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金と鋼の傭兵稼業(旧)  作者: 賀田 希道
デイ・ワーク
3/30

タダ働きは日夜茶飯事

 切断された足はゴトリと音を立てて、壁上に転がった。スコープ越しにでもわかる見事な切り口。達人の技と言ってもいいくらいだ。

 何が起こったのだろう、というお約束な表情(?)をホムンクルスはしていた。そりゃそうでしょうね。だって、俺も見えなかったし。


 壁上に影が増えていた。

 東部の市立高校の女子制服を着た影。灯だった。彼女が手に持っているのは白金色の日本刀。しかし、ただの日本刀ではない。あの刀の周囲がゆらいでいる。


 まるで陽炎のようだ。

 実際にあの刀は高熱を発しているのだ。その熱量は大体二〇〇〇度くらい。鉄だろうと何だろうと溶かせるほどの熱量だ。当然そんなものを生身の手で持てるわけもなく、灯の両手には耐熱用の特殊グローブがつけてある。

 それでもやっぱり、五十度くらいはあるんだよな。


 灯がの刀が振られる度にホムンクルスは悲鳴を上げる。その音は遠いこちら側にも届いた。ホムンクルスには痛覚なんてものはないから、あれは恐怖から生まれる発声なのだろうか。

 とどうでもいいことを考えている間にも灯の攻撃は止まらない。

 足もハサミもなくなったホムンクルスはどうすることもできずにただ切られ放題だった。個人的感想だが、もう止めてあげて欲しかった。


 数分くらい経って、ようやく灯が攻撃を止めた。その時点でホムンクルスは原型を留めておらず、もう何がなんだかわからない溶けた鉄になっていた。

 それでもまだ動くのだから大したものだ。溶けた体を再生しようと、まわりの鉄をかき集める。しかし、グズグズになった鉄の体を再生しようというのは無謀すぎる。今日は別にそこまでの寒さはないし、固まるまではまだかなり時間が必要だ。

 懸命にもがくホムンクルスに対して灯は刀を突き刺した。ヂュプリという擬音がふさわしい光景だった。俺やその他の傭兵、正規軍が弾丸を無駄にばらまいても殺せなかった化物を灯はあっという間に殺した。

 実力とはかくも素晴らしい。


 「おい、灯」

 報奨金の話をしようと、灯のスマホに電話をかける。

 『なに?』

 心底嫌そうな声が返ってきた。


 「金のことなんだが……」

 『ああそれね。あたしが九割九分、千景が一分でいいよね?』

 はははははは、何言っちゃってんのこの子?そこは朗らかに『山分けでいいよね?』だろ。なあにふざけちゃってんの?


 「おい、それはないだろう。それじゃあ俺ほとんどタダ働きじゃん。一応命かけてんですけど」

 一応の反論を試みる。

 『はあ?何言ってんの。あんたただの手伝いじゃん。あれぶっ殺したんのこっちなんですけど』

 すぐによくわからないことを言ってきた。ていうか倒した人に金が行っちゃったら、サポーターの為の金誰が出すの?


 「あの、それ俺タダ働きってこと?」

 『頭悪いの?そう言ってんじゃん』

 えー。

 それは非常に困る。ただでさえ給料の払いのに、臨時収入までないとかもう終わってるだろ。ブラック企業かよ、あ、ブラック企業だった。


 「あー、うん」

 『そんじゃ、おつー』

 灯はそう言って一方的に電話を切った。おつー、じゃないんだよなぁ。こっちだって生活かかってるし。

 もういっそイリーガルな職に転職しちゃおうかしら、などと考えたくなった。傭兵くずれが暴力団関係の仕事につくことはよくある。大方の理由は傭兵をしていた時の稼ぎが悪いからだ。

 実力がなかったり、実力はあるけど飼い殺しにされていた人間が就くらしい。実際に仕事に就いて、前の倍以上稼いでいるやつとかもいる。


 とはいえ、高校生の傭兵を雇う暴力団があるとは思えない。そもそも俺そこまで人相悪くないしね。ヒョロったガキくらいにしか見えないし。

 本気で転職を考えていたときだった。


 ふといい考えが浮かんだ。

 もういっそ、本社に入社するか、という考えだ。

 そんでもって、灯とか夕立ちゃんを上から見下してやろう。系列会社の人間は本社には勝てない。親は正義、絶対無敵!子どもは黙って指を咥えていればいいのだ。


 そう思って、俺は早速本社の人事課に電話をかけようとした。スマホの画面を開くと、メッセージが一つ入っていた。

 文面は、

 『本社に移るとか考えないでね?』

 という夕立ちゃんからのものだった。


 見なかったことにしよう見なかったことにしよう見なかったことにしよう見なかったことにしよう見なかったことにしよう。

 これあれじゃん。殺害予告とかそういう種類のもんでしょ。移籍したらぶち殺すとか、そういうもんでしょ。何あの人、エスパー?地獄耳?

 そうこう考えていたら、またメッセージがきた。


 『返事は?(千里先の針の音も聞き逃さない夕立ちゃんより)』


 これもって交番行けば脅迫罪であの人捕まるんじゃね?

 柄にもなく警察を頼ろうとしてしまった。

 でも無理だろうなー。

 一応夕立ちゃんも傭兵だし。傭兵同士の争いはよくあることだから、例え傭兵が他の傭兵を殺しても、罪にはならない。さすがに行き過ぎた犯行は手錠だけど、脅迫くらいじゃ注意受けるくらいだろう。


 仕方なく、『はい』という文章のメッセージを送った。

 『わかりました、でしょ?』

 『わかりました夕立様』

 『よろしい』

 めんどくさい人だった。


 気がつけば日が暮れかけていた。四方を防壁に囲まれているから、新東京は日が暮れるのが早く感じる。太陽が防壁に隠れてしまうからだが、盛りの若者にとっては嬉しくないことだろう。

 お陰で夏でも五時を過ぎれば、夕焼け空が見える。これは冗談だけれど。とにかく暗くなるのだ。ついでを言えばいつだろうと寒い。

 これは今が氷期だからだ。

 十二年前の諸々以来、年々地球全体の温度が下がっている。今は夏だが、平均気温は二十八度だ。だからか、夏服という概念が今はない。水着もない。なにせ海水の水温は平均八度だ。低くはないが、入って心地のいい温度ではない。

 ライフルをコインの状態に戻して、アパートの屋上から降りる。学生寮に戻る道すがら、俺や灯が通っている新東京東部の高校、市立新東京第三高校の制服を着た男女が何人も歩いていた。時刻的に学校が終わった時間だ。下校の最中だろう。

 黒を基調とした制服。すれ違う連中がほぼほぼきちんとそれを着ている。模範生というやつなのだろう。今のこの都市で模範生を演じて何の意味があるんだろうね。

 その模範生たちを見ていると、四人組の男子生徒がしている話が気になったので、連中の後をつけることにした。

 「なあ、聞いたか?」

 「東部の防壁にホムンクルスが現れた、てあれのことか?」

 「正規軍が五人死んだって」

 「うわっ正規軍弱え」

 「傭兵団も随分死んだって」

 「大丈夫なのかよ、この都市」


 これはこれは恐れいった。模範生が転じて反政府主義者とは。まあ、末端の末端の末端の末端だろうけどね。

 反政府主義者とは現在の新東京を統括している政府に対して批判的な連中だ。連中の言い分はこうだ。

 「今の脆弱な政府に都市運営を任せられるか」

 だ。


 じゃああんたらならどうするの、と聞けば、

 「さらなる協力な武器や兵士を製作、育成すべきだ」

 それって、完全なる軍隊主義じゃん。自由がなくなるでしょ。ま、自由すぎるのもあれなんだけどね。


 「つーか、正規兵って強いの?」

 「知らね」

 「でも、今日のホムンクルスってあんま強くないやつでしょ?」

 「マジ?それに負けるって正規軍弱すぎ」

 言われ放題だなー。


 「誰がそのホムンクルス倒したんだよ」

 「傭兵らしいよ。ほら、ネットに出てる」

 「うへ、傭兵に防衛任せた方がいいんじゃね?」

 勝手なことを言うなー。じゃあ、お前らがあの化物を殺してみろよ。瞬殺だろうけどね。あるいは怯えて何もできずにちぎられるとか。

 想像したら笑ってしまった。あの連中が鼻水と小便垂らして、ホムンクルス相手に意味もなく「ごめんなさい」とか口しているんだから、笑えるしウケる。飽きたので帰ることにした。


 「おい、お前」


 俺?と言うように振り向いて自分を指差す。

 見ると、さっきの連中が俺を睨んでいる。あ、ひょっとして連中の話笑ってた?


 「お前今笑ってただろ、俺らのこと」

 えー、何それ。こいつらどんだけ沸点低いの?

 思い出し笑いかもしれないじゃん。


 「いやだなー、ただの思い出し笑いだよ」

 「嘘つけ」


 ですよねー。ソッコーでバレた。


 「お前C組の室井だよな」

 「ホントだな」

 特定早いな。てことはこいつら俺と同じ二年か。だから俺のこと知ってるわけね。


 「おい、室井。なんで笑ったんだ?」

 「いや、何のことだか」

 「とぼけるなよ」

 というか往来の真ん中で何やってんの君たち。問題起こす子は就職できませんよ!


 「ここだと目立つな」

 「ちょっと付き合えや」

 え、愛の告白?なわけもなく、その辺の路地に連れて行かれた。なんで人をボコるときに路地に連れてくんだろうね。自分のパーソナルスペースにでも連れ込んでそこでボコればいいじゃん。


 「おい、なんで俺らのこと笑ったんだ?」

 「話が面白くてね」

 「あぁ?」

 ちょっとだけ挑発じみたことを口にすると、すぐに相手はのってきた。


 「いやさ、自分たちは戦わないくせに戦っている人たちを侮辱すんのはどうかな、と思ってね」

 「何言ってんだ?」

 「こいつわいてんじゃねーのか」


 連中はより一層表情をこわばらせて、俺を睨んでくる。さすがに睨まれると、思っていなくても怖い。小心者だからね。

 「そうかよ」

 言い終わる前に左の頬を思いっきり殴られた。

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