01:それはクリスマスの直前のこと
「別れよう」
切り出したのは巧弥だった。
美結は息が詰まって何も言えない。
ちらちらと舞い始めた牡丹雪が、巧弥の表情を曖昧にする。
二人は無言のまま、いつも手を振り別れていた交差点から動けなかった。
* *
美結と巧弥は同じ中学の出身だ。美結にとって、巧弥は元クラスメイトたちの中でも比較的よく喋る相手だった。
同じ高校に進学した同窓の友人たちは、徐々に新しい知り合いや恋人を作って交流範囲を広げて行った。だがお互いそれほど人付き合いが上手くなかった巧弥と美結は、自称『コミュ障』同士、いつの間にかつるむようになっていた。
なんとなく気の合う奴――というのが、美結から見た巧弥の印象だった。
イケメンでもブサメンでもない『フツメン』――そしてどちらかというと地味な顔立ちの巧弥は、自己主張をほとんどしない性格だった。
美結自身もアピール下手な自覚があるので、似た者同士なのは理解していた。
巧弥といるとほっとする。そう彼に伝えると、「俺もだ」と言って笑った。
でもこれが『付き合う』ということなのか、その時の美結にはわからなかったし、「付き合おうか」とはっきり言われたこともなかった。
ある時、クラスの男子に「お前ら付き合ってんの?」と訊かれた巧弥が、ごく自然に「うん、そうだね」とこたえたのをきっかけに、美結も巧弥を『彼氏』として意識するようになった。
その時は巧弥も美結もクラスメイトたちに驚かれ、冷やかされたが、美結は少しの恥ずかしさと同時に誇らしさも感じていた。
当然という様子で肯定した巧弥の表情は照れや誤魔化しがなく、美結もそんな巧弥に好かれていることが嬉しかった。
好きという気持ちを押さえなくてよくなってからは、ほのぼのと、そしてのびのびとした愛情を表現できた。
二年生時にはクラスが分かれたが、かえって二人の関係は親密になった。
お互いに、会えない時間にあったことを話し合うのが楽しかったのだ。
巧弥には『いざという勝負時のゲン担ぎがある』ということ。そしてそれはおばあちゃんから聞いたこと。それから、美結が『十分間で黄色いナンバープレートの車を五台見付けたらその日は超ラッキー』というジンクスを持っていることなども、その頃に打ち明け合った。
新しいクラスで流行っている本や音楽の話をお互いに持ち寄り、あれが好き、これはイマイチ、など感想を言い合って過ごしたりもした。
一年の時には照れくさくて渡せなかったバレンタインのチョコレートも、二年の時には素直に渡せた。
巧弥からのお返しは、その場でのファーストキスだった。
三年に上がる頃、美結は巧弥の進路について聞かされた。巧弥は県外の大学を受験するのだと言った。
美結は地元から近い短大に行く予定で、中学から六年間一緒に歩んで来た道がここで初めて分かれることになる。車なら三、四時間程度の距離だが、毎週会えることはなくなるだろう。
そのうちお互い、身近の異性に心が傾くかも知れないという予感もあった。
二人とも、その後は進路に関してあまり話題に出さなくなった。『遠距離恋愛』という言葉が互いを不安にさせるからだ。
それでも夏休みは夏期講習の後で一緒に図書館へ通い、クリスマスには『久し振りに一日中一緒』のデートを約束していた。
同級生ではもっと進んだ付き合いをしている子も多かったが、美結は自分たちらしい付き合いができればいいと考えていた。
この先、高校を卒業してお互い進学しても、今までと同じように穏やかな付き合いを続けたいと、美結は思っていたのだ。
それなのに……