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金と鋼の傭兵稼業(旧)  作者: 賀田 希道
デイ・ワーク
5/30

我が社はサービス残業中

 俺のお椀には野菜しかない。別にまずくはないのだが、食っている感がなかった。それというのも目の前に肉があるのに一欠片も食えないからだ。

 灯がちょっと目を離したすきに肉を入れ、生焼けのままでも食おうとしたが、自動人形のように灯は反応して俺の肉をかっさらった。お陰で灯の腹は膨れるが、俺の腹はちっとも膨らまなかった。


 一通り具材が減ったところで、初めて灯が箸を止めた。珍しいと思い、俺も箸を止めた。

 「千景さ」

 「あ?」

 「あんたって、なんで傭兵になったの?」

 灯にしては珍しい質問だった。それというのもこいつは人のことなんて基本興味はない。路上の石ころくらいにしか思っていないのだ。


 だから少なからず驚いた。

 「金のためだな」

 「高校生なら親から金もらえるでしょ?」

 「うち、親いないんだよねー」


 初耳だったのか、灯は意外そうな顔をした。至極まともな反応だった。

 いくらホムンクルスが世界を跋扈しているとはいえ、両親がいない、という子どもは思いの外少ない。片割れならまだしも、の話ではあるが。


 現在の新東京にいる人間の大多数は十二年前に家族を失っている。かく言う俺も家に帰ったら、母親がホムンクルスに左目、左足、父親が両腕と下腹部を食べられているショッキングなシーンに出くわしてしまった。母親は骨ばかりだし、父親は恰幅のいい油男だ。ホムンクルスもさぞ満足のいく食事をしたことだろう。

 俺がいることに気づいた母親は俺にこう言った、助けてよ、と。


 いや、無理でしょう。その時の俺五歳だし対ホムンクルス用の武装も持っていなかったし。だから俺はすぐに逃げた。親不孝者、と最後に俺の母親は口にしていたが、危機的状況になったら親子の絆なんてビスケットのようなものだ。すぐに砕ける。

 実際にあの当時はハイパーインフレを超えたビヨンドインフレというものが起きていたせいで、子どもの内蔵とかを売って生計を立てていた家族は少なくなかった。


 それから十二年経ち、今に至る。今では母親と父親の顔すら憶えていない。名前もしかりだ。

 「つーか、親いないのによく今日まで生きてこれたね」

 「色々とやって食いつないでいたからな。そんで今から十年前にこの都市に来たってわけ」


 へー、興味なさそうに灯は口にした。人の過去なんて面白いものでもないだろうに。

 「それじゃあ、殺しとかもしたの?」

 かなり痛いところをつかれた。確かにさっき、色々なことをして食いつないでいたからな、と口にしたから、そう考えるのは当然だろう。それにしても直球すぎるが。


 「それを言ってメリットとかある?」

 冷たく突き放すような物言いだが、必要だ。自分の過去を根掘り葉掘り聞かれるのは好きではない。


 「は?何それ。ムカつくんだけど」

 それはこっちのセリフだ。

 「食事中にまずくなるような話をさせるなよ」

 「そっちが勝手に口したことでしょ」

 いや話振ってきたのそっちでしょ。そっちが聞かなければ俺もそんな話しなかったよ。


 「わかった、もう何も聞かない」

 灯はすっかり気分を害したようで、食事に没頭してしまった。加えて俺が箸を鍋に近づける度にものすごい剣幕で睨んでくるから、鍋に手がつかなかった。

 「あ、そうだ」

 思い出したように灯がポケットから紙切れを取り出した。


 「なんだよこれ」

 紙切れを受け取って、俺はぼやく。

 「知らない」

 そう言って灯はまた鍋に手を伸ばした。

 紙切れに目を通すと、少しだけ目がくらんだ。書いてある内容のせいだ。


 『千景へ

 予算データの改竄(かいざん)お願い。今日中に

 夕立様より』


 上司から予算をちょろまかせ、という指示がきた。ここでいう予算とは、親会社であるフィフス・エイトムに提出する今月の予算表のことだ。これ如何によって来月うちの会社に振り込まれる予算が変動する。

 無論残額が多ければ予算が引かれる原因になる。


 夕立ちゃんからすればそれは避けたいところだろう。なにせあの人にとって自分が好き勝手できる金が減るのは死活問題と同義だからだ。

 つーか、こういう予算って自分でひねり出すもんじゃないの?なんで親会社からもらってんの。


 「こりゃ面倒なことを」

 そう言って俺はクローゼットから仕事用兼プライベート用のパソコンを取り出した。一応機種としては最新版。しかも市場には出回っていない機種だ。これは夕立ちゃんが入社祝にくれたものだが、出処がわからないまま今に至る。


 パソコンを開き、会社のネットワークに侵入する。幾重ものパスワードをアンロックして、会社の機密データエリアに入る。

 中は公に出たらまずい情報がいくつかある。ほとんどは俺がしたことなんだけどね。

 灯は俺のしていることに興味がないのか、未だに鍋をつついている。


 「あー、こりゃめんどくせーな」

 これまで何回か夕立ちゃんの違法行為には携わってきたが、今回は度を超えてめんどくさい。それにしたってどう金を使えばこうなるんだよ。

 データを見る限り今月の予算の三倍の金が使い込まれている。そりゃこっちの報奨金を根こそぎ持っていかれるはずだ。多分、予算外の金はヤミ金とかから借りたんだろうなー。で、借金の補填として報奨金を使ったと。


 うん、これ見捨てたほうがよくね?

 だって、百パー夕立ちゃんの自業自得じゃん。俺がデータ改竄しなくちゃいけない理由ないじゃん。

 とか考えていたら例によって夕立ちゃんからメールが着信した。


 『裏切らないでね』


 怖い。チョー怖いですけど。あの人やっぱりエスパーなんじゃないの?

 これはもうどうにかするしかなかった。ので、カチカチとパソコンのキーを押し始めた。

 まずどうにかしなくちゃいけないのは各ヤミ金から金額の改竄。向こうだって、銃持ってる俺らと暴力沙汰なんてしたくはないだろうから、先方に無断でデータ改竄を行う。


 もし、向こうさんが、出入りじゃー、とか言ってうちの会社に殴り込みかけてきたら、そんときは向こうさんをぶち殺してしまえばいい。どうせ、今時のヤミ金なんて傭兵一人か二人を雇うのが関の山だ。

 問題は次の夕立ちゃんが勝手よろしく使った予算の内容だ。電気代、賃貸代、水道代を元の予算から引いても、使った量にまだあまりがある。


 えーと、

 通信代、高級レストラン×五回分、中華レストラン×二回分、モデルガン(プレミアム付き)、最新スマホ、最新タブレット、自宅の改装費、依頼を呼ぶ幸運のお守り×十、ふかふかソファー、薄型三百インチテレビ代、オーダーメイドスーツ、オークション費、エトセトラエトセトラ。

 エトセトラも合わせたら、軽く百万跳んで、一千万以上の出費だ。しかも、オークション費ってなんだろう。あの人オークションに参加とかしてるの?


 しかもこれだけの出費があるということは……

 『今月の給料未払いですか?』

 気になってメールした。

 すぐに返事が返ってきた。


 『イエース♡』


 それはないでしょう、と心の中で突っ込んだ。給料未払いとかふざけなさんな。これ来月も払わないパターンでしょ。学費とかどうしよう。俺も借金しようかな。


 「何してんの?」

 ようやく飯を食い終わったのか、灯が俺のパソコンを覗いてきた。もっとも、見てもよくわからなかったようでしかめっ面になったが。何これ、と聞いてきた。


 「今月給料ないかもしれない」

 「は?」


 突然の俺の言葉に灯は目を白黒させた。

 「いや、だから今月俺ら給料なし」

 「はあ?ありえないでしょ、なんでそうなるわけ?」

 灯は信じられないとばかりに驚いてみせた。

 「いやね、社長が会社の金を使い込みすぎたっぽくてね」

 「うわ……」

 心底嫌そうな顔をした。その証拠に顔の筋肉が今までにないくらい緩んでいる。


 「で、どうすんの」

 「まずはこの予算データを改竄して、その後は自己収入かな?」

 「その予算データってまずいもんなの?」

 「そうね、交番持ってったら即捕まって、即裁判所行きで、即刑務所行きなレベル」

 俺の適当な説明で納得したのか、灯は、ああ、と頷いてみせた。


 別にこの辺の数字とかをちょっと変えちゃえばいいんだけどさ、それだと別の問題が発生するんだよな。予算表を親会社に提出すると、向こうから監査員みたいなやつがくる。そいつにあれこれとその月の予算の使い方について聞かれる。

 そんでもって、予算表と向こうの調べたことに少し違いがあれば、すぐさま予算減額となる。


 嫌なんだよな、それだけは。

 人間絶望的状況だと言い考えが浮かぶと言うが、多分あれは嘘だな。悩んだって、いい考えは浮かばないのだ。


 あ、いや待てよ。待ち給えよ、俺。

 「いい考えがある」

 実に素晴らしいアイデアを思いついた。


 いやあ、俺天才。

 自分で自分を褒めてしまいたい。アイ・ラブ・マイセルフ。

 早速その案について夕立ちゃんに相談することにした。

 


 『──それで、どうにかなんの?』

 いつもの気の抜けた返事が返ってきた。とはいえ、多少身の危険を感じているのか、声の裏に余裕がない。


 「多分。問題は向こうの人選ぐらいじゃないですか?」

 『それなら多分だいじょーぶ。それくらいならこっちで操作できる』


 それは実に頼もしい言葉だった。傍から見ればただのお代官様のセリフにしか聞こえないけれど。そして無論そんなことは口にしない。


 『ほんじゃ、後はあたし任せてねー』

 そう言って夕立ちゃんは電話を切った。俺個人としてもこれがベストな策だという自信があった。


 「よし」

 「よしじゃないでしょ」


 これまで平静を保っていた灯が急に発言した。なにが、という目を向けると灯はこちらを軽蔑するような目で見ていた。

 「あんなのほんとにする気?」

 「必要ならな」

 「いや、絶対やるでしょ。あんたも社長も」


 それはごもっともなご意見だ。しかし、灯の口から否定的な意見がでるとは以外だった。

 「お前は給料欲しくないのか?」

 「欲しいけど……犯罪はちょっとね……」

 お甘いことだ。

 「飯はもう食い終わったんだろ?もう帰れ」

 「わかった……」


 珍しく灯は素直に言うことを聞いた。いつもなら人悶着あるところだが、何故か今に限ってしおらしかった。


 「じゃ」

 「ああ」

 灯を帰らせて、スマホの時計を見ると、十二時を超えていた。時間外労働だろこれ。残業なんてゴメンだぜ?うちは残業手当なんて出ないんだから。



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