フー・トゥレイト・サムワン、トゥレイツ・アズ・ロング・アズ・ヒー・リブス
寝覚めが最悪な日は決まって最悪な日の幕開けだ。
今日来客多すぎだろ。
寝てる俺のこといきなり起こしやがって。俺が寛大だから何もせずにいるんだよ?
「元気そうですね、千景くん」
俺を起こしたやつが丁寧口調でなんか言ってる。藍色っぽい髪の女で、第四高校の制服を着ている。第四の制服は手首とか襟とかに刺繍がしてあって、上品な趣がある。どこか貴族めいた連中だ。
そこに知り合いなんているはずもないし、まして相手は女だ。もっとない。
「あんた誰だ?」
だから多少なりともぶっきらぼうに相手に探りを入れる。
「憶えていませんか?これでも人よりは憶えられるであろう、顔立ちなんですけどね……」
女は少しすねたようにそっぽを向いた。なるほど、確かに言うだけあって、彼女の顔立ちはキレイだ。そこは認めよう。だが、憶えてないもんは……
「あ、綾瀬か?」
そうそう思い出した。確か昔同じ病院で一緒になったっけ。あれは俺が傭兵になったばっかのことだから、中学二年の頃かな?
ホムンクルスに左腕折られたときにお隣さんになったんだっけ。二週間くらいの付き合いだったけど、年が同じだからそれなりに仲良くなった。今の今まで忘れてたよ。
「そうですよ、相変わらず名前では呼んでくれないんですね、千景くん」
「別に名前なんてどうでもいいじゃん。ただの記号みたいなもんなんだからさー」
「そうですね、千景くんはそんな感じの人ですよね」
しかし、本当に懐かしい。確か綾瀬は俺が入院していたときに、右足がなかったはずだ。常に義足を付け、杖がなければ歩けなかったはずだ。入院していたのは人体復元手術のため、とか聞いてたけど、見た限りでは成功しているようだった。
もっとも彼女自身がハイソックスを履いているので、本当に手術が成功したのかはわからない。杖は持っていないようだけど。
「それで、なんで今更ここに?ただの入院仲間への見舞いか?」
「そんなわけないじゃないですか。まぁ、それも含んではいますけど、今回はそれ以外の目的もありますし、ある種のサプライズ的なものなんですよ」
「へー。で、どんなサプライズ?びっくり箱でも持ってきたのか?それとも臭い花を摘んできたのか?」
軽い俺の冗談を受け流し、綾瀬はニコニコと笑う。ああ、怖ぇ。こういう純真無垢な笑顔浮かべられるやつが一番怖ぇ。
それにあれよね。なんと言っても今の俺って完全に無力だから何されても動けないんだよねー。
「千景くん。私はこの四年で君に憧れて傭兵会社に入りました。やってみると意外と怖いもので、何度も死にそうな目に逢いました。
それでも、傭兵稼業を始めて二年ほど経ってからでしょうか、都市政府のとある要職に就くことになったんです、とても嬉しかったですよ、仕事それ自体の給金も高いですしね」
「とある要職、ねー」
その要職って傭兵程度が就けるものなの?まあ、傭兵だからこそ就職できるっていう職業もあるにはあるけど。でもねー。
思い当たるフシはいくつかある。夕立ちゃんの不正に協力する中で知り得たのだけでも三つ。実際にはそれ以上あるのは必然だろう。
第一に物流監査官。これは傭兵組織における武器流通を内々で監視する連中だ。二回ほどその存在に邪魔をされたことがある上に、発砲までされたっけ。
第二に特務人事官。こいつは簡潔に説明すれば、正規軍関係者が天下りをして、傭兵会社要職に就かないかどうかを監視する連中だ。夕立ちゃんとか俺みたいな軍籍を持ちながら傭兵をしてる連中とはよくいがみ合う連中だ。
第三に保全官。名前の通り機密事項を外部に漏らさないようにする連中。いわば旧日本の公安とかだ。記憶消したり、人間消したり、会社ごと消したりととんでもなくヤバイ連中だ。
他にも色々傭兵組織の中に都市政府の直轄はいくらでもいる。夕立ちゃんとかもいつか消されるんだろうなぁー。
「それで、俺にどうしろと?ペラペラんなこと話すなんてバカか?」
「そうですよね、そうおもいますよね。ではここから本題に入ります」
咳払いをして、綾瀬は続ける。
「室井千景さん。私と同じ保全官になってはくれませんか?」
綾瀬は静かにそう告げた。保全官という単語を強調して。
「ああ、いいよ」
俺の答えは即答だった。ここまで話を聞いておいて断るなんてナンセンス。記憶を消されるか、体ごと消されて終わりだ。それはもったいない。
さっき綾瀬は給金がいい、と言った。なら今よりも全然たくさんの給金がもらえるはずだ。そんな美味しい話を誰が断る。ここはリアルだ、どこぞのクズ振ってる実は熱血野郎がいる世界じゃない。
現実で必要なのは金一択。地獄の沙汰も金次第、なんて言葉があるように金さえあれば許される世界だ。俺は悪党じゃない、悪徳傭兵だ。見の振り方がうまくなきゃーね。
「それはすばらしいです。私も千景くんとお仕事できるのは嬉しく思っていたんです、是非お仕事しましょうね、それに何と言っても君の狙撃技術は素晴らしいですしね、十五キロスナイパーさん?」
「あははは、そんなこともあったけ?戦闘記録見たんだろーけど、あれほぼまぐれだから」
「でしょうね。でも、最新の機器を使えば十キロ先の狙撃くらいはできますよね、千景くんは」
そこは否定しない、と言っておいた。自分の資産価値は高めに設定しておかないとね。これって身売りの基本だよ、諸君!
「それじゃあ、あとで上司みたいな人にメールしときますので、とりあえず私のアドレスをどうぞ」
今時赤外線通信だろ、と思った矢先に綾瀬は名刺を渡してきた。
株式会社「フィフス・エイトム」傭兵課実働部隊第三班長
綾瀬 暦
電話番号………
みたいなことが書いてった。
「それでは、おやすみ……いえ、さようなら千景くん」
外がすでに明るくなってきていることに気づいたのか、綾瀬は言い直して病室を出ていった。結局のところあんま寝れなかった。
とはいえ、今日の収穫は大きい。何より綾瀬の言うことが本当なら俺は保全官の仲間入りをしたわけだ。忙しくはなるだろう、でもね。
金さえありゃいいんだよ、この世は。




