機械よりも目
普段やらないことをやるのは、大抵いい結果には終わらない、というのが俺の持論だ。それは誰にでも言えて、スーパー完璧人間もなれないことはできない。
見る限り、敵影はない。普段はあんまりホムンクルスが来ないというのも事実なのだろう。
「影とか見えるか?」
傭兵さんが横から聞いてきた。俺は無言で首を振る。
「そうか、そりゃ残念だ」
いや、残念じゃないでしょ。むしろやったぜ、て感じなんだぜ?狙撃手は忍耐とか言うけど、集中したまま敵が来ないとか、骨折り損のくたびれ儲けでしょ。
あれ?俺は何が言いたいんだろね。
「あ、千景」
不意に灯が俺を呼んだ。片眉を上げて反応する。
「距離六〇〇メートルくらいかな?ちょい左にずれて……」
わかりにくナビだな。そう思いながら少し体ごと左にズレる。あ、確かにいるね。全長二メートルちょいのトカゲみたいのが。
色が壁外の更地とほぼ同じだから、監視の目からすり抜けたのか。どちらも色は同じ砂漠色、見分けなんてつきはしない。それにもし、変温動物特有の周囲の気温に体温を合わせられる、とかいうのを自在に操れたら、サーモセンサーにだって反応しないだろう。
突出した生体機能を有しているホムンクルスには従来のセンサーのたぐいはあらかた効果がない。故に前時代的な監視なんかをやってんだよなー。衛生だって万能じゃねーし。
とりあえず、引き金を引いた。一発で命中するのが一番いいのだが、何分向こうの色が地表とどうかしている。何回か射って、相手の色になれる必要があった。
第一射目はホムンクルスの頭部を左に少しそれ、地面に食い込んだ。自身が狙われていることに気づいたホムンクルスは動きを止めて、周囲を警戒しだした。
そうそう、そうやって、うごくなよ。狙撃手相手に足を止めたら、ズィ・エンド、てことを教えたげるから。続けて第二射目を射つ。
今度は頭部を完全に吹き飛ばした。銀色の血液をぶちまけてホムンクルスが絶命した。
レベルで言うなら多分1か2かな。報告しても大して金もらえなさそ。
「命中してる。てか、一発で仕留めらんないの?」
灯から遠からず苦情がとんできた。仕方ないでしょ。色がほぼほぼ同じなんだから。
「命中したのか?てか、ホムンクルスなんていたか?」
傭兵さんが不思議そうに俺に訪ねた。
「いましたよ、地面とほぼ同じ色のが」
「擬態か。怖いね、そりゃ」
軽く傭兵さんは口にしたが、本心じゃけっこう怖がってると思う。理由、知らないうちに後ろから刺されるのは誰にとっても恐怖だから。
以前この新東京に今みたいな擬態系のホムンクルスが侵入したことがあった。それはカメレオンをベースにしたものだったお陰で、都市にある無数の監視網を抜けて、一時期都市を恐怖で落とした。お陰で学校は休校、公的機関は完全に麻痺、私営組織も麻痺してしまい、都市が無人に近い状態になった。
奇跡的に正規軍と傭兵団の合同部隊が人海戦術を駆使して事なきを得たが、あのまま野放しにしていたら、都市は壊滅的な打撃を受けていたかもしれない。
これは極論ではなく、事実としてだ。たった一体のホムンクルスを探している間に、外から大量のホムンクルスが防壁を突破しないとは限らない。
突破されたらあとは都市内の人間全員仲良くホムンクルスの腹の中直行だ。さぞかし居心地が悪いことだろう。
「実際に擬態は厄介っすよね。ただ強いだけのホムンクルスよりたちが悪い」
「そうだな。知ってるか?ベテランの正規兵、傭兵が死ぬ原因の多くは擬態したホムンクルスの不意打ちらしいぞ?」
それは初耳だ。確かに周囲を警戒していても見えなかったら意味はない。狩られるのを静かに待つだけだ。よくある見えないなら全方位を攻撃すればいい、なんて言うのはまやかしだ。
全方位攻撃なんてしたら、すぐに銃弾は切れるし、下手な鉄砲数射っても当たりゃしない。近接系の武器じゃそもそも全方位攻撃すらできはしない。
擬態したホムンクルスを狩る一番の方法は壁を背にして前方にのみ集中することだ。あとは砂埃を立てるとか。どちらも限定的な状況でしか使えないから、あまり意味はないけど。
ともすれば擬態ホムンクルスが最強ということもある。
「不意打ちで死んだ、なんて恥でしょうね」
「そうとも言えないな。気づいたら死んでました、なんてよくあることだろ」
それはそうだ。そんなことよくあることだ。この傭兵さんと俺ってけっこう馬が合うんじゃない?
「あの、盛り上がってるとこ悪いんだけどあれどうすんの?」
急に割って入ってきた灯が一方向を指差した。またホムンクルスかよ、と思いライフルに視線を戻した。
は?
何それ何それ。
えっ?
聞いてないんですけど。
視界の先には土煙が見える。スコープ越しでもはっきりと。ということは肉眼でもそこそこはっきり見えるわけか。実物を拝もうとスコープから目を離す。
肉眼で見ると、距離的に八キロくらいの平野で土煙が上がっていた。土煙の規模がかなり大きいので、群れのたぐいだろう。
それがまっすぐに俺たちに向かって走ってきているように見えた。
「すぐ警報鳴らしたほうがいいんじゃないすか?」
「わかってる!」
俺に言われて傭兵さんは警報機があるとこまですっ飛んでいった。これですぐに下の迫撃砲が火を吹く。本来なら警報がなる前に迫撃砲を射つのだが、今回に限っては警戒を怠りすぎていた。
結果としてホムンクルスたちはどんどん接近してくる。
ウー、という甲高い音を立てて、警報が鳴り始めた。すぐに壁上の正規兵、傭兵たちが戦闘態勢に入る。あえて言わせてもらえば、壁上にいる俺らに出番が回ってくることは少ない。
大抵は迫撃砲がなんとかしてくれる。
ズーゴン、という勇ましい音を轟かせて、何発もの砲弾が地平の彼方に飛ぶ。やっぱり大砲はいいね。よく飛ぶし、威力が大きい。
数秒経って、こっちにも爆音が響く。目に映った砲弾によって生じた爆発は、見た目だけなら効いているように思えた。
しかし、それを対処できるのが群れの強みだ。前列に硬いホムンクルスを敷いておけば、砲弾から主兵力を守ることができる。装甲が硬ければ、ガードに入ったホムンクルスも最大腕一本とか足一本とかで済む。つまり群れ全体に与えられる影響は軽微だ。
こういった群れの対処はマニュアルだとこんな感じだ。
まず、迫撃砲を駆使して、群れの速度が落ちるまで射ち続ける。そして近づいてきたところを壁上から主兵力に向けて銃弾なり砲弾なりをぶつける。さすがに防壁破りに手傷を負った装甲組は使えない、という実に人間味あふれた方法だ。
そんなわけないだろう。
ホムンクルスが人間と同じ思考回路で動くわけがない。例え傷を負っていても、味方の盾となり、あわよくば人間を吸収するそれがホムンクルスだ。それでもだめなら自己を仲間に食わせて、より強いホムンクルスへの進化を促す。そうして群れは一つの個に進化していくのだ。
「砲撃をやめるな!向こうの壁兵どもを根こそぎ潰すのだ!」
遠くで指揮官っぽい正規兵ががなりたてていた。多分あんまり戦場を知らないんだろうなぁ。
指揮官正規兵が口にした通り、砲撃は止む気配がなかった。あんまり射ち続けないほうが実のところはいいんだぜ?だって、砲身の熱がこもって、誤爆の可能性が出てきちゃうんだから。
よくある銃の誤発とかもそれが原因。だから一発一発丁寧に射とうねー、僕との約束だよ。
ズゴーン、ゴーン、と爆音が轟く。しかして、ホムンクルスたちは止まらない。まさに迫りくるなんたらの群れ。某旧世代アニメ映画の甲虫みたいだなぁ。いいぞぉ、もっと進めぇ!
やがて、盾になっていたホムンクルスたちが前線を退き、主兵力が表に出てきた。見ただけでベースがわかるホムンクルスばかりだ。とはいえ、いずれもいずれも旧自然界の生物ピラミッドの頂点に座していた捕食者。
クマだったり、ヘビだったり、トラだったり、てか日本にトラなんていねーだろ。ここは中国か?
ホムンクルスの地域区分の統合性のなさに思わず、ツッコんでしまった。実際問題これはまずい。ものすごくまずい。数だって、三十は超えている。
勝てと言われても、こっちの戦力いくらだよ。
「うちって、戦力いくら?」
「しらなーい」
脳天気な答えが灯から返ってきた。そうですよねー、傭兵の俺らが知るわけもないですよねー。
見た限りでは壁上に八十人。壁内には数百人かな。平均としてレベル2ホムンクルス一体を相手取るのに三人は必要として、数としては多分足りるんだろうな。
でも、それだって練度によるものが大きい。
そもそもレベル2ホムンクルス相手に三人で事足りるというのは、理屈だけの話であって実際のところはまるで意味をなさない。
それにレベル3とか4とかもいるんだろうなぁ。嫌だなぁ、怖いなぁ。
気落ちしたまま引き金を引く。初弾が前列のホムンクルスの脳髄を吹き飛ばした。頭部を失って生きていられるわけもなく、そのホムンクルスは崩れ落ちた。
が、それで終わりではない。
後列から押し寄せてくるホムンクルスたちはその亡骸に群がり、食い始めた。お陰で喰ったホムンクルスたちは少しばかり強くなる。変化は特に見られないので、身体能力の向上くらいかな?
ズガン、という何かが砕けた音が下の方から聞こえた。視線を向ければあら怖い。なんか節足動物が壁に取り付いていた。壁に足を食い込ませてロッククライマーよろしく登ってくる。
「撃ち落とせ!あの害虫を撃ち落とせ!」
目ざとく反応した指揮官正規兵が部下にあれを射つをように命令している。命令するくらいなら自分で射てよ。多分レベル2くらいだよ。
すぐさま部下が銃弾を降らせて節足動物を防壁からたたき落とした。
とはいえ、その節足動物はただの先見兵。本体は目と鼻の先まで来ていた。