離脱≠解放
実を言えば、ベッドに潜ってその後すぐに起こさせられる羽目になった。理由は至極単純で、ベッドに潜ったのが午前三時で、起きたのが午前七時だったからだ。
睡眠時間が四時間。
俺学生なんだけど。いくら軍籍持ってるからって、この扱いひどくね。学生としての正当な待遇を要求しちゃうんだけど!しちゃうんだけど!
とはいえ、一士官、一学生、一傭兵が何を喚こうが特に何の変化もなく、ベルトコンベアーみたいに戦場に放り投げられた。うわー嫌だなぁ。
*
元来戦場とは陶酔した方がいい場所である。戦場に身を委ね、火薬と鉄の匂いという麻薬に浸る。やがて脳の働きは抑制され、何も考えない某になる。某になれば後は楽ちん。
死ぬまで引き金を引いていればいいのだ。そうすれば死ぬ瞬間も何も考えることなく、痛みすら麻薬となり、安楽死が体験できる。
であるならば、戦場とは安楽死に最適の場所ではないか、と俺は思う。
*
とは入っても、俺自身は死ぬのはゴメンだから陶酔はしない。常に生き残ることを考え、盾にできるなら子どもだって、戦友だって使う。これまでだってそうしてきたのだ。それを攻められるいわれはないし、生きるならしなくてはいけないことだ。
ただ、それができない人間がいるとすれば、それは……。
「めにゃ!」
俺の隣でアサルトライフルを掃射していた正規兵が防壁の下から伸びてきた触手に胴体を貫かれた。視線を触手の先に向ければ、見えたのは蚊をベースにした推定レベル3のホムンクルス。
羽が退化し、地面を這うことになった分口が発達したのか。血を吸うための器官が自在に伸縮、操作できるわけだ。例えるなら口が舌になったようなもんか。
元が尖っている分突起武器として機能するのはちょっとめんどくさい。それに伸縮速度も早い。西洋剣術におけるレイピアと扱いが似ていた。
とはいえ、
とはいえだ。
速度はあるが、一回伸び切ってしまえば後はアリを踏み殺すのと同じくらい楽勝。ライフルの引き金をさっさと引く。伸縮速度がどんくらいのもんか知らないから早めに手を打つのだ。
ギュペ、という変な声を上げて蚊型のホムンクルスは撃ち落とされた。
午前七時からここにいて、現在に至るまでここで殺したホムンクルスは大体三匹。で、現在が午前九時。二時間で三匹。これでも撃破数ならけっこう上位な方だ。
なにせ他の連中がやってることと言えば、登ってくるホムンクルスの手なり足なりを射って、落とすことを前提として戦っている。
だからこそ未だに防壁が突破されていない、というのもあるが、殺していかないと永遠に終わらない。こっちは早く終わらせて帰りたいっつーの。早く全部死んでよ。
でも俺がいくらこうやってせがんでも絶対に退いてくれないんだよねー。ほんとやになっちゃう。サービス残業とかはしない主義なんだよ。
「ちーかーげ!」
悪態をついていると、後ろから場違いなくらい明るい声がした。あのねー後ろの声の人?俺今陶酔中なんですけど。戦闘中なんですけど。
「ちょっとこっち向く!」
首の骨を折るみたいに強制的に声のする方を向かされた。
振り向いた先にいたのはムスーとふくれっ面の高校生。常時半開きの瞳が少しだけ怒っているように見えた。俺がよーく知ってる灯ちゃんだった。
「ここの任務終わりだって」
「は?」
はい?ワッツ?え?何?オウ・?
何を言ってるのこの子は。
「うちの会社に新しい依頼が来て、それをあんたとあたしが受け負え、て社長命令」
動揺している俺に灯が納得いく答えを提示する。なるほど社長命令か。それなら仕方ないな。よっしゃりーだつ。ホイ。りーだつ。
「だから早く来て」
ていうか毎度毎度灯を連絡係に使わないでくれない?この子毎回毎回毎回毎回毎回毎回毎回毎回、俺のこと蹴ったり、シメたり、小突いたりするんですけど。別に怪我しないからいいけどさ。
灯に連れられて防壁を降りると、機能にも増して野次馬が多いように見えた。駐屯所の柵の外を大量の群衆が蟻のはいでる隙間もないくらい埋めている。
その野次馬も幾つかのグループに別れ、それぞれマスコミ、反政府主義者、ゴミクズ共に分類できる。ちなみに一番多いのが暇つぶしに来たゴミクズ共だ。
ここにいる奴らは防壁が崩された瞬間真っ先にホムンクルスに取り込まれる。これは確実だ。興味本位でスズメバチの巣を突いたら刺されるのは当然だ。この場合は刺されるどころじゃ済まないけど。
ホムンクルスからしたらよっしゃーって感じだろう。なにせ目の前に人肉がいっぱい群がっているんだ。濁流のように押し寄せてくるに違いない。
俺が柵を出ると、待ち構えたかのように数十人のマスコミが押し寄せてきた。うわーめんどくせー。
「君たち壁上はどんな感じだい!」
「なんかコメント下さい!」
「ねぇぇ何か言ってよ!」
「君たち傭兵でしょ?なぁんか教えてよ!」
「お願い一言だけ!」
男女様々、豚みたいな顔のハイエナみたいな性格のマスコミ共がゲロみたいな声を吐き散らした。ものすごくウザい。ウザすぎて射ち殺してしまいたいレベルだ。
「あの、そういうのは教えられないんで」
俺がそう言っても、連中は止まらない。しかもパシャパシャ写真を撮る連中もいる。肖像権の侵害だろ、これ。俺はアイドルでもなければグラビアでもないんだよ。
「ちょっとあんたらマジウザいんだけど。どいてくんない?」
おーい、灯さん。それはまずいぜ。そういう高圧的な態度は逆効果なんだよ、こういう蝿連中にとっては。
案の定、灯の高圧的な態度が裏目に出た。マスコミ連中はしきり声を上げて、脅してきたぞ、とか、なんて凶暴なんだ、とかざわめいた。
なんていうクズ。なんていうカス。自分個人を最低野郎と考える俺だって、こいつらよりかはマシだと思う。最低より下なんて残念な連中だ。
「おい、灯。止めとけ、こういう連中は無視しとけ。関わるとロクなことにならない」
「わかってるし。ちょっとふざけただけだし」
「さいですか」
灯は少しすねたように頬を赤らめた。ありゃりゃ、ちょっとだけかわいいね。
「そういや、夕立ちゃんが俺とお前に何の用があったの」
マスコミから逃げてる最中に気になったから灯に質問する。別に答えを期待しては……
「なんか極秘らしい」
いない。え?
珍しく灯が俺の質問に答えた。つか、極秘って。灯も知らねーのかよ。
軽く舌打ちをした。
「は?何それ」
「何が?」
「ムカつく死ね」
えーなんで?理由もなく死ねとか言われたんですけど。失礼だなーこの子。俺は清廉潔白悪いところなんて一つもない青少年なんだぞ!
などとふざけてはみたが、実際のところはどうなのだろう。
やっぱり極秘っていうキーワードが気になるんだよなぁ。古来より極秘という単語には、魔力めいたものがあり、大抵ろくでもないことだったり、ものだったりする。
それに関わりたくないし、月の裏側の真実とか知らなくていい。だからこの場において最良の選択肢は唯一。
逃げることだ。マスコミからも夕立ちゃんからも灯からも逃げることだ。そう思ってちらりと灯に視線を向ける。
灯は前だけ見て走っている。
後ろを振り返ってマスコミはもういないことに気づいた。それなので足を止める。あー疲れた寮に帰って寝てしまいたい。
「あれもういない」
俺が止まったことに即座に反応した灯がつぶやいた。そりゃ基本マスコミなんて豚だからね。持久力なんてないだろ。俺みたいに。
「そんでもってここがうちの会社」
はい?
言われて気がついたが、まさにその通りだった。正しく我が社。卑下すべきブラック企業の門前だった。うわー最悪。
今ここで逃げんのとか無理だわー。あーマジ最悪。
観念します。
事務所に入ると、相も変わらず小さな体躯のロリ社長が偉そうな椅子に偉そうに腰掛けていた。かなり上機嫌なようで、俺が視線を向けた瞬間満面の笑みで返された。
嫌な予感しかしない笑みだった。
「千景連れてきましたー」
かったるそうに灯が報告した。そのまま灯は来客用のソファーにダイブイン。
「で、何の用ですか?」
灯から視線をそらして、夕立ちゃんに向き直る。
「ねーちかげー。ちょっとこれにサインと判子押してくんない?」
ピロリと夕立ちゃんが机の上に置いてあった一枚の用紙をつまみ上げる。なんだろう、と覗くと生命保険の手続き書だった。
「これのここにサインで、ここにサインね」
夕立ちゃんは空欄のアンダーラインと、印と書かれた部分をそれぞれ指差した。これはあれですね。生命保険に入んなきゃいけないくらいやばい仕事やらされるってことですね。
「あのさー夕立ちゃん?あんたんとこに来た依頼ってなに?」
「サインと判子押してくれたら教えてあげるー」
「それじゃあサインもしたくないし、判子も押したくないので俺は失礼します」
「あははははは、それウーケール。マジでウケるわー」
言ってる割に目が全然笑ってない。つまり全くウケてない。怖っ。
仕方なくサインする。でも判子なんて持っちゃいない。寮にはあるけど。
しかし、それなら心配しないでー、と夕立ちゃんはどこで作ったのか、俺の名字が彫ってある判子を机の中から取り出した。えー、判子ってこんな簡単に複製とかできんの?
「はいありがと。そんじゃー仕事内容説明したげる」
なぁんでいちいち上から目線なんだろうねー。まぁ一応上なんだけどさ、この人。




