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23.

 負傷したのはハジメである。夜、病室に着いたばかりの俺は立ったまま、そのハジメのことを見下ろしている。やがて、伊織と朔夜がやってきた。ベッドの脇に立つと、伊織は目を閉じたままでいるハジメに対して「コラ。大丈夫なわけ?」と訊いた。ハジメは目を開けない。だが、朔夜からため息まじりに、「起きてくださいッス」と言われると、ぱちっと目を開けて、上半身を縦にして見せた。


「よく見破ったな。さすがは本庄君なんだぜ、ベイベ」

「肩を撃たれただけで、気を失ったままだなんてことはあり得ないスよ」

「朔夜の指摘があと一秒遅かったら、私がアンタの頭を小突いてたよ」

「そうならずに済んで、よかったんだぜ」

「相手は誰だったの?」

「金色のロン毛野郎だ」

「金色のロン毛? それって」

「ああ。『OF』のソムさ」

「どうやって捕捉したわけ?」

「個人事業主の情報屋から後藤さんのところに直接連絡があったのさ」

「その情報屋は、奴のあとをつけた」

「ああ、そうだ、姐御。具体的には、左翼の大物政治家の事務所に入っていったところまで確認した」

「狙えたんだね?」

「二百メートルほど離れたビルの屋上が狙撃ポイントだった。ベスポジだったんだぜ」

「カウンターは? ぬかりなくチェックしたんでしょ?」

「そりゃそうさ。でも、事実として、やられちまった。スコープでソムを確認した瞬間、横から撃たれたんだ。奴の行動自体が、ひょっとしたら、ウチのニンゲンを誘い出すための罠だったのかもな」

「出動したのはアンタだけだった。どうしてかな」

「俺っちが一人でやるって言ったんだ」

「どうして?」

「ソムをそう簡単に始末できるとは考えられない。だけど、ウチとしては奴の存在を看過できない。その二つの事情を天秤にかけた上での折衷案さ。たとえ俺がしくじったとしても、組織への影響は最小限に食い止められるだろ? そのへんを後藤さんに強く言ったのさ」

「アンタはボスに見限られたってことね」

「だ、だからそうじゃないんだってばよ。つまるところ、後藤さんは俺っちのことを信じてくれたんだ」

「まあ、そういう見方もできなくはないか」

「だろ? 俺っちだって誇り高き『治安会』の一員なんだかんな」

「わかった。アンタがくだらないプライドを持ってることも、よくわかった」

「だ、だから姐御、いちいち棘のある言い方はよしてほしいんだぜ」


 朔夜が「政治家先生の事務所から出てきたソムの行き先は、わかんないんスか?」と尋ねた。「ハジメ先輩が仕損じた場合のバックアップ的な措置として、行動確認のために『情報部』のニンゲンを張りつかせておくのが定石ッスよね?」と続けた。


「足取りが掴めているなら、とうに後藤さんから話があると思うんだぜ」

「ま、そりゃそッスね。先輩の言う通りっス」

「奴にあだ名をつけてやるなら、ハジメはなんてつける?」

「また、いきなりの振りなんだぜ、親父殿」

「なんて付けるんだ?」

「天才だな。ジーニアスだ。異様に鼻が利くとか、状況予測が群を抜いているとか、そういったレベルの話じゃないかんな」

「でも、天才だって、不死身じゃないッスよ」

「本庄君、そいつはいいセリフだぜ。カッコいいんだぜ、ベイベ」





 翌日の朝。ホワイトドラムの四階。後藤の居室。例によって、二人掛けのソファには俺と伊織が座っている。朔夜は突っ立ったままだ。


「相手が誰にせよ、リベンジかまさないとね。舐められっぱなしじゃ『治安会』の名折れってもんだよ」

「その通りだ、伊織さん。朔夜君は、なにか言いたいことがあるかい?」

「とりあえず、黙ってお三方のお話に耳を傾けることにするッス」

「無駄口を挟まない。いい心掛けだ」

「恐れ入るッス」

「ソム君だね。彼の動きにフォーカスしたい。まずは伊織さんの意見から聞かせてもらおうかな」

「サムとソム。二人を視認した立場から言うと、現状、やっぱり奴らはウチらと遊びたいだけなんだと思う。それってミスだよ。将来的には必ず自分達の首を絞めることになる。単なるMなんだったら、話は変わってくるけれど」

「ライアンさんは?」

「伊織の意見と意気込みに賛同します」

「どうせまたアクション起こすでしょ。ハジメに手傷を負わせた程度じゃ物足りないだろうから」

「その点も同感、ですな」

「なるほど、なるほど。さて、そんな二人に朗報だ」

「朗報?」

「なんとね、伊織さん、またもや情報屋さんから知らせがあってね。ソムを見つけたそうなんだ」

「本当に?」

「嘘は言わないよ」

「場所は?」

「市の中心部にある三ツ星ホテルに入ったらしい。ウチのニンゲンをやって確認したところ、最上階のスイートに連泊しているということもわかった。彼のここ最近の寝床なんだろう」

「お供の数は?」

「三名だ。同階に宿泊しているようだよ」

「へぇ。余裕ぶっこいてくれるじゃない」

「そこはそうだね。おっしゃる通り、ナメられているとも受け取れる」

「当然、警察の物量作戦は考慮してるよね」

「そう来られても逃げ切れる、あるいは返り討ちにする算段がついていると見て間違いないだろう」

「ライアン、他になにか共有しておきたいことはある?」

「いや。ない」

「朔夜は?」

「難しい話はパスだ。敵さえはっきり見えてりゃいい」

「すぐに思考を停止させる脳筋馬鹿」

「うるせー」

「それじゃあ、ご武運を」


 にこりとした後藤に背を向け、俺達は居室をあとにした。




 くだんのホテルは地上二十七階建て。ソムがいるのは最上階。先乗りした『情報部』の職員が同階の客の避難誘導をホテル側に依頼し、それはつつがなく済んだようだ。ここに来る途中に検問も張られていた。建物の周囲には県警が配備されているということだ。あるいは、ちょっとした大捕り物になるかもしれない。なるべく静かに処理できるに越したことはないが。


 コーナースイートにはサムが一人で宿泊していて、そのすぐ手前の一室に護衛とおぼしき三人がいる。追い込み漁だなと思う。部屋の配置からして、逃走は難しい。フツウに思考すれば危険でしかないにも関わらず、どうしてわざわざ退路を断つような真似をしているのか。すでになにか手を打ってあるのだろうか。まあ、なんらかの仕掛けがあると考えてしかるべきだ。むざむざと捕まる、あるいは殺されるつもりなんてないに違いないのだから。


 連中が部屋を出た様子が監視カメラには映っていないことを確認してから、エレベーターで最上階を目指した。伊織が先頭でエレベーターホールから通路に出る。その瞬間だった。乾いた連続的な発砲音。マシンガンだ。すぐに伊織はホールに退いた。懐から拳銃を取り出し、ほんの少しだけ顔を覗かせて通路の様子を窺う。


 伊織は「ちょっとちょっと。敵さん、やる気満々じゃない」と軽口を叩くように言い、「らしいな」と応じた朔夜は懐から九ミリを抜いた。


「ソムはどこかな。まだスイートにいる?」

「んなわけねーだろ。押し潰されるのを待っててどうすんだよ」

「じゃあ、どこに逃げたっての?」

「知るかよ。お先」


 朔夜が姿勢を低くして、横っ飛びで通路に飛び出しつつ発砲した。続いたのは俺だ。右の肩から提げているサブマシンガンをぶっぱなす。うまく駆逐、処理できた。無論、損害なし。


 ヘリのローター音が耳に届いたのは、その時だった。


「屋上にヘリを用意してたみたいだよ、朔夜君」

「なにのんきに抜かしてやがる。くそっ。ホテルの奴ら、なんでそんな大事なことを言わねーんだ」

「ホント、やんなっちゃうね」


 ソムは部屋のすぐそばの非常階段を使って、屋上に向かったのだろう。今からあとを追っても逃げ切られてしまうことは言うまでもない。奴は俺達の動きを間一髪のところでかわした。やはりはしこい。嘲笑われたような感すら覚える。


 それはガトリングの斉射音だとすぐにわかった。部屋の中から聞こえた。ガラスが容赦なく派手に破られたようだ。


 朔夜が走る。俺と伊織もすぐにあとを追う。カードキーを使ってドアの鍵を解いた朔夜は、無警戒に、あるいは無謀に、とっとと部屋の中へと侵入した。戸口で「待ちな!」と大きな声を出した伊織。ほぼ同時に俺も「待て!」と発した。いっそう大きく聞こえてくるローター音。それもそのはず。リビング内の割られたガラス張りの壁の向こうで、ヘリはホバリングしていた。そのヘリに、朔夜がとっておきのデザートイーグルを向けている。対してヘリはドアガンで応えようとしている。構えているのはソムだ。分が悪いどころの話ではない。ソムがその気になれば、朔夜は蜂の巣だ。


 ヘリが上昇する。ここでやり合うつもりはないようだ。朔夜も撃たずじまい。発砲したところでどうしようもないと悟ったのか。それとも、もっとエグく殺してやりたいというサディスティックな思いが勝ったのか。いずれにしろ、頭に血が上っているようなことはないらしい。


 俺と伊織は朔夜を挟んで立った。揃って飛び去るヘリを見送った。


「伊織さんよ」

「なに?」

「あの野郎、ソムをるのは、多分、俺の仕事じゃねーよ」

「だったら誰の仕事だっていうの?」

「さあな。だけど、とにかく俺じゃねー気がするんだよ」

「なら待とうか」

「なにをだよ」

「もちろん、結果を、だよ」

「お二人さん、話の途中に悪いんだが、報告書にはなんて書けばいい?」

「いいよ、オッサン。俺が書くから」

「先輩思いの後輩だな」

「俺の都合のいいように書くんだよ」

「それもアリだろう」

「さ、ラーメンでも食って帰ろうぜ」

「賛成だ」

「私も賛成」




 翌日の夜、朔夜が病室のハジメに向かって、こう言ったのだ。


「肩に銃創作っただけで、いつまで休むつもりなんスか?」


 年下に生意気なことを言われたにもかかわらず、ハジメは反論したり怒ったりはしなかった。むしろベッドで横になっていることに罪悪感を覚えたらしく、「だ、だよな。肩をやられてても足は動くわけだしな」と言い、どことなくしょぼんとしてしまった。そこで朔夜の頭をぽかっと小突いたのは伊織だった。


「目上のニンゲンをあまり軽んじるんじゃないよ」

「はいはい。私が悪うございました」

「快気祝い、してあげよっか?」

「おお。いいのかい、姐御」

「朔夜」

「あいよ」


 通話を始めた朔夜である。会場をおさえるための電話だろう。


「広い部屋だ。とにかく広い部屋を用意しろ」


 四名しかいないのに朔夜はそう言うわけだ。店側からすると困った客に違いない。それにしてもなぜ広い部屋を要求するのか。しばしばこういうことはある。わざわざ「どうしてそんな真似をするんだ?」と尋ねたりはしないが、少々疑問ではある。


 モノレールでの終着駅までの移動中。得体の知れない黒服の男女が乗車しているわけだ。あからさまな視線を多く感じる。もう慣れている。


 到着した先、その駅構内から出たところにSL広場がある。文字通り、SLの先頭車両が展示されている広場だ。待ち合わせにあたって、いい目印になっていることは間違いない。


 店に到着。和風の店だ。朔夜が「とっとと案内しろ」と店員を怖がらせたので、伊織がまた頭を小突いた。二十人は座れそうな部屋である。長方形の黒い座卓を挟んで向かい合った俺とハジメ。それぞれの隣には伊織と朔夜がつく。

 

 いわゆる、とりあえずのビールが運ばれてきた。ジョッキをぶつけ合って乾杯をしてから、早速ぐびぐびと喉を鳴らしてうまそうに飲んだハジメである。「ぷはぁっ。この一杯がたまらないんだぜ、ベイベ」と、ご機嫌なご様子だ。


「で、傷の具合は、ぶっちゃけ、どうなんスか? 実は心配してるッス」

「おぉ、なんだかんだ言っても、本庄君ってば優しいんだぜ。痛いことは痛い。でも、のたうち回るほどじゃないんだぜ」

「なによりッスね。んで、話題は変わって、これはソムだけじゃなくてサムにも言えることなんスけど」


 朔夜がそこまで言ったところで、刺身に天ぷら、さらに焼き鳥に加え、しゃぶしゃぶのセットまで用意された。


「蟹でも食うッスか?」

「い、いや。追加するなら、今ある物を食べ終えたあとにすべきなんだぜ」

「絶対、食い切れるッスよ」

「俺はこうやってもてなしてもらっているだけでも、涙が出るくらい嬉しいんだぜ」

「なら、いいッスけど。で、なんの話だっけ?」

「サムとソムの話だったぜ。それで、実際、どう思うんだい?」

「ってぇと?」

「二人を逮捕できると思うかい?」

「逮捕じゃなくていいんスよ。この世から、あるいは歴史から消せればいいそれでいい」

「彼らの先にはなにがあって、誰がいるんだろうな。そのへんについて、姐御はどう考えているんだい?」


 伊織は鍋で湯がいた牛肉をごまだれに浸し、それを咀嚼し終えてから口を開いた。


「私にだってわかんないよ。エスパーじゃないんだから」

「神崎がいるってんなら、面白くなりそうなんだけどな」

「別に面白くはないでしょ、朔夜君?」

「なんにせよ、女房をたいらげたカニバリストってことで指名手配がかかってるわけだ。奴さんには、いずれはお目にかかることになるんじゃないかね」

「本庄君、すでに高飛びされてるとも考えられないかい?」

「その心配はないんじゃないかなあ」

「なぜだい、姐御」

「勘、あるいは予感」

「神崎のことならなんだってわかるってわけかい?」

「ある程度はね、って、こんなこと言わせるな、馬鹿ハジメ」

「す、すまねぇ」


 朔夜が煙草に火をつけた。知らんぷりをしているわけではない。不機嫌そうな顔もしていない。ただ、苦笑しているように見えた。伊織と神崎との仲。現状においてはつながりはなくても、いざ、二人が対面した時に伊織がどういう行動に出るのか。その点については、やはり朔夜も推し量りかねているのだろう。


 俺は俺で、すべてが上手くおさまるよう、手を尽くそうと考える。


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