2.
我が組織の本部は、のっぺりとした円柱型の形状から、”ホワイトドラム”と呼ばれる。
召喚命令を受け、そのホワイトドラムを訪れた。四階に上がり、エレベーターホールから出て、なだらかに右方へと湾曲している通路を進み、目的の部屋へと至った。出入り口の引き戸は自動ですっと開く仕組み。中に入ると、一人掛けのソファについている後藤の顔がこちらを向いた。「やあ」と気さくな挨拶。頭はすっかり禿げ上がっていて、裾の部分に白髪が残っているだけだが、無論、ただの老人の物腰、雰囲気ではない。確かな威厳と大物感をまとっている。
部屋にはもう一人いた。朔夜である。こちらに背を向ける格好で二人掛けのソファに座っている。首を回して横顔を見せると、「よぉ、オッサン」と、いつものセリフ。「まあ、座れよ」と続ける。相変わらず、ガキのくせに言葉遣いがなっちゃいない。
朔夜の隣に、俺はどすんと腰を下ろす。それから腕を組んだ。
「どうも、ライアンさん。ちょっと久しぶりだね」
「ええ。そうですね」
「スクエアのサングラスが今日もよく似合ってる。迫力がありすぎるとも言えるけど」
「はずしましょうか?」
「いや。そのままでいいよ」
「どういった用向きですかね」
「それがだね、オフィス街のビルが左派系の連中に占拠されてしまったんだよ。『亡国の騎士団』が犯行声明を出した。当該組織は知っているかい?」
「名前程度は」
「うん、それくらいでちょうどいい」
「人質は?」
「いない」
「要求は?」
「今のところ、ない」
朔夜が「奴さんらは、馬鹿じゃねーんスか。おつむん中に脳みそ入ってんスかね。人質もとってない。なにも要求してこない。自殺願望者の集まりとしか思えないじゃないッスか」と発言した。
「まったくもって、そう判断するより他にないんだけどね。しかし、どうあれ解決する必要はあるだろう? 今は行動を起こしていないだけであって、いよいよにっちもさっちもいかなくなったら、周囲に被害をもたらすかもしれないんだから。そうは考えないかい?」
「まあ、強く否定はしないスよ。でも、たまには警察の物量作戦に任せるのもアリじゃないッスかね。連中をへたに遊ばせておくことはないと思うッス」
「それがね、彼らは嫌だと言ってる」
「なんでッスか?」
「身内に一人の被害も出したくないからだよ」
「はあ? それ、マジ言われたんスか?」
「こっちで請け負うって、もう返事をしちゃったから」
朔夜が舌を打って頭を掻いた。
「安請け合いもいいとこッスね」
「現状、急ぎの業務はないんだよ。本当にないんだ」
「だからっつって」
「四の五抜かすな、朔夜。部下は上官に命じられたことはやらなきゃならん」
「上官って、オッサン、それ、軍の話だろ?」
「サラリーマンにだって同様のことが言える」
「さすがだ。ライアンさんは話がわかるね」
朔夜はまた頭を掻いた。
「で、やり方は?」
「それは君達に任せるよ、朔夜君。好きにやっていい。ちなみに、問題のビルすでには孤立化している。人払いは済んでいるということだ。ま、警察にもそれくらいはやってもらわないとね」
「了解ッス。精々、上手くやってご覧に入れるッスよ」
「ライアンさんの意気込みのほうは?」
「俺なりにやらせてもらいます。朔夜、住所くらいは頭に叩き込んでおけ」
「偉そうに命令してくれてんじゃねーぞ」
「目上のニンゲンは敬うものだ」
「知るかよ、んなもん。でもまあ、道案内くらいはしてやんよ」
「それで、伊織はどうしたんだ?」
「物件を探しにいった」
「物件?」
「俺と一緒に暮らしたいんだと」
「伊織にも、もう少し男を見る目があったらな」
「おやおや、ライアンさん。朔夜君はイイ男じゃないか」
「後藤さん、朔夜は取り扱いに注意する必要がありますから」
「ヒトを危険物みてーに言ってくれてんじゃねーよ」
後藤がそらで言った住所を聞き終えると、朔夜は「どっこらせ」とソファから腰を上げた。幼稚園児のような大きな声で「行ってきまーす」と言いながら出入り口に向かい、自動式の引き戸の向こうへと姿を消した。
俺は後藤のほうに向き直った。
「ただの無意味な立て籠もり事件ですか」
「そう言ったつもりだよ」
「それ以上でも以下でもないと?」
「そういうことだ。新型の閃光弾があるんだけど、試してみるかい?」
「それだと多少、まどろっこしいですな」
「じゃあ、どうするんだい?」
「事後、報告します」
「あまり派手にやらないようにね」
「どうしてそんな忠告を?」
「ウチのメンバーの中で最も火力があるのは君だからさ」
「心に留めておきます」
現場を訪ねるにあたっては、俺の黒いハマーを使う。右ハンドルだ。ナビシートから朔夜が声を掛けてきた。
「いいよな、この車。頑丈なデカいボディにゴツいタイヤ。まるで揺れやしねー」
「伊織のスイフトは嫌いか?」
「いや。アイツはアイツできびきび走るからな。嫌いじゃねーよ。つーか、おっさんにハマーは似合いすぎる。まったく、剣呑なこった」
「俺自身、日々を穏やかに過ごしているつもりなんだがな」
「そいつは錯覚だ。それで」
「なんだ?」
「なんだもクソもねーよ。どんな手ぇ使って、敵さんを沈めるつもりだ?」
「ブリーフィングは必要ない」
「けっ。勝手なもんだ」
「今回の現場のごく近くで以前、事件があってな。その時、俺は悠の奴と一緒に仕事をした」
悠。忍足悠。いつもぼーっとしているにも関わらず、いざ仕事となると確実に結果を残すニンゲンだ。鬼のようなスペックを誇っている。強者なのだ。容赦がないのだ。背が低い小男だが極上の美男子。特に年上の女をとろけさせるタイプだろう。いや、実は頼れるタイプでもあるから、年下からの需要もあるかもしれない。とにかくモテるであろうことは間違いない。
ハザードをつけて路肩に車をとめ、目的地に向かう。一分ほど歩いて、オフィスビルに囲まれた中庭に到着した。ビルのうちの一棟が現場である。
「この中庭、えらく広いな。滝までありやがる」
「無機質な場所だ。人工的な自然があってもいいだろう」
「人工的な自然ってのも、変な言い方だな」
「そうだな」
「半径五十メートルは交通規制。ビルのニンゲンも、避難が済んでる。ド正面からドンパチすんのか?」
「馬鹿を言え。怯ませてやって、一方的に駆逐する」
「だから、そんな真似、どうやって――」
俺は、肩に提げていた重厚な黒いケースを地面の上で開いた。簡素な造りながらも威力は抜群の一品を取り出した。筒状のそれを見て、「げっ」と声を上げた朔夜である。
「相手の注意を派手に逸らしてやる。その間に突入しろ」
「なんつー乱暴な作戦だ」
「せいぜいうまくやれ。男のコだろう?」
「いちいち癪に障る言い方すんな」
「怪我をすることはゆるさんぞ」
「わかってら」
朔夜がビルに向かって走り出す。こちらが動けばアイツも行動する。馬鹿な坊やではあるが、やるべきことは理解している。だからこそ信頼している。仲間とはそういうものだ。
肩に担いだ無反動砲を六階と七階の間の壁に撃ち込んだ。圧倒的な火力をもって敵の戦意を一方的に削いでやる。それが目的だ。とにかく相手の動きを制限する。それが自身の役割であり、任務でもある。
数分後、朔夜が姿を現した。開け放った七階の窓から上半身を乗り出し、オーケーのサムズアップ。格別の成果が得られたらしい。かさばる武器を持ってきた甲斐があったというものだ。
警察が立ち入るのと入れ替わりに朔夜が出てきた。
「女は? いなかったのか?」
「野郎しかいなかったぜ。ホント、奴さんらの目的はなんだったんだろうな」
「ただかまってほしかったんじゃないのか」
「んなことあり得んのかねぇ」
「ニンゲン、なにをしでかすかわからん」
「それくらいは理解してるッスよ、オッサン殿。んで、ぶっ壊した壁はどうするんだ? ウチで修理費をもつのか?」
「そこまでは知らん」
「知らねーのかよ。とはいえ」
「なんだ?」
「いや。やっぱ、アンタと仕事をするのは悪くねーなって思ってよ」
「俺はできるだけ御免こうむりたい」
「なんでだよ」
「子守りは性に合わんのでな」
「嘘ついてんじゃねーよ、カミナリオヤジ」
そう言って爽やかな笑顔を見せた朔夜と、俺は拳をぶつけ合った。