デイ・ライト・ブレイク
奥の座敷はそれなりに広い。宴会場としても使われるから、当然と言えば当然だ。大きいから二人で使うのはかなり寂しいものがある。
縦長のテーブルを挟んで俺と灯は相対する。
とりあえずは定番メニューである枝豆を注文する。都市のプラントで生成され産地直送版だ。味も鮮度も申し分ない。が、前時代のように山のようにボウルに乗っているのではなく、ちっちゃな皿に十数個の枝豆が乗っているだけだ。
ボリューム感は元々ない品だけど、より一層貧相に見えてくる。ついでを言えば量が少ないくせに、値段が前時代の倍くらいする。あー腹立たしい。
「塩とかもないよねー」
「あーそういやそうだな」
塩は保存用だったり、調味料だったりしてどこでも引っ張りだこ。調達できる量が少ないので、市場とかでも売ってない。前時代にコロンブスやらマゼランやらが塩とか探して、太平洋やら大西洋やらインド洋やらに船出した気持ちが今になってわかった。
「ま、その辺は我慢すべきだな。無い物ねだりしてもねー」
「あーそれほんとそれ。つか塩って錬金術でつくれないの?」
「配給制の塩は錬金術で作ったやつだぞ。あと砂糖とか」
前時代、人類は塩を採掘したり、塩田作ったりして塩を採取していた。今となってはその方法はできないので、別の方法を用いている。
それが錬金術を使うことによる塩の生成だが、これは効率が非常に悪い。何せ百グラムの塩を生成するのに五倍近い量の構成材料が必要になる。時間の無駄な上にそこまでして塩を作る必要もない、という政府の判断により、塩の生成は制限されている。
とはいえ、さすがに塩がないのは不便だろう、という理由により生成した塩の半分は望むなら配給してもらえる。多分この居酒屋とかもその配給先になっているんだろうなぁ。
「へーそれ初耳なんだけど」
「雑学だよ」
そうこう話してる間に枝豆がちっちゃな皿に二十個くらい乗っけられて、運ばれてきた。例によって塩はちょこっとだけ振りかけられていた。やっぱり枝豆は塩があってこそだよね!
「でもさーちょっとわかんないだよねー」
「何がさ」
「錬金術ってなんでもできるくせにさー、こういう塩とかをつくるのはむずいわけじゃん?なんでかなーって」
別に難しいってわけじゃないんだけどね。単に構成材料が少ないだけなんだよなー。基本質量を超えることはできないわけだから、物寂しいものがあるよね。ルールだから仕方のないことだけど。
「まー色々あんだろ」
あんま納得してない様子で灯がうーん、と唸った。
「あんま気にすることじゃないと思うけどなー」
そう言って俺が皿に手を伸ばした時、皿の上は空だった。後に残ったのは枝豆の皮のみだった。
「すいませーん。──炭酸水を二つ、タレ付きのねぎまを六本くださーい」
店員さんを呼んで炭水化物ばかりを注文する。財布の中身とも相談しなければいけないので、あまり高いものは注文できないのがなんとも世知辛い。
「ちかげーあたしが五本であんたが一本ねー」
店員さんが厨房に消えると、灯が自分勝手なことを言い出した。俺の金で食っておいてここまで傲岸不遜なことを口にできるとは。軽蔑を通り越して、むしろ尊敬してしまうまである。
「お前その性格直せよ。特に目上の人に対して」
「夕立ちゃんはこの口調で問題ないじゃん」
灯は左肘をついてぶーすか文句を言う。まぁなんて子でしょう!
「それは夕立ちゃんだからだろ?普通のおっさんとかにんなこと言ったらガチ切れされんぞ」
ソースは俺。路上喫煙してる豚みたいな体型の中年親父に注意をしたら、ガキはすっこんでいろと怒鳴られた。こっちもさすがにイラツイたので対ホムンクルス用の武装で脳天ぶち抜いてやろうと考えたくらいだ。
「そんなの殺しちゃえばいいじゃん。『未登録居住者』とかの責任にすりゃあいいんだからさ」
一瞬思考が停止した。灯の言っていたことがよくわからなかったとかではなく、単純に予想していなかった答えだった。
自称最低やろうと考えている俺ですらその回答は早々はでない。五回中一回くらいの確率だ。
「褒められたやり方じゃないけどな」
「やるわけ無いじゃん。言ってみただけー」
俺が否定的な意見を口にすると、すぐに灯はとぼけてみせた。やらないなら別にいいんだけどね。
「お待たせしました。炭酸水です」
物騒な会話をしている中、さっき注文を受けた店員さんとは別の店員さんが、炭酸水を持って入ってきた。色黒の肌の健康そうな女だった。
用を済ませると、店員さんは奥へと消えた。
「やるわけ無いって言ったやつほど危ないことするんだよ」
炭酸水を口に含みながら俺は会話を再開する。炭酸水の舌そのものを貫通するような刺激が、舌の上に広がる。やっぱり炭酸水サイコー。普通の水にないこの刺激が実にいい。
「しないって言ってるじゃん……」
少し怒った様子で灯が応える。苛立ちを紛らわすように灯は炭酸水に口をつける。そして直後、グヘェと実に不味そうに舌を出して見せた。
表現が直球過ぎて笑ってしまう。
「やっぱまずい」
「このちょっとの刺激が旨味なんだよ。わかんない?」
「いや、これただまずいだけじゃん。コーラとかにしてよ」
人の金で飲み食いしているやつのセリフとは思えないセリフだった。それにこのご時世コーラなんてものはない。コカ・コーラ社がないからね。
その辺りを灯は理解しているのだろうか。
コカ・コーラ社は十年前に倒産しましたー。なぜかと言えばインフレのせいで製品が売れなくなったからね。それに加えて工場はホムンクルスに壊されちゃうわけだから、正に踏んだり蹴ったりと言うわけだ。あははははは、ザマー見ろー。
てか、こいついつコーラなんて飲んだんだよ。コーラが市場に出回ってたのって十年以上前だぞ?コーラって三〜五歳の子どもの小遣いで買える値段だったけ、当時。
「コーラなんてもう売ってねーだろ」
「じゃあファンタでもなんでもいいから注文してよ」
灯に言われてメニュー表に視線を送るが、水、炭酸水、りんごジュース、オレンジジュース、牛乳、麦茶以外の飲み物は酒とかビールだ。当然未成年は飲酒禁止である。
それとりんごジュースとかオレンジジュースは灯のキャラではないので、却下だ。灯だってわざわざ三歳児っぽい飲み物はお断りだろう。だったら、
「麦茶?」
「却下」
「ですよねー」
そんな茶番を介して麦茶は却下された。だとしたら残りは水と牛乳だけど、絶対に灯は欲しがらないよなー。
そもそも炭酸水はあるのに、甘味系炭酸水がないのはおかしな話だ。ファンタなんてぶどうジュースに炭酸水ぶち込んどきゃできる代物だろ。ぶどうの生産が少ないとはいえ、需要はあると思うんだけどねー。
「えー、結論から言わせてもらって炭酸飲料は炭酸水以外ありませーん」
「はぁ?何それありえないでしょ」
「つーかいつも来てんだろ。なんでメニューくらい把握してないの」
「いつも寮に帰った後だとなぁんも憶えてないから?」
つまりこのクソガキは未成年のくせに酒を飲んでる、てことすか?それで毎度毎度記憶なくすくらい飲みまくってると?不良だなー。あ、不良か。
脱力を通り越して無気力になってしまう。酒はいかんでしょー、酒は。
「お待たせしました、ねぎまのタレ六本です!」
俺のテンションとは正反対のポジティブ前回の声量の店員さんが入ってきた。目が大きく広がり、天真爛漫という風を装ったハイテンションボーイッシュガールだ。初めて見る顔だった。
「ありがとうございます」
俺は無機質に反応して皿を受け取った。あと取り皿も。
俺が皿をテーブルの上に置くと、灯がちらりと視線を一瞬だけねぎまに向けた。しかし、興味がないようにすぐに視線をそらした。
ねぎまを五本よこせ、とか言っていた割には随分消極的だな、と思いながらねぎまに手を出す。直後、皿の上にあったねぎまが視界から消えた。
え、と思ってキョロキョロとまわりに視線を送ると、灯の左手の指の間にねぎまの串が収められていた。そのうち幾つかはもうただの串になっていた。
なんという早業。
ノーモーションからこの速度はさすがにチートすぎる。もう中二病的な時間操作魔法とか使ってんじゃないかってぐらいだ。
「あのー灯さん?」
「なに?」
「御手に持っていらっしゃるそのねぎまは?」
「そこの皿に置いてあったやつだけど?」
何の悪びれもなく灯は口にする。彼女は当初宣言していた五本より一本増え、六本全部を奪ってみせた。五本だけならまだ我慢できる。
一本は食えるのだから。
でも全部食われるというのはさすがに我慢できない。こう考えると、娘とか息子とかに焼き鳥を全部あげちゃう親がなんか素晴らしく感じられてきた。
俺はポケットから対ホムンクルス用の武装を展開しようとする。しかし、
しかしそれより早く灯の手にあった六本のねぎまの内、串だけになった三本が俺の右目、左目、額に紙一重で向けられていた。しかも器用に余っているねぎまは、いつの間にか空いてる方の手の平の中だ。
「なに?」
灯は別段気にしてないように真顔で問いかける。つまり今のは自衛行動。反射みたいなものだ。
怖いわー。ただの反射でとっさに持ってるものを武器として使うかよ。ないとは言わないけど、普通ちょっと相手が怪しい動きを見せたからって、目潰しとかしないって。もう一度言うけど、怖いわー。
「いや別に。つか人に変なもの向けんなよ。ちびると思ったでしょ」
「あ、ほんとだ」
灯は今気づいたように、俺に向けていた串を引っ込めた。寿命が縮むでしょうがそんなもの向けられたら。




