群雄割拠―董卓の台頭―
洛陽にある曹操の居で、家主である曹操と旧知の袁紹は、杯を交わしていた。
袁紹は苛立ちに任せ、空けた杯を勢いよく卓に置く。
「忌々しい…西涼の豚が!
我々の手柄を横取りしおって…酒でも飲まねば気が紛れん!
十常侍共を誅滅したのも、我々だ!
あの豚共は、後からノコノコと現れ、我が物顔で都を闊歩しておる…」
曹操は袁紹に酒を注ぐと宥める。
「致し方ないでしょう…西涼の兵の蛮勇は、天下に聞こえ高いのです。
彼等とて…いずれは西涼に引き揚げるでしょう、悪戯に事を構えるは賢いとは言えませんよ。」
「曹操…貴様は、稀代の切れ者だが…この袁紹とて負けてはおらんよ。」
「何を言われる…私など未熟者です…到底、袁紹殿には及びません。」
「ふふふふっ…曹操、気分がよい…乾杯でもするか?」
曹操は袁紹と杯を掲げ、乾杯をするが…家柄だけの優柔不断で、無能な男に吐き気を感じていた。
そこに屋敷の警護をしていた兵が入ってくる、兵は曹操に拝礼すると用向きを伝える。
「申し上げます…董卓将軍の使者が見えられ、託けを残されて行きました。
今宵、各将、各大臣を招き、温明園にて酒会を催すとの事で、是非にとの事でした。」
兵が部屋から出るのを見て、曹操は袁紹に話し掛ける。
「で…どうする、袁紹殿?
私は何か謀り事があるように思うのだが…」
「ふん…辺境の豚が謀り事だと?
その様な高尚な頭は、しておらんだろ…大方、都に来て調子付いてるだけであろう…拙い酒会を笑ってやれば良いのだ。」
この夜、開かれた酒会には、何進により集められ、洛陽を去ってない諸公が挙って参加していた。
宴も酣に兵が、今宵の主の来訪を告げる。
「董卓将軍のおなりーっ!」
場に入って来た董卓は、甲冑を身に纏い帯剣している。それに呼応する様に、出入口に兵が押し寄せ、逃道を塞ぐ。
董卓は壇上に上がり、声高に諸公に告げる。
「今宵は我が宴によく参られた、諸公等にとって記念すべき夜となるだろう!
本日、我が軍勢に何進将軍の残存兵を、一騎一兵に至るまで加える事が出来た!」
諸公が途端にざわつく。
「何だと!
何進将軍の兵と言えば…少なく見積もっても10万はあるぞ!
誰の許しを得て、その様な勝手を…」
董卓は諸公を手で制す。
「それと、諸君等に進言がある…天子さんは万民の主でなければ治世は成り立たん…然るに今代の天子は、些か欠けるところがある…
そうれ比べ陳留王は聡明好学、正に御位に相応しい御方だ。
この上は、今代の天子を廃し陳留王に御位に擁立すべきだろう。
反論はあるまいな…」
董卓は言い終わるや否や…諸公に睨みを利かせる、列席した諸公は董卓の大軍に恐れをなして口を挟めない。
そんな中、一人の諸公が立ち上がり、声を上げる。
「貴様ごとき帝の臣下が、何の権限で戯れ言をほざくか!
少帝は先帝の正嫡!何ら過失なく廃位を唱えるは、不届き千万!!
董卓…貴様、簒奪を企むか!!!」
董卓は激怒し、腰の剣に手を掛ける。
「うぬぬっ!無礼な…儂に逆らう者がどうなるか教えてやる!!!」
側で控えた李儒が激昂した董卓を制し、諫める。
「将軍なりません…あの者は、荊州刺史の丁原に御座います。あの者の養子は、呂布なる剛の者…手出しは禁物です。」
この丁原とのやり取りで、酒会の場は白け…諸公は帰っていく。
自身の天幕で、荒れ狂う董卓に李儒は囁く。
「将軍…気をお鎮め下さい。」
「李儒、何故止めた!
丁原などその場で斬って捨てたものを…」
「先程もお伝え通り…呂布は只者では御座いません。
弓馬に優れ飛将軍と、称される程の剛の者で御座います。
もし将軍が丁原に斬りかかれば、あの場に居た呂布に返り討ちにあっていたでしょう。」
「くそぉっ!指を加えているしかないのか…」
「ご安心下さい。私めに妙案が御座います。
呂布は勇猛ではありますが、思慮分別に欠け、目先の利に道理を忘れる男です…
将軍の愛馬…赤兎を贈り、金銀玉を加えれば、必ずや呂布は丁原から寝返るかと…」
「むぅ…しかし、赤兎を手放すのは惜しい…この名剣や名槍では…」
「将軍…天下を望むなら馬の一頭を惜しんではなりません。」
「うぬっ…わかった…この件は李儒に任せる…良い報告を頼むぞ!」
李儒は呂布と同郷だと言う李粛を呼ぶ、夜闇に紛れ赤兎を引き呂布を訪ね、籠絡せんと策を授けた。
暗闇の中、董卓の陣営から出る者を今か今かと待ち構える者が居た。
その者は主より「董卓陣営より夜闇に紛れ、丁原陣営幕下の呂布に赤毛の馬を届ける者を阻止し、馬を持ち帰れ。」との密命を受けていた。
程なく、人の目を避けて馬を連れた者が董卓陣営より出てきたが、暗闇の為、馬の毛色までは判別出来ない…仕方なしに男を追う。
間もなく、丁原陣営と言うと所で月明かりが、馬と男を照らした。
男は目を見開く…月明かりに照された馬の毛色は、正に赤毛!陣営に着くまで猶予はない…男は、背後から男の口を塞ぐと、素早く首筋を剣で切り裂いた。
男は近くの林に死体を埋める、馬に跨がろうとするが馬が言う事を聞かない…仕方なく男は馬を引いて足早に洛陽を去って行く。
董卓は李儒と共に李粛の帰りを、今か今かと待っていたが…ついに帰って来る事はなかった。
程なくして洛陽に詰め掛けていた諸公は、陣営を畳み、軍勢を引き揚げていく…長引く出兵は、持参した食糧を浪費し、軍費を圧迫する…朝廷から払われた幾ばくの報酬では、維持は出来ないのだ。
そうして、対抗勢力が去るのを待ち続けた董卓が、雌伏の時を脱する。
董卓に反対する宮中の勢力は、粛正され…少帝は廃位、陳留王が御位に昇り献帝となった。
廃位された少帝と何太后は、永安宮に幽閉された後、人知れず謀殺された。
事ここに至り、董卓は朝廷の権力を完全に掌握し、独裁制を敷くまでなった。
董卓は都の見回りと称し、戯れで豊穣祭を行っていた村人を虐殺し。色を欲すれば宮中で女官を凌辱する。咎める者が居れば、くびり殺し屍を見せしめに曝した。
そんな朝廷にも董卓に反感を抱く者達がいた…司徒 王允のその一人で日夜、腹心を居に招いては、善後策を協議しては董卓の行いを嘆いてた。
そんな女々しく嘆く事しか出来ない諸文官を前に、曹操は高笑いをする。
「何とも情けない…朝廷を預かる貴公等は、何の策もなく泣きあかすたけとは…
私にお任せ下さい!見事、董卓の首を挙げてみせましょう!」
王允は曹操に賭け、家宝の七星剣を預ける事にした。
吉日、曹操は出仕の挨拶に董卓の元を訪れる、董卓の身の回りには、常に武官が警護についている。
董卓に遅参の理由を尋ねられた曹操は、口からの出任せで凌ぎ、期を窺った。
董卓から小事を申し付けられた武官が、部屋を出たのを幸と七星剣を抜くが、武官が戻ると企みが露呈してしまい、曹操は脱兎の如く逃去る。




