漢七刀の刃
翌日、慶橋の天幕前には武官である大史慈を筆頭に崔琰、荀彧、鄭玄、門下の二人も兵と共に整列している。
慶橋は兵達を見渡し、告げる。
「今日まで長く私を支えてくれた…大史慈、崔琰の両名を裨将軍に任じる。
両名は職務に一層励む様に!
続いて新たに陣営に加わった荀彧を右軍師、鄭玄を左軍師に任じる。
領地の一層の発展の為に…皆一丸となり精進する様に!
以上…解散!」
兵達が捌けるのを見送った崔琰は、慶橋の天幕に入り慶橋に恭しく拝礼する。
「慶橋様…此度は裨将軍に任じ頂き誠に有難う御座います…然れど我が身は余りに不才…お考え直して頂きたいのです…」
「崔琰…私は今まで支えてくれたうぬに報いたいのだ…受けてくれぬか?
身に余ると言うなら…剣技を研けば良いのだ。」
「畏れながら…慶橋様、私には大史慈殿の様な力はありません…故に許されるなら鄭玄殿の元で勉学に励みたいのです。
昨晩、荀彧殿、鄭玄殿に門下の二人と領地の件で話すに、私は我が身の無知を痛感したのです…幸い鄭玄殿は慶橋様に仕えながらも、門下として指導頂けるとの事でしたので…」
「うむ…鄭玄、崔琰の担当してた治水、街の整備、開墾はどう致す?」
「我君…畏れながらも治水は右軍師 荀彧殿に、街の整備は私が監督すれば問題無いかと…開墾のみ崔琰殿に任せるがよろしいかと…
以前の様に崔琰殿一人に任せる訳ではありませんから…各分野で今まで以上の成果が期待出来るかと…」
「鄭玄の言…わかった。
崔琰…一度任じた役をおいそれと取り上げる訳には参らん…暫し鄭玄の元で学びながら、裨将軍として開墾のみに尽力せよ。
何れ…崔琰の業績に見合う役を、改めて任じるとしよう。」
「慶橋様…誠に…誠に有難う御座います…」
慶橋が仙姑頂に来て一年の歳月が過ぎ、秋が終わる頃、各々に任せた分野は一応の成果を出し、街として次の開発段階となる。
「この一年で各々が十二分に成果を出すに至った…皆の者、ご苦労だった。
ついては街の…商業の発展を目指す。
開発する分野は鍛冶、造船、林業…そして、領内に数多ある港の整備を行う。」
「畏れながら…慶橋様、三つの商業は職人の育成で御座いますか?
畏れながらも人の育成は一朝一夕では…」
「荀彧…話には続きがある。
川沿いに鍛冶区画、湾に面して造船区画、仙姑頂の麓に林業の集落を築き、技術を研磨発展を促すのだ。
湾に関しては防波を造り、湾内の漁師の安全を図るのだ。」
「慶橋様…畏れながら…防波とは何でしょう?
初めて聞く言葉ですが…」
「ふむ…言葉より書いて見せるか…」
慶橋は徐に立ち上がると、剣を抜き大地に線を刻み説明を始める。
「先ずこれが港だ…で波は外海よりこの様に来る。
そこで…この様に石や土を海中に盛り、波を遮るのだ。これにより湾内の波は静かになり、舟の安全が図れるのだ。」
「成る程…この様な物があるのですな…わかりました。領内の湾には全て防波を設置し、整備を急がせましょう!」
「うむ…では湾の整備は荀彧に一任する。続いて鍛冶はどうだ?鄭玄。」
「はい…門外漢な為、あまり詳しくは存じませんが、鍛冶は鋳造と言う方法を使っていると記憶しております。」
「鋳造か…型は砂や粘土か?
であれば…鍛造を行える者を一定数育てるか、鋳造は鋳造で造る物があるしな…出来上がる物が違えば鋳造と鍛造も仲違いしまい。」
「畏れながら…鍛造とは?」
「鋳造に関してはわかるな?
鍛造は…読んで字の如し、熱した鉱物を叩いて鍛えるのだ。
これを繰返す事により、鉱物から余分な物をなくし…鉱物本来の強靭さと柔軟さを持たせるのだ。」
「その様な方法があるとは…世間は広い…」
慶橋は懐に忍ばせてある刃渡り15cm程のナイフを取り出すと、皆に見える様に鞘から抜き、左手に持つ自らの剣に一閃する。
キンと金属音がすると…剣の中程から剣が切り落とされる…
「どうだ?
これが鍛造で造られた小刀の切れ味だ!
無論、剣を切ったとて歯こぼれなどない…素晴らしかろう?」
大史慈を始め、皆が小刀と断ち切られた剣を見比べている…よく見れば大史慈の手はワナワナと奮えている。
「慶橋様…慶橋様は、帝より《漢七刀》の称号を頂いたと聞き及んでおりますが、まさか…?!」
「うむ…帝には私が以前鍛えた小刀を数本をお譲りした…そこで、これと同じ様な事を見せてな…あの時は、兵の鎧兜も纏めて切ったか?
それで鍛冶としての《漢七刀》の名を賜ったと言う訳だ。」
「大変不躾なお願いなのですが…某に剣を鍛えて頂けないでしょうか…その…慶橋様の打たれた刀身に年甲斐もなく、心打たれました。」
「うむ…褒美には丁度良いか…大史慈は剣で良いのか?
では…打ち上がった暁には褒美と致そう…それまで、職務に励め!」
「ははっ!
この大史慈…命に代えましても果たして見せまする!」




