デイ・ライト・ブレイク③
急にそれまで無反応だった灯が行動したことによって、連中は目を白黒させていた。何がわからないまま掴んでいたサンドバッグが消えたのだから当然だ。そういう反応してもらわなきゃ逆に困る。
しかし、数秒後連中は正気に戻り、灯を睨んだ。
「何するんだよ」
「そいつをかばう気か?」
「ヒーロー気取りはモテねーぞ!」
なんとも知性のかけらもない言葉が連中の口からこぼれた。それにヒーロー気取りたかったら、金は要求しねーだろ。アンパンマンが「助けてあげたんだからお金ちょうだい」なんてセリフ言うとか子どもは喜ばねーよ、絶対に。
「おいなんか言えよ!」
「ちょっとうっさい」
絶えず、がなる連中に対して灯はポツリと怒気のこもった一言を口にした。目つきが普段のタレ目から、つり目に変わり少し怖くなっていた。
「あたしがこいつをかばう?あんたら阿呆なの?そんなのするわけ無いじゃん」
「じゃあ、なんでこいつをかばうんだよ!」
「んなもん決まってんだろ」
言い寄る男に俺がポツリと返答する。
「「金のため」」
灯と声がシンクロした。それを聞いて連中至極呆れたような顔をしてみせた。そもそもさっきの会話聞いてて、その結論に至らない方がおかしいんだよ、バーカ。
「あ、そう言えば千景。早く金」
「はいはい」
言われて財布をまるごと灯に渡した。とりあえずカード払いということにしよう。
「それで終わりか?」
「何が?」
連中のうち一人の言葉に灯は反応する。
「お前今俺らからその阿呆を助けるとか言ってたけどさ、女一人で俺ら四人をどうにかできると思ってんのか?」
「よゆーだし」
「いきがるなぁ」
連中はまるで愉悦を憶えた精神異常者みたいな表情を見せた。これから灯を陵辱し、俺をなぶる。自分たちに対して反抗する人間をいたぶるのが好きな連中なのだろう。
「そんじゃあここで喧嘩すんのもアレだし、移動するか」
言われて俺たちは例によって人気のない体育館に連れて行かれた。今日の時間割では午後に体育の授業があるクラスはないのだろう。ここは近所さんの要請で完全防音になっている。鍵さえ閉めれば、透視能力でもない限り中で起こってることはわからない。
「ここなら好きなだけ暴れられる」
リーダー格の男がそう言って、灯を組み伏せようとした。随分と情熱的なことだ。それで卒業できるなら約得というものだろう。
「あっそ……」
灯はリーダ格の男の手を払い、自分のポケットに空いてる方の手を突っ込む。そしてコインで指を切り、高熱の日本刀を展開した。
通常なら耐熱グローブを使わなければ握ることのできない高熱の刃だ。今の灯はその耐熱グローブをしていない。ので、彼女の手がジューと音を発してただれていく。
灯は刀の切っ先をリーダ格の男に向け、冷ややかな視線を送る。その目に殺意はない。ただただ自身に対して危害を加えてきた何かに対して向ける目だ。それは無垢で純粋だ。
だからこそ何をしてもいい、という思い込みがある。恐ろしいことだ。
リーダー格の男は自分に向けられた日本刀を凝視する。そして恐らく時節感じる熱で肌が焼かれていた。他の連中は身じろぎせず、ただ状況を見守っている。
「で?」
「は?」
「で、こっからどーする?まだ喧嘩する?」
灯の声には感情がこもっておらず、淡々としていた。
「お前、何なんだよ」
この場においてもっともらしい問いがリーダー格の男の口からこぼれた。男の額から汗がこぼれる。冷や汗というやつだ。
日本刀を向けられてるくせによく弁が回る。俺なんて刀向けられたら舌が回らない。噛みまくりだ。
「んー、ねぇ千景。これって答えたほうがいい?」
「別に構わないんじゃね?知られて困るようなことじゃないし」
俺からの同意を得て、灯は再び口を開く。
「あたしは傭兵。それがどうしたの?」
一瞬沈黙が流れる。元々沈黙が流れていたけれど、より重苦しく体育館にのしかかっていた。
「なんで……傭兵が……善良な一般市民に武器を向けるんだよ……」
「何言ってんの?」
途切れ途切れの男の言葉を灯は一蹴する。それくらい灯にとってはどーでもいい問いかけだった。彼女自身の価値観からすれば、モラルなんてクソ喰らえ、と形容してもいい。
「だってそうだろ?傭兵ってのは俺たち善良な一般市民を守るためにいるんだろ?それが俺らに刀とか向けていいと思ってるのかよ!」
威勢のいい言葉をリーダー格の男は吐く。彼の言っていることにはまちがってはいない。思想が違ければ、の話だけれど。
「それって、あんたらが百パー善人っていう風に聞こえんだけど?」
「だって、そうだろ?事実俺らは抵抗手段ののない一般人……」
男の声はそこで途絶えた。灯は特に何もしていない。姿勢を保ってまま、リーダ格の男に刀を向けている。ただし、手は焼けただれてもう握っているのさえ苦しいはずだ。
でも、この場合は問題はそれじゃない。男の肌が少しずつ焼けていった。灯の持っている高熱の刃の影響だ。やけどに近いものといえる。
ただし、やけどと違うのは肌に対して与える悪影響が比ではないということぐらいだ。
「熱っ……熱い!」
男は焼けている部分を両手で覆う。そのためか、灯の日本刀から逃げることができた形になった。ある意味での幸いだな。
「抵抗手段を持たない一般市民がうちらをこんなとこに連れてくる?」
さすがに限界がきたのか、灯は日本刀をコインの状態に戻していた。日本刀を握っていた方の手からは血が垂れ、溶けた肌がどろりとこぼれた。
「何言ってるんだよ……」
焼けた皮膚を抑えながら、男は灯に問う。灯はそれに応えずただバカにするような笑みを浮かべていた。普通なら頭に血が上るような顔だが、あいにくと連中は動こうとしない。
「わかんないなら別にいーけどさー、もううちらに関わんないでくんない?正直マジウザいから」
「おーあかりーもっと言ってやれー」
「あんたは調子に乗り過ぎだけどねー」
そうですねー。
上げて落とされた。さっきまで弁護してくれたくせにすぐさまけなすとか、SMプレイじゃないんだからさー。
けなされるのが自業自得の俺の責任であることに、自覚したくはなかった。ほら、誰だって自分が避難されるのは嫌でしょー?
それはさておいて……
再び連中を一瞥する。ことリーダー格の男の焼け跡はごまかしがきかないだろうな。もしこいつらが学校側に俺たちから暴力を振られた、とか訴えれば事情を知ってる学校は俺らに対して法的措置をとってくる。
退学とか、手錠とか色々。
それはめんどうだし、願い下げだ。何よりも警察沙汰になれば傭兵の資格が剥奪される。
結果として会社はクビ、軍じゃ多分降格、一生兵卒、といったところだろうか。うん絶対に嫌だ。そう思って、問いかけるような視線を灯に送った。
「ん?」
「どうする、こいつら?埋めるか?」
「あーそだねー。いっそ、『未登録居住者』の連中に罪なすりつけよ?」
「それでいっか……」
一番現実的な隠蔽方法だしね。
そう結論づけてからの行動は迅速だった。
*
「仕事したあとってのは腹が減るよねー」
寮に帰る道すがら灯が物言いたげな視線を俺に向けた。ははーん、これはアレですなー。晩飯作れ、とかいう意味ですなー。
いつもなら断るところだが、今日は気分がいい。久しぶりにメシを作ってやらんこともなかった。何が気分をよくさせたのかは別の話として。
仕事が終わって気づけば夕刻。空が赤いし、西の防壁の頂上が赤い線が引いている。それだけを見ると、西の防壁が燃えているようだった。本当に燃えていたら困るけどね。
景色云々はこれくらいにして、今夜何を作るかを考えよう。部屋の冷蔵庫には野菜が幾つかと、乾物があるくらいだ。そうなるとやっぱり……酒のツマミくらいかな、作れるのは。
結果として作ったのは野菜炒めと乾物で出汁をとったスープ(具無し)だ。味に自信はあるが、スープの味はどうかわからない。そもそもスープなんて作ったこともないからなぁ。
ネットで調べただけだしね。
「で、お味は?」
自分で味を確認しながら灯の審査を受ける。ここで不味かったら「不味い」の一言で俺のベッドにスープを流すくらいのことはしてくるだろう。ただ茶碗をぶつけられるよりもそっちのほうがキツイ。汚れって簡単には落ちないから。
ソースは俺。中学の頃、習字の時間に墨汁が制服にはねて、取れなくなった経験がある。あれは地獄だった。洗っても洗っても洗っても、ぜーんぜん落ちないんだから。最後には制服を買い換える羽目になったのは今でも忘れない。ああ、俺の千と六百円よ!
今回はそういうのは避けたいので、もしもに備えてベッドの近くに陣取る。スープを流されても、ガードできるように。
「うん、ふつー」
スープを一口飲んで灯がつぶやいた。そして何もせずに野菜炒めに箸を伸ばした。
どうにか合格したな。うん偉いぞ、俺。
「でも、もうちょっとコクがあってもいいね」
「素人に難しいことを求めんな。これ初めてなんだぞ?」
「にしちゃー美味しかったけどねー」
灯は野菜炒めを食いながら意地悪な笑みを浮かべた。嫌なやつだ。それと、なんで野菜炒めなら食うんだろうね、この子は。すきやきとかにしても野菜食わないくせに。
炒め物とかが好きなのかな?




