ナイト・ウォッチ②
レベル6のホムンクルスはその発生条件が他のホムンクルスと違う。
一般的にホムンクルスはレベル1からレベル5へと順々に進化をしていく。しかしだ。レベル6はその過程をズバッと無視する。つまり、レベル1が突然レベル6になるのだ。
何故それが起こるのは不明だ。詳しいことはよくわかっていない。ただそういうことだ。
段階を飛ばした進化、ということも相まって、レベル6の実力は他のホムンクルスの比ではない。それこそ移動災害と同じだ。
「お前はレベル6のホムンクルスに会ったことがあるか?」
レベル6という単語に俺が反応でもしていたのか、傭兵さんは問いを投げかけてきた。
俺がまだ都市の外にいた頃、一度だけ旧さいたま市でその姿を見たことがある。
広大な土地のようなホムンクルスだった。体型こそは標準的な四足歩行。しかし、無数の触手のような手がが頭部から伸びている。白く、骨董品のような滑らかな手。まるでこの世でもっとも美しいものを見ているかのような、官能的なまでの美しさだった。もし、あのような素肌の女性がいるとすれば、俺なら間違いなく告白するだろう。顔が良ければ、が加わるけど。
その白い手はホムンクルスの顔を隠し、表情を見せない。ていうか見えなかった。手は百本以上生えていたし、遠目から見たら何か樹木の枝に見えた。だから最初はあれがただの大きな木にしか見えなかった。
その認識が変わったのはあれのとある部位が動いた時だった。あのホムンクルスの背中から伸びていた巨大な木の根のような突起物。少し不自然ではあったのだ。最初あれを視界に入れたのときに大樹が何か傾いているように見えたから。
そして、その突起物が突然地面を震わせて持ち上がった。それは巨大な二枚の翼。正確に言えば木の根のように一本の主根から側根が無数に生えていた。それが翼の様に見えた。
持ち上げた瞬間、余程深く地面にねじ込まれていたのか、地面に大きくヒビが入った。そのヒビの大きさは人間の想像を遥かに超え、軽く複数の巨大な谷を作った。
ヒビは数百メートル離れた俺のいたところまで届き、深さ数千メートルの谷をつくった。ギリギリのところでそのヒビはそれたけど、一歩間違えていたら俺は谷に落ちて絶命していた。
運が良かった、というに等しい出来事だった。
「いえ、ないですね」
しかし俺は知らないふりをする。外を旅していた頃レベル6のホムンクルスを見ました、なんて話信じないだろうし、現実味がない。そもそもここ十数年俺以外で都市外から来た人間がいたことはないのだ。
現在新東京以外で機能している都市は二つ。旧京都市こと宮代、そして那覇市だ。宮代は今の新東京と同じような状態で、那覇はホムンクルス発生前とはあまり変わらないらしい。らしいというのは誰も現状を知らないからだ。
航空機は飛行できるホムンクルスに撃ち落とされ、陸路は巨大かつ強力なホムンクルスの宝庫。残る海路は燃料がなくて使えない。陸海空のすべての移動手段が封じられたために、都市間の交流はほとんどない。あるとすれば衛星通信での会話くらいなものだ。
「そうか、俺は遠征中に一回だけ見たことがあるんだ」
傭兵さんは自慢を続ける。
「そいつは大きさは四メートルくらいなんだよ。四足歩行で、鹿の角みたいな結晶が体中に生えてたんだ。見た目はサイとかに似てたな。でよ、別のホムンクルスがそいつに攻撃しようとしたら、いきなり錆びて死んじまったんだよ」
「死んだと言うのは……」
「当然攻撃したほうさ」
それは……レベル6なのだと思う。レベル5のホムンクルスではない。レベル6とレベル6のホムンクルスの大きな違いは戦闘能力もあるが、その特殊性と被害範囲にある。
特殊性とは端的に言えば、鉄分を含む何かに与える作用のことだ。普通のホムンクルスは触れることで触れたもの金属物資を自分に取り込む。大してレベル6のホムンクルスは触れずに吸収、あるいは操作することが可能だ。これに関しては何人もの犠牲によって知られた事実である。
金属物質の操作、ということは劣化させることもできるわけだ。傭兵さんが見たホムンクルスを錆びさせた力はまさにそれだろう。だから、認識さえしていれば、弾丸も剣もレベル6には通じないことになる。ビームでもあれば別だけど。
次に被害規模。さらりと言って、レベル6のホムンクルスには都市一つを簡単に潰せるだけの力がある。遠いインドの都市の一つであるデリーはそれで沈んだらしい。都市にいた人間は一部を除いて全員死亡。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
「そんなものが今都市に近づいているとしたら、ゾッとしないですね。この都市にレベル6のホムンクルスを倒せるだけの力はない」
「よくわかってるじゃないか。攻撃が通用しない相手にいくら弾丸ばらまいても、て話だな」
本当にそんなものがいれば、だけどね。いなければどうということはないのだ。
「てか、千景よく喋るねー」
驚いたような声を灯が発した。俺は怪訝そうに顔をしかめた。
「失礼だなぁ。俺はけっこう喋るぜ?」
「いやそんなのないから絶対ないから。マジキモい」
真顔で辛辣な罵詈雑言を吐かれた。結構傷つくんだよなー、そういうの。絶対ないとか滅茶苦茶傷つくんですけど。それって俺がなんかいつも寡黙なクールガイみたいじゃん。
ないけどさ。
「てゆーか、そのレベル6……だっけ?それがこの近くウロウロしてるってまずくない?」
おお、灯にしてはまともな意見だなぁ。千景くんはすごく感動しています。涙腺がゆるくなっちゃいそう。えーんえーん。
「お嬢ちゃんの言うとおりだ。でもな、別に対処法がないわけじゃない」
「お嬢ちゃんじゃないくて、灯だし」
「あっそ、じゃあ灯ちゃん。言ってることは正しいけど、対処法はある」
ま、言わんとすることはわかるけど、あえて何もいーわない。興味持ってる感出して聞き耳をたてよう。
「相手の死角から強襲をかければいいんだ。いくらレベル6と言っても頭部に弾丸を打ち込めば一撃だ」
普通の考えだった。死角からの強襲。レベル6のホムンクルスを相手にした人間が最初に思いつく案だ。一見、レベル6のホムンクルスの弱点をついたスーパーストラテジーに聞こえるかもしれないが、そんなわきゃないでしょう。
理由、レベル6のホムンクルスの警戒力は半端ないから。あれは自分に対しての危機意識が衛生レーダー並だ。例え超長距離砲で遠距離狙撃をしても、あれはその前に砲弾を錆びさせて、爆風をいなすだろう。
これは夕立ちゃんから聞いた話だけど。
「すごいじゃん、オジサン。それって完璧じゃん」
しかし、基本中身がかぁらっぽーの灯ちゃんは全く疑いもせず、傭兵さんの言葉を受け入れた。馬鹿って楽でいいよねー。
「そうだろ、灯ちゃん」
傭兵さんはすっかり上機嫌。灯はすっかり丸め込まれちゃった。これをなんて言うでしょうか?1,2,3。はい時間切れ。
答えは……ドゥルルルルルル……ポン!
能天気でした。
どちらかと言えば危機感がないとか能無しとかジャイアン気質とか言うんだけどね。ジャイアン気質は違うかな。
ま、似たようなもんでしょ。
「そういや、坊主の名前はなんていうんだ?」
ひとしきり上機嫌を味わった傭兵さんが俺に話の矛先を移した。
「室井ですよ」
「下は?」
「千景ですけど?」
「そうかい。じゃあ千景と灯ちゃん。明日もよろしくな」
すっかり丸め込まれた灯は元気よく、はーい、と挨拶し、俺は相変わらずテンション低めに返事をした。これくらいの温度差でちょうどいいよな。みんながみんなホットアンドポジティブだと俺の居場所がない。
この夜の見張りで深まったのは傭兵さんと灯の距離。ついでを言えば、予想していた脅威の存在。過程ではあるけれど、実現はしてほしくない。
過程の話をしよう。
もし都市にレベル6が近づいてきたとしたらどうなるか。
まず夕立ちゃんが俺を生命保険に入れる。(無理矢理に)そんでもって俺をレベル6討伐部隊に無理やりねじ込む。多分その討伐部隊はレベル6を討伐する。傭兵さんが口にしたように一瞬の隙をつく作戦だ。で、注意を引く組に入る俺は確実に死ぬ。
最後に夕立ちゃんの手元に保険金が入って、夕立ちゃんが得をするという図式が容易に思い浮かぶ。死なずとも大怪我はするだろう。
それってすごくめんどくさいじゃん。
だからあんま的中してほしくないんだよ。お願いします、神様仏様心理様。どうかレベル6とかこの近くに現れないで下さい。マジで困るんで。
などと心の中で祈ってしまうレベルだ。
ひとしきり祈り終えて、二人を振り返り見れば、傭兵さんは消えていて、灯は毛布に包まれたまま寝こけていた。そのまま凍死してしまえ、と案外本気でそう思った。
*
午前一時頃、俺は見張りの仕事を終えて、駐屯所に戻った。もちろん灯を抱えてである。つか、女ってほんと軽いな。筋肉はそこまでないからだけど、身体強化用のドーピングはけっこうしてんだよなぁ。
深夜だというのに駐屯所はけっこう明るい。ゲラゲラ笑う品のない傭兵と規律に準じてテキパキと動く正規兵が共存しているさまは、正に異色。
傭兵サイドからは酒とタバコの匂いがする。あと、スリーカード、とか、フラッシュ、とかポーカーをやっている声も聞こえた。全くもって秩序のない空間が広がっていた。
正規兵サイドは転じてすんごい静かだった。キビキビと兵士は動いているし、命令はすんなりと受諾される。秩序がすんごいねー。僕ちゃんびっくりぎょうてーん。
まさに、陰陽。相容れないねー、傭兵と正規兵は。




