仙姑頂に居を移す
橋本はそれから幾度となく、角の口利きで武官や宦官、各地の有士と会う。
そのお陰でとある宦官に口利きしてもらう事で、時の皇帝 劉宏に拝謁する事が叶い、持参した幾つかの品を買い上げてもらう事が出来た。
中でも機械式の腕時計の対価は正しく行幸だった…なんと青州東筴郡にある仙姑頂周辺の権利を受ける事が出来たのだ。一部とは言え本来は皇帝の所領である土地を書簡に書留め、尚且つ皇帝印で正当な所領としでくれたのだ。
その際、橋本のままでは芳しくないとの文官の発言があり、橋本 慶一の名字と名前から一文字づつとり…姓は慶、名を橋と改める事になった。これに合わせて自作のナイフ数本をいたく気に入った皇帝は、慶橋に《漢七刀》の鍛冶としての名と刺史の俸禄一年分相当の金子を与えた。
慶橋は張角の庵に戻ると皇帝より賜った金子のほんの一部を、世話になった礼として張兄弟に贈った…兄弟は固辞したが、押し付ける様に翌日、慶橋の所有となった青州仙姑頂を目指して旅立った。
馬に揺られての旅は、三ヶ月にも及んだが得るものもあった…冀州清河郡で崔琰なる若者を登用が叶った。今は年若く剣技に夢中の様だが、彼は後に誠実な文官となってくれるだろう…
道中、慶橋は崔琰と仙姑頂に着いてからの事を話し合った。崔琰は他の官吏と慶橋があまりにも物事の捉え方が違う事が嬉しくて仕方なかった、互いに意見をぶつけるうちに慶橋に揺るぎない忠誠を誓うのだった。
青州に入ると道中で商人から度々、食糧を購入する事を繰り返し、仙姑頂に着く頃には旅の列は食糧満載した馬車が十台も列なっていた。
途中、領城の黄で官史に就いていた太史慈が丁度、立場を悪くしていたところを太史慈の母も保護を約束する事で忠誠を誓ってくれた。
そして、東筴郡仙姑頂の山影が望む頃、左手には入江と家々と田畑の緑が大地に広がっていた。
慶橋は車列の警護を任せると、崔琰を伴にして仙姑頂を馬で登って行く、眼下に領地を望むと崔琰に話掛けた。
「崔琰よ…仙姑頂の眺めはどうだ?」
「はい…実に素晴らしい眺めです。
何よりも…この高地を手中に出来た利が多い事を感じております。」
「うむ…高地を抑えるは戦の常套、平時も高地の利を活かした警戒は言うに及ばん。
然れど…やらなければならない課題も多い、先ず仙姑頂の内陸よりの斜面を削り、守るに易くせねばな…それと民の家屋の整備、治水の状況に応じた整備、田畑の開墾が優先か…崔琰、民を幾つに分けられる?」
「そうですな…東筴郡の民は48万と聞き及んでおりますから…眼下の家屋の数からおおよそ7万から5万と言った領民でしょう。
全てを従事させる事は無理でしょうから…一割を大史慈殿に預け練兵と警備に、二割を斜面の整備と石の切り出しに…家屋の区画整備と建築に同じく二割…開墾には同じ二割、残りは舟で漁に出てもらえれば…持参した食糧でも数ヶ月は問題ないかと…いざとなれば金子で購入するのがよろしいでしょう。」
「うむ…それで問題はなかろう…
で…崔琰よ、うぬはどれに従事する?」
「私でございますか?
そうですな…先ずは家屋の区画整備後、それに合わせた治水でしょうな。
後は、定期的に開墾の進捗を見て回れば大丈夫かと…」
「そうか…ならば山の斜面整備と石の切り出しは自分が見よう。」
「慶橋様…官史を新たに登用して監督させれば済む事です。
慶橋様、自ら行えば…民は慶橋様を軽んじる事に繋がりましょう…」
「崔琰よ…幾度も話ではないか。
国ある処に民があるのではない…民があって初めて村があり国と成りえるのだと…崔琰も理解してくれたではないか。」
「わかりました…慶橋様のお心のままに…ですが、警護は付けさせて頂きますのでご了承下さい。」
「…わかった。
では山を下り、大史慈に合流するとしよう。」
慶橋達が山を下りる頃、麓には大史慈が陣頭指揮を執り、宿営地を興していた。




