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三國のダマスカス  作者: 羽有ル蛇
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太平道の足音

 慶橋は出来上がった鍛冶場で鎚を振るっている、ガキン!ガキン!と叩いては鉄を締めるため冷水に浸ける…途端にジュワーと湯気が上がり、再び火にくべる。慶橋の傍らでは、鍛造見習いが鞴で火に空気を送り込み、火の粉が舞い上がる。


「この工程を繰返し、徐々に形を整え…形が定まったら刃の研ぎ出しと刀身を研磨する。

後は別に作った鍔を柄で固定して完成といった感じだ。


…何かわからない事や気になる事はあるか?」


「畏れながら…慶橋様の打たれた小刀を模す為に一本賜れないでしょうか?」


「ん~っ…それは叶えてやれん。

どうしてもと言うなら…この場限りだかじっくりと見る事は許そう。」


「わかりました…この場限りで構いません!

じっくりと目に焼き付けて剣打ちに入りたいと存じます。」


 慶橋は懐から小刀を出すと鍛冶師達に渡す。鍛冶師達は鞘から抜いた刀身を様々な角度で見ては、何やら話し合っている。





 更に一年の時が流れ、仙姑頂の街並みも碁盤の目の様になり、街中には他の州郡からも商人達や民が行き交い、海上には舟が何槽も見え、港にも活気が満ちている。自然と慶橋の元には様々な情報が集まってくる様になり、その中に不穏な噂を慶橋は耳にする。




 「青州だけじゃなく近隣の冀州、除州…他の州でもか…これは一度、会いに行くしかないか…」


《蒼天すでに死す、黄夫まさに起つべし》

と言う言葉が民の間で囁きかれ始めた。

最早、時間の余裕はないのかもしれん…《太平道の乱》まで後一年程か…考える事に時間を割くわけにはいかない。


 慶橋のあれ程あった私財は既に5分の3程まで減る、今年に入り税も入るまでになった…人足に領内に幾つか物見社を造らせるか…鍛冶師にアレを造らせたい。


 慶橋は久しぶりに迷彩柄の雑納を引っ張り出すと吉川英治を手に取し、何やら写し始めた。

十数巻もの書をしたため終えると直ぐ様配下に持たせ、各州に放つ。


 慶橋は続けて大史慈を呼び寄せ、再び領内での徴兵を行う様に指示する。

 程無くして兵は集まり、鍛冶師達に造らせておいた鉄の鎧胄と矛と盾を配り、仙姑頂の麓で大規模な練兵を開始する。


 先ずは十人の兵を集め班とし、班を十で中隊をなす。

そして、中隊を十まとめ大隊を編成し、更に十まとめたものを戸とした。


 無論、情報を行き渡らせる為、それぞれに長を配した。

練兵は昼夜行われ、兵達は山河を駆け巡り、谷を下った。


 要所要所には自衛隊のレンジャー訓練が組み込まれ、その独特の練兵のお陰で機動性は他国の騎馬に迫る程までになっていた。


 この仙姑頂の初期の3個大隊15000の兵達は、後に幾度の苦難を乗り越え、その歴史に大きな役割を担う事になるがその話しは後程…




 程無くして書簡を持たせ、各地へと散っていた配下が徐々に戻ってくる。

ある者は屈強な人間を連れ、そしてある者は聞こえ高い知者を連れている。





 慶橋は久しぶりに張兄弟の庵を訪ねた。

庵には見知らぬ男達が世話しなく出入りしている。

見れば皆、黄布を身に着けている…その人混みの中、宝は何やら檄を飛ばしている。


 その顔に出会った時の面影はなく、眉間の皺の深さが彼等の受けたであろう困難を物語っていた。



 宝は人混みの中に慶橋を見付けると、そのいかつい顔をくしゃくしゃにして笑い駆け寄る。


宝は自慢気に話した。


「橋本!見ろよ!…どうだい皆、角兄ぃの元に集まった同士だぞ!」


宝は感慨深気に見渡すと続ける。


「梁兄ぃや角兄ぃには会ったのか?」


橋本は首を横に振ると宝は


「なんでぃ…水臭せぇな!今呼んで来るから待ってろよ!」


そう言うと庵に駆け入った。


 暫くすると宝は角、梁を連れ出てきた。

皆、達者の様だ…角も梁も出会った時の面影は角は日頃の心労からか頬が痩せた様だ、梁は宝と同じ様に眉間に深い皺が刻まれ、以前はなかった髭をたくわえている。


 張兄弟と橋本は再会を喜び、別れた後にあった事、張兄弟の噂が青州は仙姑頂に聞き及んでいる事を話した。


 すると角はおもむろに口を開く…


「橋本…今は慶橋と名を改めたのだったな…我らは来年…甲子の年、甲子の月に決起する!…どうだ一緒にやらんか?」


橋本は首を振る。


「私は異国の者だが、こんな私を頼ってくれる民がいる…彼らを見捨てる事は出来んよ…」


角は残念そうに呟く。


「そうか…民がいるか…なら仕方があるまい…わかった!仙姑頂辺りには被害の出ない様、同士に伝えよう」


橋本は深々頭を下げ


「何かあれば青州は仙姑頂に来ると良い。必ず皆の力になろう!」




 再会を喜びあって早々に慶橋は兄弟達の庵を後にした。

必要な情報は手にした…問題は乱の後か…慶橋は仙姑頂に馬を走らせる。


「慶橋殿!暫しお待ちを!」


 振り返ると黄布を身に付けた男達が走ってくる。

慶橋はとっさに腰の剣に手を掛け身構える。

頭目とおぼしき男は、拝礼すると口上を述べる。


「私、姓は周、名は倉、字は元福と申す。

どうか私共を慶橋殿の元に受け入れて頂きたい!

命の限り働きましょう!」


 橋本はハッとした。

この男、周倉は黄布の乱の後、山賊を経て関羽に一味を率いて志願する屈強な男だ。

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