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金と鋼の傭兵稼業(旧)  作者: 賀田 希道
アウター・デイ
21/30

ベアラー・オブ・インフェリクス

 室井准将閣下が俺の名前を呼んだのはけっこう最後らへんだった。名前を呼ばれなかったので、あれ俺お呼びじゃない、とか勘違いするくらい最後らへんだ。

 携帯端末を受け取る際、室井准将閣下の御尊顔を拝見した。やっぱり俺とは全く似ていなかった。室井という名前自体日本にはよくある名字だ。同じ名字だからといって、俺の親族なわけはない。


 こんな風に思うのも親とかに未練があるからかな?それとも自分が死んだときに悲しんでくれる人がいないから?

 下らないな。



 数時間後の午前十一時近く、移動用の輸送ヘリが壁上に降り立った。初めて見る巨大ヘリに心が踊らされないこともなかった。

 総重量二十トン、積載量最大三トン強。二枚のプロペラを有する、チヌークだかイヌークだか呼ばれる機体によく似ていた。前時代の遺物だが、貴重なガソリンを注ぎ込んで動けるようになった。


 ちなみに一班(ひとはん)ごとに一機ずつヘリが振り分けられた。

 第一班から順次ヘリに搭乗し、全員乗り次第ヘリは二枚のプロペラを元気よく回して離陸した。そしてあっという間に小さくなっていった。


 改めて航空機の重要性を再確認することができる場面であった。

 「次、第四班!さっさと乗れ!」

 正規兵に急かされて、そそくさとヘリに搭乗する。


 乗ってみると、中は随分と広いものだ。最低限降下準備が可能なだけの空間があり、予想していた十人キッチキチのヘリ内とは打って変わっての快適さだ。もうここに住もうかな?

 最後の班員を乗せて、扉を閉めたヘリはさっそうと上昇していく。ヘリが上昇すると同時に足元から何かが消えたように感じた。これまで自分が触れていた地面から離れた感覚だ。


 人生で初めて味わったこの浮遊感はかなり気持ちの悪いものだった。まるで自分が天国にでも登っていってしまっているようなそんな心地がした。


 気分転換に窓の外を覗こうと、外を見たらこれも唖然。新東京一帯を一望することができた。それもかなり遠くから。これまで自分が閉じこもっていた殻から抜け出し、広い空を翔けることは……あえて言おう、最悪であると。


 地面が滅茶苦茶離れてるし、ホムンクルスとかもう点じゃん。あと飛んでる時のこのケツが落ち着かないもどかしい感覚とか最悪なんだけど。やたら揺れるし、脳は揺れるし、最悪だ。誰かゲロ袋もってない?ないならその辺の袋に吐くから。


 結論に至るや否や俺は自分のパラシュートに吐瀉しようとした。

 「各自注目!」

 しかし、うちの班長様が号令をかけたことにより、思いとどまった。でなければ今頃酸っぱい味が俺の口内中に広がり、ヘリ内が悪臭で満たされていたことだろう。


 「これより、降下を開始する。各自パラシュートパックを着用せよ!」

 よく通る声で指令を出したのは第四班の班長である、倉田という正規兵だ。階級は大尉だそうだ。兵士似つかわしい坊主刈りで、年齢は三十代前半に見える。静観な顔つきをしているので、冷静沈着というイメージがある。


 倉田班長に指令を出されて座席の下のパラシュートパックを取り出す。パラシュートパックを背負って、後部デッキに歩いていく。デッキが開き、眼下の地上が視界に入ってきた。

 見えたのは視界いっぱいに広がる樹海。前時代の千葉ではありえないほどに広大な樹海だ。広大さもさることながら、樹木一本一本も全高四十メートルはありそうだった。

 降下している間に引っかからないことだけが気がかりだ。


 「現在地上との推定高度、三千メートル。パラシュートは高度二千五百より展開。全員降下開始!」


 倉田班長を筆頭として、第四班は降下を開始した。一人ずつ少しづつ位置をずらしてぴょんぴょんとうさぎみたいに飛び降りていく。

 パラシュートパックを背負っていなかったら、自殺志願者の集団にしか見えなかった。


 降下し、高度二千五百メートルの地点より、パラシュートを展開する。ピンを引くと、バサリと大きな音が立ち、背中が少しだけ開放された。

 パラシュートを展開すると、すぐに上昇気流によって少しだけ上昇する。しかし、地球の引力は健在なので、ゆっくりとだが降下していく。こう考えてみると、パラシュートとは画期的な発明なのだなぁ。


 「班長!あれ見て下さい!」


 班員の一人が何か発見したのか、日没する国の方角を指差した。俺を含め、第四班全員が同じ方向に顔を向ける。

 見えたのははるか遠くで高速旋回をする生物。かなり速い。速度は推定で六百メートル/セカンドくらいかな?絶対にホムンクルスだ。


 「総員警戒態勢!」


 風に流れてきた倉田班長の声を聞き取って、ライフルを展開する。降下中に敵と遭遇とか冗談でも笑えない。


 スコープ越しに捉えたそのホムンクルスの姿はトンボに近いものだった。

 薄く透明な羽が四枚、トンボ由来の複眼。ここまではトンボとほぼ同じだ。しかし、腹部が棒状ではなく、ヒレ状だった。多分旋回をしやすくするために発達したのだろう。


 薄い羽は時折鋼のような輝きを発し、本能的な危険を感じさせた。形状がブレード状なのも気になる。

 何よりそのホムンクルスはこっちに近づいてきていた。


 「ぎゅえ……」


 肉を口に含んで、その直後に腹をプロボクサーに殴られたときのようなうめき声が聞こえた。見ると、班員の一人の腹部から下が消えていた。そのままその班員は手からアサルトライフルを落とし、一声も発さなくなった。


 いつの間にかトンボ型のホムンクルスは俺たちの後方に回り、四枚の羽の内一枚が少しばかり赤くなっていた。ホムンクルスは大きく旋回し、再びこちら側に強襲をかけてくる。

 六百メートル/セカンドなんてもんじゃない。その1.5倍の速度はある。ライフルの連射速度にゃ負けるが、人間の動体視力捉えられるもんじゃねーよ。


 「各員!応射しろ!」


 倉田班長の指令を受け、俺以外の班員が射撃を開始する。

 俺以外の班員の武器はアサルトライフルだ。最新版のものとはいえ、命中精度はそこまでよくない。ばらまいて表面積の広い相手を倒すのがメインだ。


 対して、動体視力では捉えられない速度に加えて細身のある体のホムンクルスだ。弾丸なんて自分から外れていく。


 例によって、アサルトライフルから放たれる弾丸は無駄射ちでしかなかった。弾丸はかすりもせず、余計な騒音だけを立てている。そしてそれを射った班員たちは一人二人と切り裂かれていく。

 てか、馬鹿野郎。


 なんでバカバカ激しく射つんだよ。そうやって騒音と光を発し続けたら、樹海中のホムンクルスに伝わっちまうだろ。自分で自分の居場所知らせるとか馬鹿なんじゃないの?

 すぐに銃撃を止めさせようとしたが、騒音のせいで俺のか細い声なんてかき消された。結果として、地表に着くまでの四十秒間に四名の班員が死んだ。


 さすがに樹海の中に消えると、例のホムンクルスも追ってこず、ひとまずは危機から離脱できた。しかし状況は依然として悪い。

 降下途中の襲撃で大きく降下予定地点をズラされた。そのせいで第四班はバラバラにされた。視界の悪い樹海で背中を預けられる人間がいないというのは笑えない。


 しかもさっきの派手な銃撃のせいで樹海中のホムンクルスが目を覚ましたはずだ。だから出会い頭にいきなり戦闘、なんてことにもなりかねない。


 『……おい!……応答しろ!』


 突然ポケットに入れていたスマホから倉田班長の声が漏れ出てきた。無線機能もあるのか、このスマホは。それに発振器としての機能もあるだろう。

 ここで応答しないのは得策じゃないな。


 「はい、第四班の室井です。班長も無事だったんですね」

 『……無事だったか!現在各員のスマートフォンに……をしてるんだが、応答があったのはお前以外じゃ二人……。……可能か?」


 無線から漏れ出てくる声は途切れ途切れでうまく聞き取れなかった。補足するなら、合流できるか、とか聞いてきてるのだろう。それと、無線の応答があったのは俺以外じゃ二人だけとも。

 残り二人は多分着地とほぼ同時にホムンクルスから奇襲されたんだろう。ベテランが死ぬ原因の一つとか、壁上で傭兵さんが言っていたことだ。


 「そちらの座標がわかりません。合流はちょっとむずいですね」

 『座標……る。それを……し……ら来てくれ』


 倉田班長の言葉が途切れると同時に、メールが一着送られてきた。開くと、倉田班長の現在位置がビーコンで記されていた。目算距離で東に三百メートルの地点だ。あんま離れてなかったな。


 「わかりました。今から合流しました」

 『了…k…』


 それを最後に無線が切られた。

 ここで俺には選択肢が二つ存在する。


 一つは合流せずに単独行動をすること。自由にはなるが、危険度は班行動よりも数段増す。しかもこれをすると、緊急時に仲間を盾にして逃走、という選択肢が取れなくなるという最大レベルのデメリットが生じる。


 二つ目は前者に反して合流すること。安全度は増すが、自由行動ができなくなる。それに何と言っても、行軍速度が低下する。


 さて、この究極の選択を前にしてどうすべきか。

 「合流するか……」

 だって、論理的に考えてそれが一番安全だしね。


 決めたら俺の行動は速い。すぐにビーコンの地点に向かって行動を開始した。

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