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03:除夜の鐘と美結がやり残したこと

 * * *


「美結ぅ、今年は出掛けないの?」

 家族の年越しそばを準備しながら、母親が問う。

「うーん……」

 白くくもり、下の方が結露している窓を細く開け、美結はふぅっと息を吐いた。白くふわふわと上方へ伸びるのをぼんやりと眺めながら、今度はため息をついた。


 受験のためとはいえ、こんな時期に別れ話を持ち出さなくても……

 美結は何度となくそう考えた。でも巧弥に対する怒りはあまり湧かなかった。

 別れを切り出された時は確かに混乱し、悲しさと怒りがないまぜになって胸の奥深くまでざわつかせた。でもその言葉を口にした巧弥だって相当悩んでの発言だっただろうと考えると、いつまでも怒りを持続させられなかった。


 除夜の鐘が鳴っている。

 今年最後の夜は雲がほとんどない。空気はきりっと冷たく、頬に触れるとちりちりするほどとがっていた。



 去年は年が明ける直前に待ち合わせをして、郊外にある神社へ初詣に向かった。

 小さな街だが、近隣地域からも詣でる客が多い。神社に近付くにつれ人がどんどん増えて行く。

 大鳥居をくぐってからは、滅多に見られない人混みとなり、本殿に辿り着くためにかなり長い行列の中にいた。


 それでも二人でいたから、退屈はしなかった。

 視界に入る風景や学校のことや、出掛ける前まで観ていたテレビのこと――他愛ない話題ばかりだったが、巧弥と一緒なら、それだけで楽しかったのだ。

 先のことなど考えてなかった。ただひとつ、今一緒にいられることが二人にとって大切な意味を持っていた。



 美結は窓を閉める。

 恒例の音楽番組も終盤に差し掛かっていた。

「今年はどっちが勝つんだろかねぇ」と祖父が呟くと、「どっちでもいいじゃないですか。みんな一所懸命でいい歌でしたよ」と祖母がこたえる。

「もう今年も終わりねぇ……やり残したこと、なかったかしら」と、誰にともなく言う母親の呟きを、美結はソファに寝転がりながら聞き流した。



 『ねえ。初詣、行ける?』

 思い切って送信したメッセージは、思いの外――いや、予想外の速さで既読が付いた。

 美結は息を呑んで画面を見つめる。背後ではテレビから大合唱が聞こえている。

 間もなく、『いいけど……いつ?』という返信が飛んで来た。

 美結はいてもたってもいられず、スマホを持って跳ね起きた。


「どうしたの?」と母親が(から)の丼を下げながら目を丸くする。

「初詣行って来る!」

 ひと言だけこたえて美結は部屋へ走った。

 今着ているのは部屋着代わりのジャンパースカートだ。おまけに上は中学の頃から着ている色褪せたトレーナー。

 出掛けるにはふさわしくない服だった。好きな人と出掛けるなら尚更。


 『これから急いで準備して出るから。田中商店の自販機のとこで待ってる』


 スカートを剥ぎ取るように脱ぎながら、メッセージを送信する。その直後、突然怖くなってアプリの通知を切った。

 『やっぱり行かない』というメッセージが送られて来るかも……そう考えただけで、深いマンホールに突き落とされたような気持ちになる。

 それならどんな返事が来るのかわからない方がマシだった。


 カラフルなリボンを巻いたまま、姿見の隣にあるスリムラックに突っ込まれているプレゼントの包みが目に入った。美結の着替えの手が止まる。

 クリスマスに渡すつもりをしていたものだ。

 少しの間迷ったが、結局持って行くことにした。手近なバッグに放り込む。

「気を付けて行くのよ」と、母親は玄関まで見送りに来た。

「これ持ってって」と渡されたのは、使い捨てカイロが四つと小さなライト。

 小さくうなずきながら、美結はそれらもバッグに入れた。


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