12.
雪の日の朝。場所はホワイトドラムの四階、後藤の居室。後藤は向かいの一人掛けに、二人掛けのソファには俺と伊織が座っている。最も年下の朔夜は二人掛けの脇で突っ立っている格好だ。
「先だってのミズノ君の件、ご苦労だったね」
「伊織が投げて、朔夜が撃った。そういうことです」
「ライアンさん、それだけじゃあ、状況がわかりにくいんだけれど。そこで伊織さん?」
「わざわざ報告するまでもないってこと。書類の作成もお断り」
「ちょちょいとキーボードを叩くだけじゃないか」
「その時間がもったいないの」
「じゃ、朔夜君に話を振ろう」
「小物でした。だからその場で殺したんス」
「泳がせておくって手もあったように、僕なんかは考えるんだけど」
「小物だって言ったッスよ」
「まあ、結局は、その一言に尽きちゃうか」
「ある意味、ミズノはかわいそうなのかもね。組織にいいように使われて、挙句、なんの成果もあげられないまま殺されちゃったわけだから」
「ミズノ君にだって両親はいるだろうしなあ」
「そんなことを気にしてちゃ、ケンカなんてできないでしょ」
「それはその通りだ」
「話、変えるよ。例えば、ルーファスの動きなんかはどうなの?」
「掴めていない。知らせがまるでないものだから、行確のしようもない」
「だったら後藤さん、サムとソムの動向はどうなんスか?」
「おっ、朔夜君、ちょっとしたキラーパスだね」
「どうなんスか?」
「同様だよ。足取り、足跡は皆無だ」
「困ったもんスね」
「僕の目下の興味は一点に絞られている。『OF』、『オープン・ファイア』だよ。彼らというヒエラルキーのトップに君臨しているのが、神崎英雄であるのかどうか、その点が気になってしょうがない」
神崎、神崎英雄。
互いが軍属だった折、伊織と男女の仲にあった男のことは、俺も常に気にしている。神崎は世間でも有名だ。カニバリズムを体現したニンゲンとして知られている。癌で亡くなった女房を自宅で骨すら残さずむさぼったのだ。それほどまでに女房を愛していたのだ。
その現実は、神崎を愛し、神崎と不倫にまで及んでいた伊織からすれば嘆かわしいことでしかなかっただろう。結局のところ、一人の女として、死んだ女に敗北したわけだからだ。その事実を割り切るまでには相当の時間を要したはずだ。否。根っこの部分では、まだ割り切ることなどできていないのだろうか。男と女とでは考え方一つとったってまったく違う。伊織の今の思い、想いを、完璧に推し量ることは、俺には無理だ。朔夜にだって不可能だ。推し量ることができないから、不安になる。俺も、そして朔夜も。
昼食をとるべくファミレスに入った。向かいのソファには伊織と朔夜が並んでいる。昼から三人ともステーキセット。
食事を終えたところで、コーヒーに口をつけた。あまりうまいものではない。
「朔夜。おまえはどうしたい?」
「どうしたいってぇと?」
「『ОF』と『UC』についてだ。どこのどいつに興味があるんだ?」
「後藤さんが言ってた通り、当然、本丸は神崎だ。でも、目下のところは、サムさんに会いてーな。なにせ俺の体に穴あけてくれた奴だからな。オッサンも顔は確認済みだろ?」
「当然だ」
朔夜の記憶を頼りにウチのニンゲンが立体的なモンタージュを作成した。サム。銀色の短髪が印象的な男だった。チビだという情報も共有済みだ。
「ソムだって面白そうだけど」
そう言ったのは伊織である。カップを傾け、コーヒーをすする。
「ソム、それにルーファスのほうが見つけやすいのかもな」
「そりゃあね。『情報部』が撮った写真があるわけだから」
「伊織、改めて確認しておく」
「なあに?」
「神崎は殺す。いいな?」
「しつこーい。それ、何度言えば気が済むのー?」
「奴を消せば、恐らく『治安会』の大きな役割の一つが終わる」
「だからって、介入すべき事件はなくならないでしょ?」
「そうだが、正直に言う。俺は、いずれはおまえに組織を抜けてもらいたいと考えているんだよ」
「寿退社でもしろって言うの?」
「それもアリだ」
「旦那様は朔夜?」
「もっとイイ男が見つかれば、そっちにしろ」
「そいつは名案だ」
伊織が「ふざけるな」と、朔夜の耳を引っ張った。
「俺になにを見てやがんだよ、おまえは」
「もはや言わずもがな。っていうか、アンタ、実は私のことが嫌いなの?」
「時と場合によるんだよ」
「いつ何時も好きでいな」
「亭主関白のがいいんだよ。尻に敷かれるのは、まっぴら御免だ」
「子供は要らない。邪魔くさいから」
「俺の話を聞けよ、どあほう」
「現状、おまえ達がいいコンビであることは認めてやる」
「ライアンからお墨付きをもらえると嬉しいな」
「有言実行が信念の立派な男が現れたら、そっちに乗り換えるんだぞ?」
「くどい。ぶっちゃけ私、コイツのイチモツじゃないと、もう満足できないから」
「セックスも義務になると苦行でしかねーよ」
「うっさい」
「へいへい。で、今日はこれからどーすんだ?」
「それはだね、朔夜君。いつも通り。事件を待ちながらドライブドライブ」
「廃業を考えたくなるほど暇だな」
「一度、火がついたら鬼のように忙しくなるじゃない」
「ま、そうなんだけどな」
「ライアンは?」
「俺も普段通りだ。家に帰って店を開ける」
「じゃ、行こっか」
伊織の言葉をしおに俺達は腰を上げた。伝票は俺が手にした。朔夜に奢るのはじゃっかん癪だが、自らの子のような年齢の二人に払わせようとは思わない。割り勘なんて、もってのほかだ。
店を出ると、伊織と朔夜を乗せた黄色いスイフトスポーツを見送った。軽快なフットワークで走り去った。図体のデカい俺には小さい車だが、乗り心地はけして悪くないことは知っている。
さてと、と呟き、俺はハマーに乗り込む。帰りにいきつけのパン屋に寄って、こだわりのバケットと食パンを買いたいと考える。売り切れになっていなければいいのだが。




