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04:巧弥が絶対叶えたい夢のこと

 田中商店はだいぶ前に廃業したが、今でも自動販売機が店の前に並んでいる。

 夜でも明るくわかりやすい場所なので、ここで待ち合わせする人は多かった。

 今日も何人かが待ち合わせていたのだろう。午前中の雨で少しぬかるんでいる地面には、いくつも靴跡が重なっていた。


「……ほんとに来た」

 白い息を吐きながら、巧弥は目を丸くする。

「呼んどいて自分が来なかったら、嫌がらせじゃない」

 肩で息をしながら美結がこたえる。冷たい空気をたくさん吸って、喉がヒリヒリしていた。


「そうだけどさ……お前、急に呼び出すなよ。あと、俺の方が早かったじゃん」

 巧弥の口調は不機嫌そうだったが、声色はそれほどでもない。

「ごめん、でも突然初詣に行きたくなって」と美結は笑う。

「唐突過ぎだろ」と巧弥も笑う。

 去年と同じように並んで歩き出す。大勢の人たちが同じ方向へ流れて行く。

 どこもかしこも去年と同じようなのに、美結たちにはまったく違う景色に見えていた。そして去年とは違い、二人は手を繋いでいない。


 鳥居をくぐって参拝客の列に混ざる。

「やっぱ寒いな……」と巧弥が呟く。急いで出たのか手袋もマフラーもつけていなかった。

「お母さんにカイロ渡されたんだけど……いる?」と言うのと同時に、美結は使い捨てカイロの袋を破る。

 白い不織布のカイロを数回振って巧弥の手に押し付けた。


「振らなくていいって書いてあるぞ」と何度言われても、美結はつい振ってしまう。そうした方が、早く熱を持つ気がして。

「さんきゅ……お前は寒くないのか」

 列に流されるように進みながら、巧弥は美結を気遣う。

「あたしの分も、ある」

 美結はもうひとつカイロを取り出し、同じように袋を()いた。


「あぁ……文明の利器ってすげえな。これだけでだいぶ違う」と、巧弥はカイロに手の甲を押し当てた。美結は思わず笑う。

 便利なものを見たり使ったりするたびに、巧弥はしみじみと感動するのだ。そして「作ってくれた人はほんとにすげえ」と嬉しそうに呟く。

「巧弥は『文明の利器』が好きだよね」

 それは彼の口癖を聞くたびに美結が返していた言葉だった。


「そりゃそうだよ。テレビもスマホも、このカイロも文明の利器だ。すげえよ……他の人だって、自覚してないだけで文明の利器が好きなんだ。俺らはめちゃくちゃ恵まれた時代に生きてるんだぞ」

 カイロを頬にも当てて微笑む巧弥。

「ふぅん……」と相槌を打ちながら、美結は巧弥と一緒に前に進んだ。



 巧弥は、大学で『文明の利器』を作る勉強をしたいらしい。

 ただ便利なだけではなく、環境にも優しく、そして彼が大好きなおばあちゃんが――年を取ったり病気などで身体が不自由になった人たちが――今より自由になれるものを作りたいと言っていた。


 目をキラキラさせて夢を語る巧弥のことは好きだった。

 人の役に立ちたいという彼の考え方も好きだった。

 だからたとえ離れ離れになっても、彼の夢を応援したかった――改めて自分の気持ちを思い出し、美結の鼻の奥がつんと痛くなる。

 思わず視線を逸らして腕時計を見る。零時を数分過ぎていた。


「あ、年が明けてるよ」

「え、ほんと?」

 右側を歩いていた巧弥が美結の腕時計を覗き込む。愛用のコロンの香りが鼻をくすぐる。美結の胸はきゅんと痛んだ。


 人の波に流されながら、巧弥は少し改まった顔で美結向かって頭を軽く下げる。

「明けましておめでとうございます」

「あ、明けましておめでとうございます」と美結も返す。続けて「今年もよろしく――」と言いそうになるのを、顔を下げたままこらえた。

 今年はもう、『よろしく』ではないのだ。


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