エンドレス・リアー・パスィング
野蛮人云々はともかくとして、いつ頃退院できるんだろう。これまで通りならあと二、三日かな。じゃあ、あと二、三日は灯が言っていた美人看護師とやらの介抱を受けられるのか。ばんざい!
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同刻、新東京東部。
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生来、白河灯は曲折した人生を送ってきた。それが現在の彼女を形成した、と言えばそれまでだが、およそまともではない人生ではあった。
彼女は六歳の時にまず父親を失った。奪ったのはホムンクルスではなく同種、つまりは人間だ。『未登録居住者』の集団による暴行が原因だった。目の前で父親が肉塊となり、同行していた灯と彼女の母親はなす術もなく、その場から去るのがやっとだった。
それ以来彼女の母親は病み、私生活が荒れていった。目の前で連れ合いを失ったのだから当然と言えば当然だが、被害は外にも向けられていった。
DVという行為とまではいかなかったまでも、育児放棄に等しかった。食事は一日に一食あるかないか。服だってろくなものがない。住居は荒れ、近所の人間からゴミ屋敷を通り越して、幽霊屋敷などと呼ばれるまでに至った。
当然ながらそんな家の子どもは学校で除け者にするのが人というものであり、イジメられる側になっていった。ボロ雑巾のような服を着ている彼女を擁護してくれる人間はおらず、小学校から中学校二年までは月光にいる間、イジメられるだけの人生だった。
転機とあったのは中学二年の後半、来年受験だ、などと周囲が騒いでいた頃だった。当時灯はそこまでの額はなかった。加えてのイジメられっ子である。高校なんていける御身分ではなかった。
転機を与えたのは一つの事件。
新東京において「パラスィトゥス事件」と称される事件だ。
この事件は世にも珍しい寄生型ホムンクルスが引き起こした事件だ。冬虫夏草タイプのレベル3ホムンクルスで、運悪く東部防壁を乗り越えてきて、彼女の学校の生徒の一部に寄生したものが、一度に芽を咲かせたのだ。
隣に座っていたクラスメートの体がはじけ飛び、周囲に目玉だったり腸だったりが飛び散る。学校中は突如として現れた複数のホムンクルスにたちまちパニックを起こした。
皆誰しもが我先にと入り口へ逃げ、さっきまで「俺たちズッ友だぜ!」とか言っていた「友達」を押しつぶしていく。その逃げていく人間たちを冬虫夏草たちは貫通性のある触手で後ろから狩っていく。
頭を砕かれたり、心臓を抜かれることで血溜まりはドンドン増えていく。その血溜まりに沈む死体に差異はなく、教師、生徒皆平等だ。
ただ、その中で灯は動くことがなかった。怖くて足が動かないとか、別にあたしなんて死んでもいいとか、考えていたわけではない。そんなありきたりな思想ではなく、ただの衝動ゆえだ。
「こいつらは簡単に壊れそうだな」
破壊衝動、というべきものなのか、それが彼女の心の中に芽生えた。長い間イジメられていことで我慢を知った彼女はこれまで耐えていた。そこに限界はなく、耐えられるならば止むまで耐えていたことだろう。しかし、その終点が破壊衝動というものの芽生えにより、生まれた。
もう自分をいじめる連中はいない、ならば我慢しなくてもいいよね、という単純な考えだ。
事態を聞きつけた正規軍の特殊部隊が駆けつけ、とある教室を覗いたときだ。彼らはその教室の光景に言葉を失った。
彼らが目にしたのは椅子に座る左足の付け根がなくなり、右手が中指を中心として半分に削がれている少女。そして少女の周囲には無数のレベル3ホムンクルスが横たわっていた。
横たわっているホムンクルスは皆生体活動が停止するまで引き裂かれ、まるで猛獣が舞い降りたかのようだった。引き裂かれ方には無駄があり、技術ではなくただの膂力で行われたのは明らかだった。
しかし、椅子に座っている少女の細腕を見ても、それができるとは思えなかった。火事場の馬鹿力、という言葉があるがそんなものでは説明がつかなかった。眼前の少女がスーパーマンのように異星から来た存在、と聞けば納得したのだろうが。
少女の意識はすでになく、出血は止まらない。何よりどう見たってどんな処置を施しても無に帰すことは明らかだった。
それでも見捨てるのは人道に反すると考えた正規軍は、少女の保護に移ろうとした。担架が運び込まれ、少女を乗せる。出血しているせいですぐに白い担架が赤く染まった。
その後、彼女に施されたのは最新医療による人体復元。費用だけなら菅原道真が大名行列で地平の彼方まで歩いていくくらいだ。そんなものをその時の白河家が払えるわけもない。
だが、何故か現在に至るまで請求はされていない。
その事件におけるすべての出来事は彼女の学校には大まかにしか知らされなかった。当然灯が重症であることや、教室での惨劇などは知らされていない。またこのことは灯の母親にも知らされなかった。
病室の灯に最初に面会をしてきたのは、正規軍関係者だ。彼らが訪れた目的は事情聴取だが、実際の目的は灯を正規軍にスカウトしにきただけだ。彼らはいくつかの条件を灯に提示したが、長年イジメられていた灯は素直に彼らの言葉を信用できず、首を横に降った。
次に病室を訪れたのは傭兵会社「クラウド」の社長、三紬夕立だ。彼女の目的もスカウト、ではあったが、彼女は軍ほど生易しくはなかった。
「あんた、これから死ぬのとうちの会社に入るの、どっちがいい?」
病室にはいると、コインを重装型機工鎧へと展開し、灯に迫った。五十口径機関銃が四装、浮遊足型対電子デバイスが二足、対運動用装甲に身を包んだその姿は動く要塞そのものだった。
そんな要塞兵器を向けられて、何ができるかと聞けば口を開くことしかできない。
「わかりました」
というしかないだろう。
「あんがと」
夕立は武装を解き、笑顔のまま病室を去った。恐喝をされることは灯にとって慣れたことだ。それでも我慢できたのは向こうに殺意がないのが見て取れたからだ。
しかし、そのとき眼前にいた夕立という傭兵は断れば、即座に機関銃を射つであろう、ということが予想できたので、灯は二つ返事で了承した。
最後に病室に来たのは……
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