02:会わないまま冬休みに入ること
* * *
「何故……別れるの?」
ようやく疑問を口にした美結は、自分の声が変にひしゃげていると思った。
美結から目を逸らしていた巧弥は、その声でまた彼女を見つめた。
「受験に集中できた方がいいと思って」
「別に別れなくてもあたしは――」
巧弥は視線を落とす。「俺が、集中できないんだ」
弱々しい声だった。
「あたしのせい?」
「いや、そうじゃない」と巧弥は早口で否定する。
「俺が気になっちゃうんだ。美結は今何してるかな、とか、このテレビ好きだったよな、とか……ラジオ掛けながら勉強してる時なんかも、美結が好きな曲が掛かると手が止まったりしてさ」
「それ……やっぱりあたしのせいじゃん」
言葉とは裏腹に、美結の声色は巧弥を責めるようだった。
「ちが――」咄嗟に顔を上げると美結と目が合った。傷付き、悲しみに歪む顔。そんな表情をしている彼女を、巧弥は初めて見た。
「邪魔だから、って言えばいいじゃん!」
美結は涙声で叫ぶと、音を立てて踵を返し、そのまま走り去った。
「違うんだよ……ごめん」
巧弥は彼女の後ろ姿に向かって呟く。自分から言った以上、彼女を追い掛けることはできなかった。胸が痛む。ごつごつした石を埋められたように。
美結の姿が消えると、周囲の空気が突然ぐんと冷えたように感じられた。
ブルーグレーの景色を塗り潰すように、わたのような大きな雪が巧弥の視界を遮って行く。
* * *
クラスが違うことは不便だが、便利な一面もある。
美結はそんな風に考えた。
お互い会おうと思えば多少すれ違ってもいずれ会えるが、逆にどちらかが避けようと思えば、一日中顔を合わせずに過ごすことも可能なのだ。
巧弥が別れを切り出したのは、二人が住む街に初雪が降った日だった。
クリスマスまでもう間もない時期。
美結はいよいよ大詰めに入った巧弥を元気づけるため、プレゼントやメッセージカードをこっそり準備していた。
だけど美結はあの日以来ずっと、巧弥を避けて過ごしていた。
元々、休み時間ごとに顔を合わせていたわけでもなかったので、クラスメイトたちに不審がられることもない。
ただ、気付くとスマホのアプリをタップしては我に返って閉じる、ということが増えた。
校内で顔を合わせない努力は、美結だけのものではないかも知れない。
購買に行く時も、トイレや図書室への往復時も、登校時や下校時にも、巧弥の姿を一切見なかった。
寂しさと同時に安堵が湧く。
好きじゃなくなってしまったのかと自問するが、そういうことではない。
ただ、今は会えないことに耐えなければいけないのだ、という意志で過ごすしかなかった。
そのまま冬休みに入り、クリスマスメッセージのひとつもなく過ごした。
巧弥が希望している大学は、今の彼の学力ではギリギリかも知れないという話を聞いたことがあった。
受験生にとっての冬休みは、ラストスパートを掛ける時だ。だから、美結もひょっとしたら『しばらく会うのを控えよう』くらいなら言われるかも知れないという覚悟はしていたのだ。
巧弥の言葉にきちんとこたえていないのは、美結の逃げだった。
放っておいてよくなることはないとわかっている。このまま高校を卒業してしまえば自然消滅もあり得ることもわかっている。
ひょっとしたら――この時期にあり得ない、と何度も打ち消していたが――他に好きな人がいる可能性もないわけじゃなかった。
巧弥は美結とは違う塾に通っている。そこで出会う可能性は大いにある。
それでも美結は、はっきり答えを出したくなかった。