ナイト・イベント
灯を女性用テントに放り込んで、俺は熟睡しようと、士官用テントに行く。こういうときだけ第三陸尉の階級が使えるんだよ。士官過程受けといてよかったー。
なにせ士官になればこういう野戦状態になってもそれ相応の待遇がある。いくら下位士官でも寝床は個室だし、洗面台だってある。いうなれば士官イコールVIP!戦場のVIP!でも、VIPが戦闘に参加してるんだよねー、なんでだろう。
自分の士官証明書をテント配布兵士にわたして、俺は自分のテントに案内された。中は清潔そのもの、シーツは真っ白、空気はクリーン!まさにオアシス・オブ・ディス・バトルフィールド。
そう思って俺はベッドに身を投げようとした。が、
「おい、うぇめぇ!」
「んだとおら!」
ガサツかつドスのきいた声がテントの中に飛んできた。しかもなんか羅列が回ってないから、酔ってんな絶対。興味があったので覗いてみる。
「おい、てめぇぇ、なぁにふにゅけたことにってんだ?」
「んあと、おい!」
二人の男性傭兵が互いに胸ぐらをつかみ合って、なんか喚いていた。頬が真っ赤になって、互いに互いを殴らんばかりに睨み合っている。
それを止めようとしている傭兵はおらず、大抵はやれー、とかぶっ殺せー、とか喚いている。まるで荒くれ共の馬鹿騒ぎだ。実際に馬鹿騒ぎなのだから仕方ないとしても、正規兵止めろよこれを。
そう思って視線を向けた正規兵の連中は気づきはしているだろうが、介入しようとしている風はない。傍観を決め込んでいた。見て耳ぬふりというわけだ。
それはまだいい。問題は柵の外の連中だ。
駐屯所の外、そこには何十人もの野次馬がいる。マスコミとかもだ。そして反政府主義者の連中も。そういった連中にとって傭兵同士の喧嘩とかはうまい汁になりかねない。
喧嘩している傭兵の写真とかを雑誌に載せて、「傭兵に都市防衛は任せられない!」とか言う見出し貼る可能性がある。そうなれば、世論は少しだけ反傭兵論に傾く。
こんな粗野な連中が防衛を担っていていいのだろうか、という考えが浮かぶわけだ。それに関しては全く同意しよう。マジで。
でも、そのおかげで自分たちのラスクみたいな日常が送れるんだから、別にいいんじゃないの?俺個人としては同意できるけど、許容はできないな。
大体反政府主義者の連中が掲げている「すべての傭兵を正規兵に!」とか今時はやんねーから。そんなのやりたかったら、第一次世界大戦中のロシアにでもタイムスリップすればいいんだよ。歓迎されるぜ、その主張。
などと俺が考えている間につかみ合いはちょこっとだけエスカレートしていた。
互いに拳を振りかぶって、顔面に思いっきりぶつけていた。一方の鼻が凹み、鼻血が勢い良く吹き出す。口から白いものが飛び出たようにも見えた。もう一方は右目を思いっきり殴られ、グチャリと肉が潰れる音がした。何より、半透明の液体が拳の間からこぼれていた。
目が潰れたな。
歯に、鼻の骨に、目。エグいね、少しだけ。
殴られたことが引き金になって、喧嘩が始まった。互いの骨と皮を砕き、引き裂くモンキーファイト。言うがごとくの猿の喧嘩だ。
片目を潰された方が、鼻が凹んだ方の頬めがけてストレートを放つ。それをうまくかわして、鼻が凹んだ方は相手の右耳を思いっきり叩いた。そして間髪入れずに、自分の人差し指を相手の耳にねじ込んだ。
鼓膜が破れたのだろう、目が潰れた方の右耳から血が滴った。しかし、男は絶叫せず、鼻が凹んだ男の左手を抑え、余った右手をチョキの形にして相手の鼻にねじ込んだ。最初は鼻血でも出させるのかな、とか思ったけど、もう鼻血が出ていたからそれないなだろうとすぐに結論づけた。
男は自分の指を相手の鼻に突っ込んだまま、大きく開いた。鼻の皮が破け、突っ込んだ方の男の右手が赤くなる。それだけならいい。鼻がなくなる程度だ。驚いたのはその後に、男がかつて鼻だったものを引きちぎって、お返しとばかりに男の左目に叩きつけたことだ。
左目が潰れて、片目は普通の目、もう片方が鼻の形をした変な顔の男が生まれた。鼻をなくし、片目に鼻がついており、表現するなら正しく異形。ゾンビとかによく似ていた。
目を潰された男はそれでもまだ飽き足らないのか、鼻がない男を組み倒して、口に何度も拳を叩き込む。パキンパキンと歯と歯が重なる音が響く。何度も何度も殴られ、鼻のない男は歯をなくし、あごあご呻く。声が出せないらしい。口の中だけはもう老齢のお爺様と化したらしい。
呻いている鼻のない男に錯乱してるのか、目が潰れた男はまだ殴るのをやめない。男の拳の皮は破れ、筋肉が覗き見ている。その状態で相手顔を殴るのはちょっと無理があるんじゃないの?バイキンが入っちゃうよ、傷口から。
「おい、そろそろやめろ!」
さすがにこれ以上見ていられなくなったのか、まわりの傭兵たちが男を止めに入った。懸命な判断だと思う。これ以上続けていたら、確実に鼻のない男は死んでいた。
様子見がてら鼻のない男の顔を覗いたが、酷いものだった。顔の構造は判別不能だし、顔面全体の骨が砕けているように見えた。前歯はすべて折れ、折れにくい奥歯までもが何本もなくなっていた。何より、両目が潰れ、片方にちぎられた鼻がクソみたいにねじ込まれていた。
頭部以外に外傷はなかったので、治療は顔面だけだろう。もし、あの目の潰れた男が体まで傷つけていたら、鼻のない男は当の昔に死んでいた。あれにもまだ理性があったということにしておこう。
ていうか、なんであの二人モンキーファイトなんてしてたんだろう。気になって、近くの傭兵に話を聞いてみれば、実に下らない内容だった。
鼻がない男が酒の席で弱音を吐いて、それが気に入らなかった目の潰れた男が喧嘩をふっかけた、という顛末らしい。それで鼻とか目とかをなくしていたら、馬鹿のようだ。
というか、本当に馬鹿なんだけど。
しかし、それは些細な問題だ。問題はさっきも言ったとおり柵の外の連中。
今でもスマホのカメラやらでしきりにこっち側の写真を撮っている。傭兵同士の喧嘩なんてどこでも見れるものだろうに何が楽しいのだろうか。
そもそもこの中の多くは別に傭兵同士の喧嘩なんて興味ないはずだ。理由は単純明快。この喧嘩は兵士の中の結束は不十分である、ということの何よりの証拠だ。それを大々的に取り上げて、レッツ・テイク・ダウン・ザ・プレゼント・ガバメント、の材料にするのだろう。
反政府主義者の連中はマスコミの連中と仲がいい。特に反骨精神満載の薄汚い野良ネズミとかとはS極とM極並に仲がいい。
くっついたら離れない。ヘイ・ダーリン、アイ・ワント・トゥ・ビィ・ウィズ・ユー・フォーエバー、と言うやつだ。
「さっきの傭兵同士の喧嘩はどういうことですか!」
「結束を欠くような部隊でこの都市が守れるんですか?」
「何かコメントを下さい!」
マスコミの連中のネズミの鳴き声がチューチューチュー。終いには、
「我々は団結しなければならない!」
「「そうだ!」」
「それこそがホムンクルスに対抗できる唯一の手段だからだ!」
「「そうだ!」」
「しかし、その結束を乱す連中がいる!それは現新東京統括政府と傭兵会社だ!」
「「なぜだ!」」
「政府が正規軍の予算削減を目的として、民間に軍事を委任しているからだ!」
「「そうだ!」」
「結果、今回のように酒を飲んだ傭兵が同士討ちを初めた!秩序のない証拠だ!それは看過できることではない!」
「「そうだ!」」
「皆さん!傭兵制度を廃し、全員手を取って、共にホムンクルスを討ち果たそうじゃあありませんか!現政府に鉄槌を!」
「「おぉぉぉぉぉ!!」」
「「おぉぉぉぉぉ!!」」
という御大層かつ物凄くあっさいスピーチをしているインテリどももいる。しかもご丁寧に声援まで送らせてるし。やることがなんか前時代のデモ隊の御柱に似てんだよなぁ、今怒鳴ってた奴。
見る限り集まっている反政府主義者はざっと四十人ちょい。数はそれほどない。数は少なくても、口数は多いんだよなぁ。加えて時世が時世だ。今では悪口ひとつが悪口千個を超えてしまう。
その辺は前時代とかとあんまり変わらない。滅びに瀕しても暇なネット住民は何千人もいる。そいつらがなんかいつの間にか拡散するんだ。
それにこの場にはマスコミもいる。カメラのうち幾つかは演説中継をしている。そういうの撮らなくていいから、機材しまって帰って欲しかった。気が散るし、ウザい。
「おい、お前!」
「ちょ……」
柵の近くで正規兵の連中が戸惑っている声がした。視線を向けると、五人くらいの報道スタッフが柵を越えて、駐屯所に入ってきていた。すぐに正規兵の連中が抑えにかかったけど、内三人くらいはすり抜けて、勝手に傭兵に取材(迷惑行為)を初めた。
「傭兵さん!取材に応えて下さい!」
「は?何を言って……」
「正しいジャーナリズムのためなんです!」
「おい、貴様ら!ここは軍の施設だ。立ち入ることは禁じられている!」
「黙れ!我々には報道の自由がある!現政府の不正を明らかに……」
一部始終を目にしたが、なんだかなー、だった。そもそも報道の自由と立ち入り禁止施設への立ち入りは別の話でしょう。どんだけ昔の話をあの自称ジャーナリストさんはしてるの。




