18.
「とにかく、正装で来てくれよな。了解か? 了解だよな? いいよな? 親父殿。いっちょ、よろしく頼むんだぜ、ベイベ」
ハジメの奴にケータイで無作法かつ一方的にそう呼び出されたのだった。
翌晩、冬空の夜。止む無く出張り、俺は直方体の、のっぽなホテルの地下駐車場にハマーを滑り込ませた。エレベーターを使って最上階に至る。こちらの図体といかつさを目にしてだろう、ぎょっとした表情のホテルマンに、コートをクロークに入れてもらうよう頼んだ。ちょっと大仰な感のある観音開きのドアの脇に、腕時計をしきりに気にしているハジメの姿があった。
「おぉっ、来た来た、やっと来た。ウェルカムだぜ、親父殿」
「見ての通り、きちんと正装だぞ」
「見慣れた黒スーツなんだぜ」
「おまえだって、そうだろうが」
「胸ポケットにシルクのハンケチだなんて、おしゃれなんだぜ、ベイベ」
「それくらい当たり前だ。で、なんだ? 急用か?」
「急用も急用なんだぜ」
「中に入ればいいのか? そしたら拍手喝采でも起きるのか?」
「それはないだろうな。でも、注目を集めることは間違いないんだぜ」
「なにが言いたい? ふらふらした言い方をするな」
「そう言われると弱いんだぜ」
「面倒だ。入るぞ」
「ブリーフィングは要らないか?」
「要らん。必要ない」
「なにが待ち構えているかわからないのにかい?」
「どうせ、つまらんことなんだろう?」
「俺っちにとっては、つまらないことでもないんだぜ」
「そんなこと知ったこっちゃない。行くぞ」
「了解だ。いざ戦場へレッツゴーだ」
ハジメと観音開きのドアの前に立った。二人のホテルマンがそれぞれの戸を仰々しく引いて開けてくれる。ホールに姿を晒した瞬間、確かに注目を浴びた。男女問わず驚きの顔ばかりである。
「なんだ、ここは」
「勘が悪いにもほどがあるぜ、親父殿。男子も女子も着飾ってるだろ?」
「それがどうした?」
「合コンだよ、合コン。ちょっとハイソな合コンなんだぜ、ベイベ」
「合コン? ハイソ?」
呆れてしまった。すぐさま参加者らに背を向ける。
「お、親父殿、待ってくれ」
そう言いつつ、俺の胸に手をやって押し戻そうとするハジメ。
「こういう催し事に出るのはおまえの勝手だ。俺が呼ばれた理由がさっぱりわからん」
「一般的なヤツならそうでもないんだけど、こういった富裕層のものともなると、俺っちだって尻込みしちまうし、緊張しちまうのさ。そこで仲間が欲しかったのさ」
「馬鹿か、おまえは。だったら、出なければいいだろうが」
「いやいや。こういう高貴な場にも顔を出せるようになりたいのさ」
「分不相応な考え方だ。もっと自分を顧みろ」
「そう言ってくれるなよ。俺っちの幅広く手広い婚活に協力してくれよ」
「おまえ一人の問題だ。おまえ一人で片づけろ」
「だから、そんな無情なこと言わないでくれよ」
「俺は帰る」
「ただ突っ立ってくれてるだけでいいんだ。それだけで安心できるんだ。お願いだ。付き合ってくれよぅ」
懇願されると弱い。なんだかんだ言っても、ハジメだってかわいい後輩だという評価は揺らぎようがないからだ。協力してやりたい気持ちはどうしたって芽生えてしまう。合掌しながら、ぺこぺこと頭を下げてくるハジメを見ていると不憫にも思えてくる。というか、人目を集めている中にあって、俺に対してあまりにも下手に出る様子は、ご婦人方には情けなく映ってしまうのではないか。しょうがない。ここはとっとと折れてやるべきだと判断する。
「参加費は?」
「大丈夫だ。俺が持った」
「わかった。付き合ってやろう」
「本当か? マジでか?」
「そのかわり、料理は遠慮なくもらうぞ」
「なにせ立食パーティだ。ビュッフェだ。好きなだけ食ってくれよ」
「あくまでも俺は食べているだけだぞ?」
「それでいいんだぜ。いてくれるだけで、ありがたいんだぜ。さあ、やるぞーっ!」
「精々、頑張るんだな」
ホール内の盛り上がりは無視して、ロブスターのグラタンに和牛のローストビーフといったメニューを容赦なくたいらげる。タダで豪勢な夕食にありつけたのは少々幸運かもしれない。ハジメも女性とそれなりに上手くコミュニケーションをとっているようだ。だが、職業が職業だ。伴侶を持ったら持ったで、その大切な女に魔の手が忍び寄る可能性は考えないのだろうか。根本的に使命感と危機感とが欠如していると言えなくもない。まあ、婚活自体を否定するつもりはないのだが。
突然のことだった。「あ、あのー……」と若い女が声を掛けてきた。背の低い女だ。丈の短い黒いドレスに身を包んでいる。露出が多いその女のうしろには、さらに二人。それぞれ白とブルーのドレス姿だ。
「なんだ。なにか用か?」
「その髪型、クルーカットっていうんですよね? 知ってます。軍人さんなんですか?」
「もう退役した。用があるなら、とっとと言え」
ややキツく聞こえるであろう口調はわざとだ。変に興味を持たれても困る。面倒だ。しかし、女三人に臆した様子はまったくない。特に先頭の黒いドレスの女に至っては目を輝かせて、「サングラス、取っていただけませんかっ」と声を弾ませたくらいだ。
「夜でもサングラスだなんて、自動ドアにぶつかったりはしませんか?」
「しない。問題はない」
「素顔、見せてくださいよぅ。気づいてますか? 女性陣はみんな、おじさまに興味津々なんですよ?」
言われてみると、あちこちから視線を感じる。ハジメの奴と来たら、女がまったく相手をしてくれなくなったからだろう、わざとらしく右腕で目元を擦って泣いているフリ。実際に泣きたい心境なのかもしれない。ハジメの奴は見た目は悪くないのだが、仕草やアクションがいちいち大げさで、ともすればうっとうしく映ってしまう。女にモテたいというのであれば、モテるようにセルフプロデュースするべきだ。
「おじさま」
「おじさまなんて呼ばれるような、偉いニンゲンじゃない」
「私達三人、おじさまに乱暴されたいんです」
「なにを言っている?」
「私達とベッドの上で違うパーティをしませんか?」
「おまえ達はそれなりの家柄にあるニンゲンなんじゃないのか? だったら尚更だ。馬鹿みたいなことを言うな」
「高貴さがウリのヒトももちろんいますけど、私達はこういうノリなんです」
「とにかくお断りだ」
「えー」
サイドポケットのケータイが振動した。一応、女達に「失礼」と断ってから、通話に応じた。声の主は、「ハーイ、ライアン」といった具合に伊織だった。
「どうした? なにかあったのか?」
「合コンは順調?」
「おまえ、どうしてそれを知っているんだ?」
「ハジメ本人から聞かされたの。婚活をするにあたって、親父殿にちょっくら手伝ってもらうんだって嬉しそうに話してた」
「俺はなにもできんし、しとらんぞ」
「ライアンはライアンで楽しんだらいいのに」
「メシはまずくない。それだけだ」
「そこ、綺麗なホテルだよね。はたから見てもじゅうぶんに目立つ」
「近くにいるのか?」
「そこから見て北側の真向かいのビルに、私と朔夜はいる。ライアンが今いるところと高さはほぼ同じ」
俺は伊織達がいるらしいビルのほうに目を向けた。確かにこちらよりもさらに背の高い建物がある。フロアごとにオフィスが入っていそうなビルだ。たくさんの窓が縦に横にと並んでいる。
「それで、用件は?」
「問題発生中」
「どんな問題だ?」
「背景と詳細は端折るね。犯人グループは計七人。六人は仕留めたけど、その仕留めるまでの間に職員を人質にとられちゃった」
「ほぅ。そうなのか」
「人質ちゃんは首に腕を巻きつけられていて、喉元にナイフを突きつけられてる。人質ちゃんの背は、犯人より頭一つ低い」
「的はじゅうぶんに大きいな。とっとと片づけてしまえばいい」
「人質ちゃんは、可愛い女のコなんだ」
「それがどうした?」
「仮に私が撃ったら、彼女はどう感じると思う?」
「おまえに感謝するんじゃないのか?」
「違うね。人命を最優先にしない人非人だと思われるよ。私はそんなの御免」
「嘘をつけ。そんなことを気にするおまえじゃないだろう?」
「とにかく、ハジメに伝えて。アンタが殺りなって」
「合コンにライフルは持ってきているというのか?」
「持ってくるんだよ、ハジメって奴は。もう切るよ」
「待て。朔夜はどうしてる?」
「ステイさせてる。だけど、そろそろしびれを切らしそう」
「わかった」
「頼んだからね」
通話終了。
「親父殿」
ハジメがそう呼び掛けてきた。真剣な顔つき。ただならぬ空気を嗅ぎつけたらしい。俺は状況を手短に説明した。ハジメはホールから出ていった。戻ってきた時には黒い箱を右手にぶら下げていた。テナーサックスでも入っていそうな大きな箱だ。クロークに預けていたらしい。
「俺が思っていたより、おまえは仕事熱心みたいだな」
「俺っちだって、『治安会』の一員だかんな」
俺はハジメから双眼鏡を受け取った。一キロ程度離れた目当てのビルの窓越しに、男が背を向いて立っているのが確認できた。
「ハジメ。できるか? おまえに」
「ベイベ、親父殿。ナメないで欲しいんだぜ。いつも通りさ」
「了解だ。俺もいつも通り、おまえの腕に期待させてもらう」
じっとしていろと、俺は合コンの参加者に強い口調で告げた。みなが言うことを聞いてくれたところで、ガラス張りの壁の下部を数か所、懐に忍ばせていた拳銃で撃った。所詮は九ミリだ。分厚いガラスを貫通するには至らない。それでもひびを入れることはできた。革靴の爪先で蹴ってガラスを割る。ハジメは早速伏射の態勢。空いた穴から銃身を覗かせ、「よぉく見える。狙い撃つぜ」と静かに言った。
ハジメが狙撃した。見事なヘッドショット。目標が膝から崩れ落ちる様子を、俺は双眼鏡で確認した。念のため、伊織に連絡を入れる。
「人質は無事か?」
「問題ナシ。さすがだねって褒めといてあげて」
「図に乗るから、それはせん」
「バーイ、ライアン」
伊織のほうから電話が切られた。
「さ、帰ろうぜ、親父殿。今回の合コンは、俺っちとは縁がなかったみたいだ」
「おまえが一人で不安だと言うなら、これからも付き合ってやらなくもない」
「天国のレオナさんが、怒るんじゃないのか?」
「レオナは大らかな女だった」
「じゃあ、なにかの折には、また協力してもらうことにするんだぜ、ベイベ」
ハジメがライフルを箱におさめた。そして、俺達は何事もなかったかのようにホールをあとにした。割れたガラスの処理と修繕費は、まぁ、誰かがなんとかするだろう。




