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17.

 伊織と朔夜は温泉バカンスらしい。


 俺は事前に伊織から、「一泊旅行に行くんだあ」と聞かされていた。伊織はうきうきした様子で、子供みたいに無邪気な笑顔を隠そうともせず、隣に立つ朔夜の肩を抱いて見せたのだった。なんでも部屋には露天風呂がついているらしい。が、ついていると言っても、湯船はそう大きくはないだろう。嫌気の差した顔で「狭い」を連呼する朔夜。いっぽうで「これがいいんじゃない」と、はしゃぐ伊織。並んで湯に浸かる様子は容易に目に浮かんだ。




 ハマーを運転中。後部座席には悠と曜子の姿がある。県の南西部にある港に向かっている。ウチの『情報部』が掴んだネタは、大手と言って差し支えない暴力団が、海外からこの国に武器を持ち込もうとしているらしいということ。船籍はパナマ。船はそれなりに大きなものだと聞かされた。


 後藤の指示は、港についた貨物船の内部の検閲作業を行えというものだ。珍しい部類の案件と言える。まあ、後藤から「主体的にやれ」と言われればなんでもやるのが『治安会』ではあるのだが。


 港に到着。


「ミウラさんはここにいてください。僕と黒峰さんとで対応しますから」


 悠はそう言い、二人は舟橋を使って問題の船へと向かう。悠が前を行き、曜子が続く。軽武装の警官が数名ついていく。人員は事足りるだろう。俺の出る幕はないかもしれない。その場合、俺の今日の仕事は運転だけだったということになるが、それならそれでかまわない。


 曜子はそろそろ立派になってきたなと思う。荒事が専門のウチの仕事にだって、『実行部隊』の一員として、ついていけるようになりつつある。いずれは一人で案件対応をするケースも発生することだろう。若い奴は、ある程度、好き勝手やってくれていい。フォローアップするのが俺の役割だ。それにしても、一人での留守番中、ハジメの奴は気を緩めたりしていないだろうか。せめてお気に入りのライフルのメンテナンスでもしておいてほしい。軍にいて、のちに海外でゲリラに属していたと言っても、アイツの根っこは臆病者だ。ゆえに、満足にスキルを活かせないこともあるのだ。せめてものつもりでいつも言っている。「自分の身くらい守って見せろ」と。するとハジメは、「そんなのわかってるんだぜ、ベイベ」という軽口しか叩かないのだが。


 事が起きたのは、悠と曜子が乗船して、ややあってからのことだった。いきなりだ。いきなりもいきなり爆発音が轟いた。あっという間に船が火を吹き始めた。黒い煙がもくもくと立ち上る。


 俺はなかば唖然となりながら車からおり、船を見ながら気づけば「ふざけるなよ……」と呟いていた。続いて「悠! 曜子!」と叫んでいた。近づくことでおのずと知れた。船倉で爆発が起きたようだ。二人がそこにいた場合、どうなるのか。急いで舟橋に向かう。船に乗る。多大な浸水が始まっていてもおかしくない。救出の時間は限られている。だが、助けに入る必要はなかった。船倉へと続くはしごから、曜子が姿を見せたのだ。外傷はないように見受けられる。悠も出てきた。だが、悠は甲板に立ったところで、体を預けるようにして俺のほうへと倒れ込んできた。曜子は「忍足さんっ!」と悲鳴のような大声を上げたのだった。


「手榴弾を使って自爆しようとした男がいて……。次の瞬間には、忍足さんは私を押し倒すようにして盾になってくださいました。その際に、背中を……」


 確かに背の肌を露出する格好になっている。結構な火傷だ。気絶した理由はわからない。運悪く爆風に脳を揺らされたのだろうくらいの予測はつく。


 曜子は「忍足さん! 忍足さん!」と悠の横顔へと叫びを向ける。船が大きく揺れ動く。また「忍足さん! 忍足さん!」と叫ぶ。取り乱しているのは明らかだ。俺は悠を肩に担ぎ上げてから、曜子の頬を軽くぶった。


「ミウラ、さん……?」

「冷静になれ。悠はこの程度で死んだりせん。意識だってすぐに取り戻す」

「応急処置とかは、どうやればいいですか? 私、なんでもします」

「中途半端な手当てをするくらいなら、病院に連れていったほうが早い」


 船内にはまだ生存者がいるかもしれない。しかし、中に入ったところで救助できるとは限らない。時間的な猶予もない。よって諦めるしかない。なにより悠を早く医者に見せたいという思いもある。


 不安定な舟橋を渡り、ハマーに近づく。先に後部座席につくよう、顎をしゃくって指示した。それを受けた曜子は速やかに乗り込んだ。それから悠をのせた。曜子に膝枕をさせてやった格好だ。


「ミウラさん、助かりますよね? 忍足さん、助かりますよね?」

「言っただろう? その程度じゃ死なん」


 車を出す。バックミラーを見る。曜子は顔を両手で覆ってしまった。


「悠は無事だ。曜子、おまえも無事だ。それならなにも問題はない」

「でも、だけど、忍足さんの背中には一生消えない痕が……」

「悠がそんなことを気にする男だと思っているのか?」

「思いません。ですけど……」

「ノープロブレムだ。安心しろ」

「悠、さん……っ」


 ほぅ。いよいよ切羽詰まった時には、曜子も「悠」と呼ぶのか。微笑ましいことだ。


 病院に到着し、治療室の前ではらはらと涙を流す曜子の肩を抱いてやった。悠はもう目覚めているらしい。


「いつまで経っても私は未熟です。使い物になりません。クビにしてもらいたいです」

「つまらんことを言うな」

「でも、私は、私は……」

「悠にとって、おまえはかわいい後輩だよ」


 そう言ってやると、曜子は顔を覆ったまま、すすり泣いたのだった。





 温泉バカンスを終えて、その帰りしな、ついでとばかりに我が喫茶店を訪れ、丸椅子に並んで座った伊織と朔夜に、事の顛末を話した。


 伊織が、「悠君も黒峰ちゃんも災難だったね」と述べると、朔夜は「軽く言ってんじゃねーよ。ったく、やってくれたよな。ムカついてしょうがねーぜ」と反応した。俺は「まったくだ」とだけ言い、「旅行はどうだったんだ?」と訊ねた。


「メチャクチャ楽しかったよ。男と温泉街を歩ける日が来るなんて、思ってもみなかったから」

「俺は二度と御免だね。めんどくせーから」

「うっさい、黙れ。何度も言わせるな。私の幸せには無条件で協力しろ」

「はいはい。んで、悠先輩の容態は?」

「それなりに派手な火傷だ。やはり痕は残るらしい」

「だけど、そんなこと、気にするヒトじゃないわな」

「むしろ、曜子のほうが落ち込んでいる」

「それも、ま、無理ないわな。にしても、自爆するたぁなあ」

「なにがあっても物的証拠だけは残すな。あらかじめ、そう指示されていたのかもしれん」

「残酷な指示もあったもんだ」

「で、ライアン、本件について、なにか新しい情報は掴めたの?」

「後藤さんが、いよいよ動いた」

「ボスが直々に?」

「武器の密輸には続きがあると睨んだんだよ」

「要するに? 端的に言うと?」

「伊織、おまえも知っての通り、後藤さんは裏の世界にも顔が利く。密輸の件を不問に付すことを条件に、卸し先を聞き出した。『UC』だよ」

「なるほど。そういう結論に行き着いちゃったか」

「伊織はどうしたい?」

「仕返ししてやりたい。朔夜は?」

「動く動かねーの前に納得できねー点がある」

「それは?」

「後藤さんが密輸の件を見逃したって部分だ。俺からすりゃあ、ヤクザも報復の対象に入って当前だぜ」

「だから、そこはトレードオフってことだったんでしょ」

「アホどもはみんなぶっ殺しちまえばいいじゃねーかよ」」

「なんだ。わかってるじゃない」

「理解はできてても、そんだけだ」

「そういう乱暴で粗野なところがドSっぽくて好きだって言ってあげる」

「うるせー」

「黒峰ちゃんはなんて言ってるの?」

「リベンジには参加したいらしい。だが」

「不参加を促した?」

「ああ。悠のそばにいろと伝えてある。リンゴでも剥いてやれとな」

「そうだね。その役割は黒峰ちゃんしかできないもんね」

「んで、どこに攻め込むんだよ。トレードオフかなんかは知らねーけど、結局はやるんだろ?」

「ホワイトドラムから北東に十数キロ。その繁華街にあるビルの一棟が、『UC』の持ち物らしい。そこを潰す。『治安会』を舐めるなというメッセージだ」

「ま、伊織さんから言わせると、攻め入るのは深夜だね。セオリー通りだから、詰めてる構成員は多いかもしれないけど、それはそれでイイ感じじゃない」

「ああ。たくさん食えたほうがいいじゃねーかよ」

「いっちょう、やったろうじゃないか」

「おっ、ライアン、珍しく乗り気だね」

「ああ。今回ばかりはちょいとゆるせんからな」


 俺がそう言うと、伊織も朔夜も邪悪な笑みを口元に浮かべたのだった。





 夜。ハマーをコインパーキングに入れ、ラゲッジスペースから抜き身のRPGを持ち出した。


「おいおい、オッサン。マジでそれ使う気か?」

「俺は至って正気だ」

「おまえらふざけんなって話か」

「そうだ。おまえらふざけるなよって話だ」


 街中へ。深夜だがまだ人通りはある。だからこそ、先方は安全な事務所、アジトだと踏んでいることだろう。だが、侮ってもらっては困る。こちとら容赦もしなければ、失敗もしない。恐怖を与えてやった上で八つ裂きにする。ただ、仮眠でもとっているようであれば張り合いがない。寝惚けているなら目を覚ませとの思いで、RPGの一発目を最上階へとぶち込んだ。それを号砲に、伊織と朔夜が右手に拳銃をぶら下げて、ゆっくりと歩んでいく。


 二人が侵入してから、まもなくして、けたたましい銃の鳴き声が聞こえてきた。相手は迎撃しているようだ。が、問題はないはずだ。むしろ順調だろう。順繰りに仕留めていると考えられる。


 やがていっさいの銃声が消えた。RPGで吹き飛ばしたせいで絶壁となっている最上階から、伊織が見下ろしてきた。


「ライアン、ちょっと来て!」


 なにが起きているのかは不明だが、とにかく出番らしい。警察がようやく到着した。俺は「キープアウトだ!」と叫んだ。巨躯と、それに見合った低い声に気圧されてか、制服警官らはぴたっと立ち止まった。「野次馬を近づかせるな!」と続けると、揃ってうなずいて見せる。素直なのはいいことだ。


 一階通路を進み、エレベーターで最上階へ。大勢のヒトが死んでいる。九ミリのみでこれだけしでかせるのは評価すべき実力だと言っていい。


 まっすぐ歩いて突き当たりの部屋に入る。ヤクザの事務所然とした雰囲気。ガラス片とコンクリート片がそこらじゅうに散らばっている。そんな状況にあって、両手を上げた小太りで禿げ頭の男が、地べたにひざまずかされている。男の後頭部には朔夜が拳銃を突きつけ、いつでもれる格好だ。


「馬鹿みてーにドデカいこのオッサンは仲間なんだわ。だからよ、おまえがしたこと、もっかい話してみろ」

「ぶぶ、武器の輸入は私の一存によるものです。それだけです」

「ああん? それだけ、じゃねーだろ? ちゃんと語れよ。もっとよ」

「か、海保にはいくらか包んでいました。そそ、その上で邪魔が入るようなら、証拠を隠滅しろ、と……」

「そういうことなんだってよ、オッサン」


 俺は「確かにおまえは『UC』のニンゲンなんだな?」と訊いた。すると「い、いえ、それはその……」と返ってきた。


「俺はヒドく責め抜いた上で、おまえをあの世に送ることができる。それが嫌なら、もう少し突っ込んだことを話してくれんかね」

「わ、私は、私は……」

「吐かねーよ、コイツは。よっぽど上役が怖いんだろうな。そうだろ、ああん?」

「は、はいっ」

「いい返事だ。だけどもうウゼーわ。もう死ね」


 朔夜が男の後頭部を撃った。すぐさま死体と化したその体は、ぐしゃっと前のめりに倒れた。


 伊織が前髪を掻き上げながら、「女がいなくて助かったよ。いたら制圧にはもうちょっと時間を要したと思うから」と述べた。


「向かってくるなら、女だろうが撃ったぜ」

「嘘をつくな。この馬鹿ちんフェミニスト」

「うるせー」

「事実じゃない」

「うるせー」

「それしか言えないわけ?」

「うるせー」

「もういいだろう、お二人さん。とりあえず、悠と曜子に吉報を届けることができる。素晴らしいことだ」

「三人揃って見舞いは邪魔になんだろ。オッサン一人で行ってくれ」

「そうさせてもらう」




 翌日、悠の病室を訪れた。綺麗な個室だ。暖房の効きもちょうどいい。ベッドのリクライニングを使って上半身を起こしている悠の表情は普段通り、ぼーっとした顔だ。布団を腹の上まで掛けており、こちらを向くと話し出した。


「もう全然いいんですけれど、医者はもう少し様子を見たいそうです」

「こういう機会でもないと、おまえは休まんだろうからな。いい休暇だと思えばいい」


 ベッドのすぐ脇、窓を背にした位置で、曜子がパイプ椅子に座っている。リンゴがのった白い皿を「どうぞ」と悠に差し出した。申し訳なさそうに手渡した。なんという不格好な切り方だろう。丸いものもあれば四角いものもある。ぶきっちょにもほどがある。なんでも器用にこなすタイプだと思っていたのだが、極端に苦手な作業もあるようだ。


「黒峰さん。次からは僕が剥くよ」

「私は忍足さんに迷惑をかけてばかりですね……」

「後ろ向きなのは、君らしくない」

「どうしたら完璧なニンゲンになれるんでしょうか……」


 曜子は悠を見て、それからすがるような目を俺に向けた。


「完璧なニンゲンなんて存在しない。そう気張るな、曜子。真剣さは必要だが、真面目すぎるのも考えものだ。おまえはおまえのままでいればいい」

「はい……」


 目に涙を浮かべ、ぺこりと頭を下げて見せた曜子だった。


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