報酬は推定☓☓☓☓万円
説明の前に、と前置きをして夕立ちゃんは数枚の写真を机の上に放り出した。
どれも画質が荒く、電波障害を受けているように見えた。
一枚目は長い折りたたんだ傘状の何かの写真。ただし、背景に空と森があるから実物はけっこう大きいものだと思う。色は鋼色、無数のエラがあるように見えた。
二枚目は羽。大きさはさっきの傘と同じくらいだと思う。非常に薄く、半透明。空のうろがすけて見えていた。虫の羽かな?
三枚目は……なんだこれ?
ただの空の写真。曇り空だ。なんか点みたいなものが見えるけど。
「この写真汚れてるんですか?」
「ん?ああ、それね。その点を拡大したものがこれ」
汚れじゃないらしい。ていうか拡大した写真があるならそれを見せろよ。
受け取って、眉を潜めた。
「これって……」
四枚目の写真に映っていたのは十二枚の羽を生やした、折りたたんだ傘のような生物。先端が口になっていて、細かな歯を覗かせていた。変なホムンクルスだな、と思った。
移動のために羽を使うのだろうが、その羽は昆虫のそれだ。見た感じこのホムンクルスは一トンは軽く超えるだけの自重を有している。それだというのにあんなひ弱そうな羽で飛ぶなんて不可思議すぎる。昆虫のように体が軽ければ話は別だけれど。
それに、傘の中腹あたりに無数の穴があった。目の穴じゃないよな。穴の数は写真で見ただけでも二十は超えているし、そんなに多くの目をもつ生物なんて聞いたことがない。昆虫とも違って複数の目が集合してひとつの目になっているわけでもないだろう。
最後、羽が生えている辺りは円形になっている。少なくとも写真からはそう見える。残念ながらその上がどうなっているのかはわからない。ひょっとしたら丘のようになっているかもしれない。
「で、これがどうしたの」
「これねー、一昨日くらいかなー?遠征に行った正規軍から送られてきたんだよー。衛生とリンクした特殊なカメラで、遠征先で撮影したものを都市に送れるんだー」
「へー。ん?」
あれ?
それっておかしくない?
それってつまり……
「その話し方だと遠征に行った連中がまだ帰ってきてないように聞こえるんですけど」
「うん、まだ帰ってきてないよ。その写真が送られてきたのとほぼ同時行方不明になりましたー、ダダダダーン!」
あーあ、やっぱりね。それと運命とか流さなくていいから。
多分、この写真のホムンクルスに殺されたな。けっこうな大きさあるし、推定でレベル5ってとこかな。
「それで、俺にどうしろと?」
「二日後に行方不明になっちゃった人たちの捜索をするから、それについていってー」
そのための生命保険か。いくらで入れたのかは知らないけど、これこの人のメリットしかないじゃん。
俺が生還すれば、さらにバンバン仕事を増やして使い潰す。死んだらこの人の手元に金が入る。どっちに転んでも俺に未来がない。
「別についていく分にはかまいやしませんけど、もしこのホムンクルスに遭遇したらどうすんですか?」
「んー、頑張って?」
「えーそりゃあ、なーですよ。死ねってことですか?」
「別にあんた死んでも替えなんていくらでもいるもーん」
そりゃそうでしょうね。我がごとながら、納得してしまう。むしろ俺ぐらいのスナイパーが少ないほうが問題だ。だからって、使い捨て扱いされるのは我慢ならないけど。
「でもさー、正規軍の遠征部隊がやられたんでしょ?そのホムンクルスってやばくない?」
思わぬところから声が上がった。それまで寝転んでいた灯だった。
「それはーそうなんだけどねー。まぁ傭兵にも正規兵より強いのは何人もいるし、運良ければ討伐、てこともできるんじゃない?」
「運良ければ、て。それほとんどの確率でうちら死ぬじゃん」
「ほんとそれ。あかりーお前にしちゃいい判断だな」
「はぁ?何それチョー上から目線なんだけど」
ま、上から目線なんだけどね。
ひとしきりふざけて、写真に向き直る。これだけの大きさのホムンクルスが都市周辺にいる。それは確実な脅威だ。もしそんなことを善良な市民様が知れば、パニックを起こすだろうな。
飛行型ホムンクルスは少ない。それというのもホムンクルスが発生するにあたり、地上の生態系には容易に手は出せても、はるか上空を飛翔する鳥類には手が届かなかったからだ。しかし、鳥類が巣に泊まったところとかを狙って取り込むことは可能だ。
だからか、今はあまり鳥類が空を飛ぶ姿を見ていない。別に見たくもないけど。
飛行型ホムンクルスなら三十メートルやそこらの壁なんて簡単に超えてくる。これまでそういうことはなかったけど、今後ともそれが続くとは限らない。
たらればの話をしてもしょうがないけど。
とはいえ、まず問題はこの写真のホムンクルスだ。
これをなんとかしないことには始まらない。──何が始まらないんだろうね。
「要件はそれで終了ですか?」
「んー?まだあるよー」
「なんすか?」
ちょっとうんざりげに応える。ついでに心底嫌そうな顔をしてみせた。夕立ちゃんはそれを意に返さず、自分のタブレットを操作して新東京全体の地図を写した。
「これが?」
「んー、政府の見解なんだけどねー、もし写真のホムンクルスが新東京に来ると仮定して、被害はーこんな感じかなー」
途端に都市の東北一帯が真っ赤かー。それはそれは見事に真っ赤に染まった。こんなことになったら都市としての機能の維持が難しくなる。
それにたった一体でこれだけの災害を起こせるのなら、早急に対処したいのも頷けるというものだ。こんだけ被害が大きければ遠からず食料難になる。日本で食糧難とか冗談じゃない。
「夕立ちゃん」
「ほえ?」
「この仕事受ける」
だって、食糧難とか絶対にゴメンだもん。
*
「ふーん、そりゃ倒さないとじゃん?」
俺が急に考えを改めて仕事を受ける、とか言い出したことに疑問をもった灯がつっかかってきたので、なんでかを説明した。最初は都市のために、とかもっともらしいことを口にしたけど、俺のことをよーく知ってる灯が信じるわけもなかった。
ので、一番効果的な食いもんがなくなるってことを教えたら、途端に納得した。ま、他人の家に上がり込んで肉を独占するようなやつだからね。そりゃあこういうメシの話には乗ってくるよね。
「で、それ殺ればいくらもらえんの?」
直球どストレートノーボールノーサインど真ん中百マイルで、灯が夕立ちゃんに報酬の話を切り出した。勇気あるねー。俺なんてんな話できないよー。だってどうせ死ぬし。
「そうだねー、こんくらいかな?」
テキトーな用紙に夕立ちゃんが報酬の推定金額を書き記す。その金額を見て俺も灯も思考が一瞬止まった。それくらい俺や灯がこれまで見たことのない数字だった。
え─────!!!!!!!
あの傘野郎そんなに値の張るもんなの!?マジで!?おっしゃ、だったら俺もガチの方であれ狩りに行こうかな。
「まーつってもきょうどうさくせんーてことになるから、山分けーとか言い出すんだろうねー、倒せなかった奴らはー」
「はぁ?何それありえなくない?」
「安心しろー、そうなったら場の連中みぃんな殺してその辺のホムンクルスに食わせりゃいいんだから」
自分でもびっくりするくらい酷い言葉の羅列がすんなりと口からこぼれた。しかし、灯には大層受けが良かったようで、それもそうかー、などと笑顔で答えた。
うちの会社って常識人っていうカテゴリーないの?傭兵してる時点でアブノーマルだと思うけどさ。
つっても本当にそうなったら怖いな。生存してたら俺も殺されちゃうよ。生存していた時のために辞世の句と遺言をしたためておこう。何がいいかなー。
「あんたら話し終わったー?そんじゃあもう出てってー。今からお笑い番組見るから」
そう言って夕立ちゃんは俺たちを強制退去させた。時刻は正午あたり。この時刻からやってるお笑い番組なんてないんだけどなー。
「でどうするよ」
「なんかメシで食いに行く?」
時間も時間だしそれでいいか。
「で、どこで食うんだ?」
「その辺の居酒屋でよくない?」
真っ昼間から酒を飲みに行くのはどうかと思うんですけどねー。ま、飲まねーけど。
言われるがまま、うちの会社が入ってるビルの隣に居を構える居酒屋に入る。昔の居酒屋らしい焼き魚などはないが、それ以外のものならたいてい揃ってる。時々ここで飲み会なんてものをするから顔なじみだ。
高校生が居酒屋に入ることはなんら違法ではないし、単に倫理的問題がある程度のことだ。そもそも真っ昼間から営業している居酒屋に倫理的問題があるとかないとか言えないだろう。
「いらっしゃい!」
おおよそ都市に危険が迫っている現状とは程遠い、とても活気に満ちた声が店内中に響いた。この店の店長のものだ。
「座敷って空いてる?」
けっこうぶっきらぼうに灯が聞いた。店長はそれに対してなんら感情の変化をさせることもなく、おうよと応えて奥の座敷を指差した。すんごい心が広いよなー、ここの店長。いや元来接客業とかをやってる人ってのは大体こんなもんなのかな?




