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24.

 『情報部』のちょう、DD。なぜか髪をエメラルドグリーンに染め抜いている女史である。背は著しく低く、顔立ちはとても幼い。年齢は不詳。国籍も不明。アニメキャラクターのような大きな瞳はチャームポイントと表現して差し支えがないだろう。そばかすを気にしているらしいとどこかで耳にした覚えがあるが、化粧で隠すまではしていない。


 DDにブリーフィングルームに呼ばれたのは、俺と伊織と朔夜の三人。ぶかぶかの白衣姿のDDは、ロールスクリーンの前に立ってスポットライトを浴びている。そもそもなぜ壇上にいるのか。なにかを話したい、あるいは説明したいということあれば、もっとそばに来ればいいだろうに。というか、優に三十人は入れるブリーフィングルームを使う理由も不明だ。たった四人しかいないのだから。


 朔夜もそのへん、疑問に思っているのだろう。「DDさーん。四人しかいねーのに、なんでこんな広いとこで会議すんスかあ?」と間延びした口調で訊いた。するとDDは「朔夜、DDの言うことは絶対なのです」と答えた。しゃべりかたも特徴的な彼女である。


「ちょっと声張らなきゃなんねーのがめんどくせーッスよ。こっち来てくださいッスよ、ホント」

「DDは偉いのです。だから好きにするのです」

「そうおっしゃらずに。仲間じゃないスか」

「親しき仲にも礼儀ありなのです」

「意味わかんねーッス」


 朔夜が座っている最前列のうしろ、一段高くなっている席につき、気だるそうに上半身を机にのせている伊織が、「DDちゃんさ、早いとこ、おしゃべりしてよ」と先を促した。DDは「おしゃべりしてよって、DDは九官鳥ではないのですっ」と言い、ぷっくりと頬を膨らませる。伊織の隣で腕を組んでいる俺は、「DD、俺もそろそろ話を聞きたい」と発言した。すると素直に「ライアンが言うのなら、しょうがないのです」と応じてくれた。


 DDは一つ咳払いをした。


「ご存じの通り、泰造はイギリスに出張中。その間、留守を預かっているのがDDであるわけなのですが」

「前置きはいいッスよ」

「黙るのです、朔夜」

「へいへい」

「DDちゃん、それで?」

「ここに来て、『UC』、すなわち『アンノウン・クローラー』の首魁に動きがあったのです」

「ルーファスに?」

「そうなのです」

「具体的には?」

「情報屋の連中に自ら発信したのです。音楽仲間を集めて日曜日の夜にライブイベントを開催し、そこでトランペットを吹くそうなのです」

「トランペットぉ? つーか、名うての犯罪者に音楽仲間だあ?」

「ですから、朔夜は黙っているのです」

「ちょっとくらい、いいじゃないッスか」

「黙るのです」

「へいへい」

「どこでやるんだ?」

「それはですね、ライアン」


 とことこ歩いて壇の端まで移動したDD。プレゼンター用のテーブルにはノートパソコンが置かれている。DDは先ほどまで自身が浴びていたスポットライトを消すと、パソコンを操作してスクリーンに航空写真を表示させた。レーザーポインターを使って、「ここなのです」と指し、続けざまにページを変え、その建物を正面のアングルから捉えた画像を映し出す。人工の洞窟みたいなステージだ。


「ご覧の通り、郊外の野外音楽堂なのです。伊織は訪れたことがありますか?」

「ううん。ないよ」

「ライアンはいかがなのですか?」

「行ったことがある。女房が健在の時にな」

「話を進めるのです」

「DDさん、俺には訊いてくれないんスね」

「当然なのです」

「冷たいこって」

「DDちゃん、観客は集まりそうなの?」

「そう予測されるのです。ルーファスは若者の間ではカリスマ的な人気があるようなのです」

「アングラでも結構、ってるのかな」

「恐らくそうなのです」

「にしても、そもそもの目的はなんなんだろ。情報をリークした上でなにがしたいわけ?」

「その点は謎めいているのです。であるからこそ、今、考えを巡らせてもしょうがないと思うのです」

「一理ある見解だね。うーん。どう対応したものかなあ」

「我が組織だけで決行する場合だと、やはり暗殺するしかないのです」

「だよねぇ。人員的な制限があるもんねぇ」

「いいじゃねーかよ、っちまって。それが奴に対するウチの従来のスタンスってヤツだろ?」

「でも、できれば確保したい。話を聞かせてもらいたいじゃない」

「朔夜、伊織の言う通りなのです。貴方は血の気が多すぎるのです」

「それは自覚してるッスよ」

「兵隊、たくさん連れてくるかな。ライアンは、どう対応すべきだと思う?」

「さまざまなファクターを机上に並べて思案すると、やはり演ってもらうしかないという結論になる。俺はそう考える」

「その場合、客が危険に晒されることも想定されちゃうけど?」

「リスクヘッジは肝要だが、そのことばかりにとらわれていると、動きようがなくなってしまうだろう?」

「うーん。難しいなあ」

「らしくないぜ、伊織」

「そう?」

「ああ。やれるやれないの話じゃねー。やるんだよ」

「それでもやっぱり、捕まえるのを基本路線にしたいんだよ」

「DDも同意見なのです。そこで提案なのです。ここは一つ、所轄の力を借りてはどうでしょうか?」

「俺もそれを言おうと思っていた。対象の会場入り後に取り囲んでしまうのが、最も手っ取り早い。無論、不確定要素がある以上、絶対的に正しい手段だとは言えんが」

「ま、そうなるよね。ということであれば」

「ああ。早速、協力を依頼しに向かおう」

「DDが担当部署に連絡を入れておくのです。案件のさわりも伝えておくのです」

「サンキュ、DDちゃん。今日も超かわいったよ」


 伊織が腰を上げたのをしおに、俺と朔夜も立ち上がった。





 夜分。移動は俺の黒いハマーで。所轄と言っても、建物は小さくない。ここ、いざなみ市にあっては完全に大きいほうだ。伊織が車内でDDから電話を受けた。担当は一課らしい。エレベーターで七階に上がる。箱の口が開く。するとだ。茶色いパンツスーツ姿の女と、紺色のスーツ姿の男が、待ち構えるようにして立っていた。女はショートヘア。年齢は三十過ぎくらいだろうか。目尻が吊り上がっている。腕を組み、顎を持ち上げており、友好的な態度とは言い難い。いっぽう、男のほうは七三分けに細面。女よりは年下だろう。申し訳なさそうな表情を浮かべている。得意客に謝る寸前のサラリーマンみたいだ。


 伊織が「ひょっとして、アンタ達が窓口?」と訊くと、女のほうが「初対面やのに、アンタ達とはご挨拶やな」と不機嫌そうに答えた。


「ごめんごめん。でも、他意はないから」

「意味わからんぞ、クソ女」

「そっちも口が悪いじゃない」

「クソ女にクソ女言うて、なにが悪いんじゃボケ」


 ここで困ったような顔で、男のほうが「ま、まあまあ先輩。喧嘩腰はやめましょうよ」と割って入った。女が「なんや。おまえはこの気色悪いデカチチ女の肩持つんか?」とやり返すように言う。


「肩を持つとか持たないとかじゃなくて、まずは話をしてみないと」

「あたしから話すことはなーんもない」

「で、ですから、先輩」

「ま、ええわ。面倒や。とりあえず、おまえが進めろ」

「わ、わかりました」


 男はふぅと吐息をつくと、再び眉を八の字にして困ったような笑みを浮かべた。それから、「会議室にご案内します」と言い、「こちらへ」と続けると、先導を始めた。俺達三人は男についてゆく。やがて目的の部屋に到着した。十人ほど収容できるスペースだ。楕円形の白いテーブルが中央にある。それを挟む格好で向こうに二人、こちらに三人が座ることになった。


 プラスティック製のこじゃれた黒い椅子に座る前に、男が「オガワといいます。よろしくお願いします」と伊織に名刺を差し出した。すると女は椅子にどっかりと腰を下ろしながら、「こんな奴らにくれてやんなや、あっほんだらぁ」と毒づくように言った。伊織は気にする素振りすら見せず、名刺を俺に寄越してきた。俺は朔夜に名刺を回す。男の名はがわあつというらしい。


「さ、どうぞ。お座りになってください」

「ありがと。小川さんは紳士だね」

「ど、どうも。恐縮です」

「なにデレとんねん」

「す、すみません」

「そっちのおねえさんはなんて名前?」

「ワタライです。渡航の渡に会話の会で渡会――」

「なに勝手にしゃべっとんじゃ、ワレェ」

「す、すみません」

「それじゃあ、渡会さんに小川さん、早速、本題に入ってもいい?」

「アホ抜かせ。こっちは名乗ったんや。おまえらも名乗らんかい」

「確かにそうだね。そっちから見て、右はミウラ、左は本庄、そして真ん中の私は泉。以後、お見知り置きを」

「嫌じゃボケ。すぐに忘れたるわ。けったくそ悪い」

「一つ質問。ねぇ、渡会さん。話をする前からなんで機嫌が悪いわけ?」

「『UC』は知ってる。ルーファスも知ってる。ライブのことかて知ってる。ここまで言うてもわからんかあ?」

「あれ、そうなの? ライブの件は、情報屋にしか流されてないはずだけど」

「あたしにかて、その筋の知り合いくらいいるっちゅうことや。先に言うとくぞ。『治安会』かなんか知らんけどな、当該案件はウチの管轄や。おまえらの出る幕やない。横槍入れてくるなんざ、ゆるさんぞ」

「こちらとしては、ルーファスの身柄を確保できればいいだけなんだけど?」

「ふざけんな。取り調べかてウチでやる」

「トップダウンで捻じ込んであげよっか?」

「そういう脅しには屈しへん。現場のをナメとんちゃうぞ」

「ねぇ、ホント、ルーファスさえもらえればいいんだってば」

「仮にや、ルーファスからいろんな情報を引き出せたとして、そのあと、おまえらは奴さんをどう扱うつもりなんや?」

「もちろん、VIP待遇。拘束し続ける。どれだけ吐いてもそれで全部とは言い切れないから」

「なるほど。わかった。改めて、この件はウチが主管っちゅうことに大決定や」

「話のわかんない女だね」

「おまえに言われたないわ」

「混ぜてよ、お願いだから」

「嫌や言うとんねん」

「いけず」

「うっさい」

「所轄の論理とか理屈っつーか、気持ちの部分はわかるんだよな」

「なんや、おまえ。しゃべれたんか、唐変木。名前は? なんちゅうたか」

「本庄だよ、本庄」

「あたしらの気持ちがわかる言うたな? 要するに、どういうこっちゃ?」

「単純なことだよ。テメーらのシマぁ荒らされて、いい気分のする刑事なんていねーってことさ。でもな渡会さん、『UC』、それに『OF』にまつわる事件ってのは、警察の手には余る気がするんだよ」

「ってことは、なにか? おまえらやったら上手くやれるっちゅうんか?」

「そうは言わねーさ。ただ、どっちにも信念がある以上、俺らとアンタらの間で落としどころを見つけなくちゃなんねー」

「どうしたって、関わりたいってか」

「ああ」

「ネゴりかたがふわふわしてんな。妙な男や」

「しゃべるのは、あんま得意じゃねーんだよ」

「おまえ、ひょっとして、刑事やったんちゃうか?」

「そうだよ。こう見えても、一応、本庁勤めだったんだぜ?」

「本庁は好かん」

「だろうな。それもわかるさ」

「ふぅん」

「ああ」

「……わかった。ええやろ。折れたるわ。ただし、条件がある」

「なんでも言ってくれ」

「『UC』でも『OF』でもええ。ウチで対応できることがあれば、そん時はそう言え。いくらおまえらが隠密的な組織やいうても、それだけは約束せぇ」

「いいぜ、それで。にしても」

「なんや?」

「いや。なんとなくだけど、アンタは『UC』やら『OF』やらに個人的な感情で固執してるように見えてな」

「しばらく前にオフィス街の近くのスーパーで爆破テロがあったやろ? 『OF』が声明出したヤツや。それで妹を亡くした」

「そう、か……」

「もう行け。出ていけ」


 渡会がうざったそうに右手をしっしと動かす。立ち上がってぺこぺこと頭を下げる小川に見送られ、俺達は会議室をあとにした。




 帰りのハマー。助手席の伊織が「ビックリした。交渉事で朔夜が役に立つだなんて思ってなかったよ」と言った。俺も「ああ。少し驚かされた」と続く。朔夜は窓の向こうに目をやりながら、「軍人さんと刑事ってのは、当然、考え方も違ってんだよ」と答えた。


「爆破テロって、例のヤツだよね?」

「ああ。最近、スーパーが爆破されたってのは、あの一件しかねーからな」

「おまえ達が偶然関わったという事件か?」


 爆弾がまだいくつあるかわからないことを理由に消防が救助に入れない状況の中、朔夜が建物の内部に飛び込んでいったという話だった。報告書を読んで俺が感じたのは、朔夜の勇敢さではなく無謀さだ。正義感が強い点は、無論買える。だが、なりふりかまわず危険に身を晒すという点は看過できない。仲間だと認めているからこそ見過ごせないのだ。


 朔夜は窓の外を見やったまま、つぶやくように言った。


「どんなことでも、絶対に、誰かがやんなくちゃいけねーんだよ……」


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