」

「あはは。まあ、そうだね。そうとも言える」

「日取りは?」

「今夜だ」

「店は?」

「もう予約してある」

「料亭とか、そういうお堅いところはヤダよ?」

「大丈夫。居酒屋の個室だよ。少々、ハイクラスだけど」

「居酒屋なら、まあ、いいかな。面子は?」

「『行動部』のみんなさ」

「『行動部』?」

「今日から『実行部隊』という名称はやめて、『行動部』にする」

「なに、それ、思いつき?」

「うん」

「うん、って。まあ、呼び名なんてどうだっていいけど」

「やっぱり酒宴は重要だよね。飲みニケーションは必要だよね」

「飲みにケーションは死語中の死語」

「ああ。楽しみだなあ。朝までコースだし」

「えっ、朝までやるの?」

「二次会はカラオケに行く。今年も美声を聴かせてあげるよ」

「いや。ボスってメチャクチャ音痴じゃない」

「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるって言うだろう?」

「それ、意味わかんないんだけど」


 明らかに浮かれている後藤を見て、俺達三人は嘆息したのだった。


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