ナイト・ウォッチ
とはいえ自分が死ぬのもごめんなので俺はルーチンワークを始める。引き金を引いて、害虫を駆除する簡単なお仕事だ。
登ってくる亡者を蹴落とすのは気分がいい。芥川龍之介に出てくるカンダタも亡者を蹴落としているときに、こういった心境だったのかもしれない。いやぁ、頑張ってる誰かを無情にも蹴り落とす我らを許し給え、神よ。
ドンドン、バンバン、ギャーギャー、ワーワー。銃声と悲鳴と歓声は鳴り止むことを知らずにいつまでも壁上にこだまする。
さて自分は走るジューザーなのか、それとも血が通った兵士なのか、などと考えてしまう。傭兵稼業などしている以上、そういったことを考えてしまう人間は多くいる。そういった人間から率先して死んでいくか、辞めていくのだ。
俺個人としては理解できなくはないが、だからといって納得はいかない。理解するが、納得するではないのだ。
なんで戦場っていう金が無限にわいてくるようなとこから逃げようとするかね。金の前じゃ自分の命なんてその辺の石ころを百分の一にしたものよりも軽いんだよ。そのクソ軽い命で何トンもの金が手に入るんだからいいでしょ。
というのが俺の持論だ。
「て言ってもこの状況打開しないと、何も言えないけどね」
気を取り直して、さあ金稼ぎを始めよう。
*
幸いというべきか、その日の夕暮れ時にホムンクルスたちは示し合わせたように撤退を初めた。ああ、よかった。正直指の感覚がなくってきてたんだよなぁ。
知らされた情報だとホムンクルスたちはこっから西に十数キロ離れた平野で野外キャンプをしているらしい。寒いところをまあ、かわいそうに。
いや、本当に寒いのだ。
今の気温は約十五度だ。それさえ聞けば、なあんだそれくらいかで済むことなのだが、夏なら問題だ。氷期だから仕方のないことだけど。
夜中、現在の東京は最低気温が五度を下回る。それが夏だというのだから笑えない話だ。そして冬となれば気温は氷点下を下回る。
聞いた話では遠いロシアや極点では年中氷点下の地帯があるらしい。随分とご苦労なことだ。というか大変だねー。
噂じゃ冬はマイナス百何度になったこともあったらしい。普段着だったら一瞬で凍死するレベルの気温だし、防寒着着てても死ぬよね。大体二十分ぐらいで。
とは言っても、ここは日本。ザ・ジャパンである。そんな辺境のクマ人間やペンギン人間のことなんてしーらなーい。そんな奴らは自分の生まれた環境を呪って凍死すればいいのだ、あははははは。
うーん、ちょっと嫌味な言い方かな。口に出してたら絶対に睨まれるレベルだよな。
「ねーちかげー。そこどいてくんない?」
「ああ」
言われてスッと除けてしまう辺りが俺なんだよなぁ。どんだけ粋がったこと言っても、対面じゃものも言えないし。だからクマ人間とかに会ってもなぁんも言えずに目とかそらしちゃうんだろうな。
さて、俺にどけと口した張本人は壁上に鎮座している。分厚い毛布にくるまって、あたかも小動物感をアピールしていやがる。
「なぁ灯。なんで俺らここにいんだっけ?」
「あーキャンキャンうるさい司令官正規兵が命令したから?」
おやおやぁ、灯ちゃんが俺の質問に応えるなんて珍しいですなー。僕ちゃんびっくりー。でもそうなんだよね。
あの司令官正規兵が今日の午後八時から明日の午前一時まで見張っとけ、とか言わなかったらこんなクソ寒い壁上で見張りなんてしないんだよなぁ。
しかもだ。
「なんで俺の分の毛布ないの?」
ほんとなんで俺の分がないの。普通こういう時って同じ会社の同僚を気遣って、毛布のひとつ、寝袋のひとつくらい持ってくるもんでしょ。それにさ、例え俺のこと嫌いでも多少の慈愛くらいは見せてくれるものじゃないの?
「いや、持ってくる理由ないし」
全くもってその通り。灯にはなんの義理もない。それこそ一ミリだって。でもさーそこで気をきかせるのが日本人てもんなんじゃないの?
違う?あ、そう。
さて気を取り直して見張りをしよう。とんでもなーくつまらない見張りという苦行を。なぜつまらないか、と問われればそれはホムンクルスは基本夜行行軍しないからだ。
その理由は?
それは至ってシンプル。夜目が効かないからだ。一般的に動物は夜目が効くとか言うけどあれ嘘だから。暗闇でも申し訳ない程度に見えるだけであって、別に夜でも昼間みたいにはっきり見えるなどということはない。
大抵のホムンクルスはベースが人間以外の哺乳類、、鳥類、昆虫、両生類、爬虫類、川魚などだ。そういった生物は基本超近眼である。例外として鳥類のタカやワシなどがあるけど、それは夜行性じゃない。
そのためか、夜間ホムンクルスに出くわすことはまずない。いくら防壁近くをライトアップしていると言っても、蛾じゃあるまいしほいほい来るような阿呆でもないだろう。
それでも万が一を考えて、俺や灯の他に十数人の人間が寒い中暖を取りながら、壁上で見張りをしている。ご苦労様ー。俺もだけど。
気に入らないことだらけの残業ここに極まれりだ。
「つか、なんでこのクソ暗い中、旧世代の暗視スコープ使わにゃならないの」
「あー、それねほんとそれ」
俺達が今使っている暗視スコープとか暗視ゴーグルは、旧世代の骨董品だ。正確に言えば二十年くらい前から全くバージョンアップされていないタイプのものだ。
作られた当時は「うわーこれすごーい」みたいな反応されたらしいが、今となっては使用者からのクレームたらたら、不良品続出、いつでもどこでも返品受付中の代物だ。何が使用者のお気に召さないのか、と問われれば、それは暗視解像度にある。
暗視解像度とは暗視スコープ、ゴーグルによって見える風景の解像度のことだ。この不良品から見える景色は基本青白い。その理由としてこれはサーモを主軸にしているから、レンズを介して送られてくる映像は基本サーモデータを元にデータ処理されたものだ。
今は気温が低いから、大抵のものはそのせいで青白く見える。それにホムンクルスだって金属生命体で、体温なんてものは最初からほぼないから、若干オレンジに見えるかなー、ぐらいだ。ゆえに使えない。
あえて言おう。カスであると。某旧世代アニメ映画の総帥みたいなセリフを吐くレベルだ。それを使い続けている正規兵の上層部もどうかしている。
そりゃ安いからいいんでしょうけどね。その分だけ予算が浮くんだから。
「うーん、何も見えないねー」
「それって報告する必要あります?」
灯はあてつけとばかりに意味のない報告をする。やっぱこねーよ、ホムンクルスは。そう思って暗視スコープから目を離した。
「おう、お前ら元気してるか?」
「あんたですか、生きてたんですね」
いやぁ、マジで生きてたんだ、あの傭兵さん。勝手に死んだものとばかり思ってた。ごめんなさいねー。振り向いて顔確認するまでどっかの知らないオジサンかと思ってたよ。
「目上の人間に対する口のきき方を知らねーなー。まぁいいけどさ」
傭兵さんは頭をかきながら俺の隣に座った。手に毛布を持っているところを見るとこの人も見張りかな。
「おい、お前なんで毛布持ってねーんだよ」
「いえ、ちょっと忘れましてね」
「そうか?寒かったら下の駐屯所に取りにいけよ?」
思っていたよりもこの傭兵さんはお優しいらしい。危うく男に惚れてしまうかもしれない。惚れないけどね。
「そういや、この稼業長いんですか?」
ずっと黙ったまま暗闇を眺めているのも暇だったので、ありきたりな質問をする。傭兵さんはしばらく考える素振りをして、少しずつ応えだした。
「だいたい……五年くらい……だな。金に困っていたから傭兵になることを選んだ」
「けっこう長いじゃん」
途中から灯が割って入ってきた。
「ありがとさん。つっても褒められたもんじゃねーぞ?なにせ最初の一年はホムンクルスを見ること自体が怖かったからな」
「そりゃそうでしょ。俺もそうでしたよ」
適当に相槌をうつ。最初にホムンクルスを見たのは十年くらい前だし、その当時俺に恐怖があったのか、と聞かれればよく憶えていない。
「それで五年くらい生き残ってな。おかげで生き残る術、てのを知ることができたよ」
自慢するかのように傭兵さんは語る。全然自慢することではないと思うけどね。それって逃げるのが滅茶苦茶うまいってことでしょ。尊敬できないわー。
「それでも、ちょっと今回の襲撃は予想外だったよ。レベルの高いホムンクルスにでも追われたのか、あの群れは。まさかレベル6にでも追われたのか?」
そうそうそれそれ。まさに俺もそう思ってたんだよねー。
今回の群れは数では大体三十匹程度。それだけいれば全滅覚悟で挑めば、レベル5のホムンクルスにだって勝てる。それなのにこの規模の群れが何かから逃げてきた、と仮定すれば一つの仮設が生まれる。
最高位のホムンクルス、レベル6の襲撃。それならば確かにあの規模の群れが都市にまで追い立てられたのも納得できる。
だとすればそれは新東京にとって脅威だ。レベル6なんて来た日には不眠不休の労働を絶対に強いられる。そんなのはぜっ・た・いに・い・や・だ。




